第四章 都心の摩天楼(3)カルトの幹部

 リサたち四人は、山手ダイヤモンドタワービルの入り口へと飛び込んだ。


 山手ダイヤモンドタワービルは一階から三階がショッピングエリアで、その上の四階から二十五階がオフィスエリアとなっている。


 きょうは平日だから、本来なら人の出入りは激しいはずだ。


 安喜少尉の情報通り、人々は瘴気に当てられたせいか、気を失ってそこかしこに倒れていた。だが、息はあり、命に別状はなさそうだ。……おそらくは。


 インカムから安喜少尉の声。


『すぐに救急が来るから、四人は急いで上層階へ向かってください。救急と消防はわれわれの管轄下にないので、鉢合わせると面倒です』


 それを聞いて、リサは疑問をもつ。


「警察はどうです? この規模だと通報がいくのでは?」


『警察の活動は止めていますから、そこは安心してください。敵は空冥術士や魔獣と思われますから、警察だと大損害が出てしまいます。警察が入るくらいなら、国防軍を動かします』


 国防軍を動かします、か。なんと頼もしい発言だろう。逆にいえば、今このビルにいるのは、軍隊を投入するレベルのテロリストだということだ。


 気を引き締めなければ。


「行くぞ。奥のエレベーターだ」


 日本刀を腰にぶら下げた淡路が先頭を歩く。岸辺、リサがそのあとに続き、ベルディグロウが一番最後となった。


 こういった侵入作戦で先頭が最も危険なのは当然として、次に危険なのはしんがりだ。リサは、ベルディグロウが無言で一番後ろを取ったことに気がついていた。


 やっぱり、この人は優しい。


 この一階では、人がバタバタと倒れているのを尻目に、ひたすら通り過ぎて先に進んだ。ここはショッピングエリアだから、客も店員も、店の内外で倒れていた。


 ベンチに突っ伏す者、レジカウンターに倒れ込んだ者、レストランでテーブルの料理を押しのけて倒れている者――。


 そのどれにも手を差し伸べている時間がないのが、リサには悔しかった。いまはこの元凶を断つのが自分の仕事だ。彼ら彼女らは――被害者たちは必ず、救急が救ってくれる、と自分に言い聞かせながら、進む。


 リサたち四人は、ショッピングエリアから少し脇道に逸れたところにある、オフィス用エレベーターに乗り込んだ。このエレベーターでは十七階まですぐに行くことができる。


 十七階は高層階に入居するオフィスのためのロビーだった。ここでまたエレベーターを乗り換えて、さらに上に向かうエレベーターに乗り換える必要がある。


『全員、エレベーターに乗り込んだわね?』


「ええ、ここまではなんの襲撃もなく」


 四人を代表して、淡路が安喜少尉とインカムで会話している。


『おそらく十七階からは様変わりします。近隣のビルから観測しいている情報によれば、「悪魔憑き」が発生しているそうです』


「……『悪魔憑き』。なんてこった」


 そう言われても、リサにはピンとこなかった。不思議そうな顔をしていると、岸辺が短い言葉で教えてくれる。


「空冥術を悪用して、人を操っているようです。気をつけて。でも、憑かれた人を傷つけるわけにはいきませんから」


「……それは」


 それは、大変なことになったと、リサは思った。襲いかかってくるけれど倒せない相手。そんなものが、ここから先現れるというのだ。


 ピーン、とエレベーターが音を立てる。十七階、高層ロビーフロアだ。ドアが開いていく。明るい光が差し込んでくる。


「行くぞ」


+++++++++++


「ホーホーホー、ここまでよく来ました」


 エレベーターの外から、拍手が聞こえる。音が鈍いことから察するに、籠手をつけた拍手の音だ。


 十七階ロビーは『悪魔憑き』で一杯だった。だが、彼らと同じくらい、魔獣もいた。黒いオオカミのような魔獣や、羽の生えたヘビのような魔獣――。


 だが、それらはまだ襲いかかっては来ない。魔獣たちはリサたちへの敵意を露わにしているものの――。


 『悪魔憑き』や魔獣たちの中心には、白いスーツを着た男が立っていた。ブロンドの髪の青い目――白人系だ。


「なんだ、外人か」


 淡路はエレベーターから降りながら、日本刀をカチンと鳴らす。抜刀準備だ。


「それは失礼な。私は日本人さ。祖国アメリカはすでに失われ、この日本に住むほかに選択肢などないのだから」


 白いスーツの男はそう答えた。


 岸辺が淡路に小声で抗議する。


「その『ガイジン』ってのは、僕も傷つくんでやめてください。日本にいる元・地球人はもれなく同胞じゃないですか」


「ああ、すまん」


 そんなやりとりの間に、四人全員がエレベーターから降りたが、なんとリサが一歩踏み出した。


「それで、あんたはいったい何者だ?」


「私の名はフランツ。フランツ・ブラン。『人類救世魔法教』でを拝命しております」


 フランツの左腕の袖から覗く手袋には各種の石がはめ込んである――星芒具だ。ということは、フランツは空冥術士だと推測できる。


「信徒……、大臣?」


「『人類救世魔法教』では、閣僚システムを敷いているのですよ。それで私は、すべての信徒を束ねる役割をしている。まあ、人事と総務を兼ねているといえば、わかりやすいですかな」


