悲観的な結論

現在、互いに力を合わせなければ生きていくことが難しいどころかすぐさま死に直結することさえあるこの世界においては、『自分さえ良ければ』と考える人間はほぼ淘汰されてしまっている。たいていが周囲の反感を買い助けてほしい時に助けてもらえず命を落とすという形で喪われた。


しかし、『自分さえ良ければ』という考え方は、人間であれば、いや、生き物がそもそも持っているものなので、それを否定することは諸刃の剣だっただろう。僅か七万人という現在の人口がそれを物語っているとも言える。『自分さえ良ければ』という考えを強く抑制できる人間がそれだけしかいなかったという意味でもあっただろうから。


七万人という数は、文明を維持しつつ種としての人間が生存するには極めて危ういものだと言わざるを得ないだろう。十万人がボーダーラインという説を唱える学者もいるそうだ。なので現在のレベルはそれを大きく下回ってしまっている。何度も言うが、文明を維持できなければ現在の環境で人間が生き延びられる可能性は、万に一つもない。


電気が失われ照明が消えれば<森>の木々や<海>に住む植物性プランクトンは光合成を行えず酸素が供給されなくなり、この閉ざされた空間は遠からず呼吸自体ができない環境となる。<海>そのものは以前にも触れたように水を取り込んで水素で代謝し酸素を出す、惑星ハイシャインに元からいた微生物がその大半を賄っているものの、人間が呼吸するにはそれだけでは足りない。


また、暖を取る為に火を起こせば酸素の消耗はさらに早くなる。かと言って暖が取れなければ早々に凍死する。どちらにしても死ぬしかない。


蒸気を利用しようにもそれ自体が文明の産物である。既に掘られた穴からどんどん噴き出す蒸気を上手く制御できなければ今度はこの空間内の温度が急上昇、永久凍土の天蓋がそれによって緩み崩落、この地下空間そのものが消滅するかもしれない。


それほどまでに危うい、人間の文明も含めた奇跡のようなバランスの上に成り立っている環境なのである。


浅葱あさぎが寝た後、ひめは家の外に出て自らのセンサー類をフル稼働してこの世界について把握することを目指していた。


それと同時に、彼女の人工頭脳は、今、凄まじい速さで現在のこの世界を恒久的に維持する為に必要なことを算定してもいた。人間にとってよりよい環境を作り出すことを目的として与えられた能力だった。


だが、それをすればするほど、悲観的な結論しか出てこない。


この地下空間が存在していること自体が、そもそも奇跡なのだ。この危ういバランスは決して恒久的なものではないだろう。五年十年でどうこうなる心配はなさそうだが、それでも数百年レベルとなれば何の保証もない。


加えて、もし地下空間が存続できたとしても、現在のままでは、自分の機能が失われた後、やはり数百年後には人間は死滅するという結末だった。


これを回避する為には、あるいは少しでも滅亡を先延ばしする為には、バックアップも含め最低あと三機のメイトギアを確保するか、人間自らが確実に技術水準を保つ必要がある。


もっとも、たとえそれが実現されたとしてもやはり地下空間が崩壊する危険性は回避できない。


そこで彼女は、一計を案じたのであった。


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