第18話 理想のために練習したい

 4月5日、午前10時。

 兎毬トマリとここでの仕事の話をしてから3日後。

 俺が兎毬トマリに『頼んでいたモノ』が完成したというしらせを受け、その現地に来ていた。

 その場所は兎毬トマリの屋敷と紗羽サワ達の通う学校、そしてここの使用人達の住む寮のちょうど中間くらいの地点だ。

 そこに小さな建物が完成していた。


「おお………本当にできてる」


 俺がこの『兎毬トマリ王国』での役割として選んだ職業、それは『警察官』だった。

 元々の俺の夢でもあるし、どうせここは兎毬トマリのために作られた疑似国家ぎじこっかなのだから、ならば俺も将来の練習のために疑似ぎじ警察官をやろうと思ったのだ。

 とは言え、俺としては拠点となる場所さえどこかに提供してもらえれば良かったのだが、俺が警察官をやると言ったら兎毬トマリの奴が「任せておいて!」とか言って、たった3日で本格的なやつを作ってしまった。

 そう、俺の目の前には立派な『交番』が出来上がっていた。


「どう?希望通りかしら?」


「いや、まぁ。まさか本当に作っちまうとはな」


「いいのよ。確かに『警察官』という職業も必要だわ。翔琉カケル君がやらなかったとしても、いずれは作る事になってたわよ。あ、それと『例の物』も中に用意してあるから確認して」


「ああ、わかった」


 俺は交番の中に入り、奥の休憩室に置いてあるを手に取った。

 それは『制服』だ。

 これも別に俺から頼んだわけでは無いが、兎毬トマリが交番と一緒に制服も用意すると言っていたので、俺から数点リクエストをしていた事があった。

 動きやすさとか機能性とかも大事だが、俺としてはどうしても譲れないポイントがあった。

 それは『デザイン』だ。

 俺からリクエストした点は『日本の警察官の制服に似ていないデザインにしてくれ』だった。

 何故こんなリクエストをしたのかと言うと、俺は本物の警察官ではないからだ。

 本物の警察官に憧れるからこそ、ここで本物に近い制服を着るわけにはいかないという、俺の意地みたいなものだった。


「おお………赤を基調にしたデザインか。これなら確かに日本の警察官っぽくは無いな」


 試しに着てみる。

 心配してはいなかったが、サイズもピッタリだ。

 兎毬トマリの用意してくれた王国用の警察官の制服に着替えて外に出てみると、兎毬トマリ以外のみんなも揃っていた。


「うん、なかなか似合ってるわよ」


「そ、そうか?」


「ええやんか~!ちょっとコスプレっぽいけどな」


岡尾オカオさん、カッコいいです!」


「お姉さん、なんだかドキドキしてきたわ♡」


 誉め言葉に聞こえないものも混じっているが、概ね好評のようではある。


「それじゃ翔琉カケル君には今日からこの国の秩序ちつじょを守って………………」


「どうした?」


 言いかけた兎毬トマリが急に何かを考えるように一人でブツブツと呟き始めた。


秩序ちつじょ………『ちつじょ』って、なんだかちょっとHな響きよね。漢字を変えて『膣女ちつじょ』って書いてみたり………いえ、ひらがなで『ちつじょ!』って書けば、一気にゆるふわ系4コマみたいに!………って、ゆるかったら気持ちよくないか」


「本当にお前の頭はどうなってんだ」


 まず真っ先に兎毬こいつを取り締まるべきなんじゃないかと思う。


「まぁとにかく!我が国の警察官第一号として頑張って頂戴!!」


「あ、それなんだが、『警察官』以外の呼び方は何か無いかな。やる事は警察官と同じでも、やっぱり『警察官』という名称を使う事に抵抗があるんだ」


「ええ~?キミこそ本当に面倒臭い性格してるわねぇ。そんなの何だっていいじゃない」


「それじゃ制服のデザインをわざわざ警察官っぽく見えないようにしてもらった意味が無いだろ」


「でしたら、『警備員』でいいんじゃないでしょうか?」


 紗羽サワが遠慮がちに提案する。

 確かに警察官じゃなければ、近いところでは警備員が一番無難な気はする。


「どっちにしても今のこの国で守らなアカンもんなんかほとんど無いんやし、いっそのこと『自宅警備員』でええんやないか?」


「それは全く意味が変わってくるだろうが!」


 名称については追々おいおい考えていくとしよう。

 とにかく、俺のここでの仕事は決まった。

 こうなったらもう割り切って、将来のための練習だと考えよう。

 本当なら警察官採用試験を受けて夢への第一歩を歩み始めるはずだった俺の春からの新生活は、わけのわからない金持ちの道楽に付き合わされる形でスタートを切る事となったのだった。

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