 そう言われても、まだ高校生の身分であるリサにはよくわからなかった。信徒大臣。それはきっと信徒たちのリーダーなのだろうという理解の仕方をした。


 淡路が日本刀に手を当てながら、フランツに向かって一歩踏み出す。


「それで、お前はここで何をしているんだ? 足止めか?」

 

 フランツは笑う。


「ご明察! 上層階では儀式が行われているんだ。邪魔をされても困る」


 次に岸辺が啖呵を切る。


「そう言われて、ここで引き返すわけにも行かないね! なんせ公務員だからね!」


「そうとも、忌々しい公務員ども。こんな学生服の小娘まで連れているとは意外だったが……。ここで全員、魔獣の餌になってもらおうか!」


 そう、フランツが怒鳴るように言うと、『悪魔憑き』たちと魔獣どもが、全員リサたちに向かってうなりを上げた。そして、四人に向かって行動を開始する。


 ――と、そのとき、ベルディグロウが四人の中から飛び出した。


 ベルディグロウは『悪魔憑き』の人間の間を縫って、的確に魔獣たちを大剣で粉砕していく。すべて一撃。あまりにも圧倒的な迫力だ。


 『悪魔憑き』の人間たちは、意識がなく、操られているために、そんな圧倒的強さを誇るベルディグロウにさえ襲いかかる。けれども、ベルディグロウは『悪魔憑き』たちの攻撃をかわし、ときに蹴りを入れて距離を稼ぐ。蹴ったくらいでは、命に差し障りはない。


「なっ、なんだこいつは……っ!」


 フランツは驚愕した。ベルディグロウの視線の隅には、常にフランツが捉えられていた。最初にフランツを狙えただろうが、そうしなかったのはわざとだ。


 圧倒的強さ――それが、ベルディグロウの戦い方の第一印象だ。だが、見ようによっては、『悪魔憑き』との戦いに慣れているといった様子だ。あまりにも手際がよい。


「……これは」


「すごいですね!」


 淡路と岸辺が、腰の日本刀を抜き、魔獣の群れに突入する。胡乱うろんな『悪魔憑き』の人間は多数残っているものの、明確な殺意のある魔獣は、ベルディグロウにほとんど叩き潰されてしまっている。


 淡路、岸辺、そしてリサも、ベルディグロウのやり方を参考にして戦う。『悪魔憑き』は出来るだけ斬らない。『悪魔憑き』の攻撃は回避し、その代わりに最寄りの魔獣に猛攻を仕掛ける。


 だがやってみて初めて、淡路と岸辺は、魔獣を一撃で倒すことの難しさが理解できた。硬い。二、三度攻撃してようやく倒せるうえ、魔獣の攻撃もなかなか凶悪だ。悪くすれば一撃で致命傷をもらいかねない。


 そこへいくと、リサの光の槍は手加減が容易で便利だった。『悪魔憑き』の人間たちは怪我を負わせることなく倒すことができる。そのうえ、魔獣たちはサクサクと倒していける。ベルディグロウほどの迫力で叩き潰すわけではないが、ひと薙ぎで魔獣がスッパリと斬れてしまうのだ。


「お前……、いや、逢川、すごいな」


「へ? へへ、そうですかねー」


 リサは淡路にそう言われて、照れ隠しに頭の後ろを掻く。照れ照れしながらも、襲いくる魔獣たちを片手で切り刻んでいく。これには魔獣たちさえも、リサに恐れを抱くほどだ。


 大剣で次々と魔獣を叩き潰していくベルディグロウでさえ、リサの戦いぶりには気を取られていた。彼女は強いが、彼を圧倒するほどではない。それでも、彼は、彼女の異様な強さを意識せざるをえなかった。


「彼女は、まさか――。いや、まさかな」


 ベルディグロウはそう、ひとりごちた。


 リサたちが魔獣たちをあらかた片付け、『悪魔憑き』の人間たちを無力化すると、そこにフランツの姿はなかった。どこかへ逃げ去ったようだ。

 

 どこか――まちがいなく、上層階だろう。


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