「メモカも大事だが、メイトの回収が重要だな…」


千治せんじの家から重蔵じゅうぞうの家に戻るなり、彼はそう言った。メモカは読み取りができなければ大した価値はない。しかしメイトはそのメモカの読み取りができるだけではなく、それ自体が失われた技術と知識の塊なのだから、まずはそちらを回収するべきという判断だった。


外着を脱ぎ、マスクを取ると、重蔵の素顔が照明の下、露わになった。その顔は、顔全体の皮膚が剥がされて満足な治療も受けられないまま傷だけが治ったという状態だった。一見すれば怪物のようにさえ見える、目を背けずにはいられない状態だっただろう。マスクをしているのはそういう理由からだ。


それは、かつて事故により顔の皮膚の殆どを失ったからである。しかし砕氷さいひには珍しいことではなかった。手袋を取ると、左手は小指と薬指がなく、右手はそれこそ中指と薬指しか残っていない。右手の親指を失ったことで、彼は一線から退いたのである。親指と他の指二本さえあれば何とかなるのだが、親指を失ってはもうどうすることもできなかった。


圭児けいじ遥座ようざ、それと開螺あくらにも声を掛けよう。俺はこれから話を付けに行ってくるからお前は休んでおけ…」


「はい…」


浅葱あさぎの返事を確認した重蔵は、外から帰ってきた時のドアとは違うドアから出て行った。実はこの辺りの家は、十件くらいがひとまとまりになって廊下で繋がっており、わざわざ外に出なくても行き来ができるようになっているのである。なるべく外に出なくても済むようにという狙いからだ。


本当はほとんどの建物と通路で繋がっているのだが、場所によっては外を歩いた方が近い場合もあり、千治の家もそうだった。


ちなみに室内は、地熱発電にも利用される蒸気による床暖房で、常時二十度弱くらいにまで温められている。これはひたすら湧き出る蒸気を無駄にしないようにということで設置されているので、ストーブなどと違って切ったり点けたりはできない。また、氷を溶かして生活用水を作ることにも利用されている。


なお、上下水道は完備されており、下水は地下深くに送り込まれ、それもまた蒸気に変わって戻ってくるという訳だ。ただし、上下水道や蒸気を送る為の配管を新設する工事は容易ではないことから、既に三百年以上前に設置されたものを修繕しながら使っている状態である。パイプの多くは発掘品が流用された部分については失われた技術によって作られたものであり、新しく作られたものとは比べ物にならないくらいに劣化や摩耗が少なかった。故に発掘品は重宝されるのだ。


そうやって供給される蒸気で沸かした湯で、浅葱あさぎは風呂に入った。しかし彼女の左手小指と、右足小指と薬指は失われており、この世界に生きる者の宿命を感じさせるものであった。


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