展覧会 当日2

「おや、驚かせたようで。これは申し訳ない」

「あ……あなたは」

「ええ、先日はどうも」


 青い外套と艶のある腕章を身につけた若い警察官の男──ジョーンズ氏が、煙草を片手にしかめっ面で立っていた。


「ごきげんよう、ジョーンズさん。今朝はお仕事ですか?」

「まぁ、そうなんですがね。あの事件が解決してしまってからというもの、もう俺たちはお役御免だということで城には入れず、今日は宮殿の兵士たちに顎で使われ列整理ですよ。やる気もしないので、こうやって休憩を」

「そうですか……平和で何よりですね」

「その通り。市民が平和で仕事がない方が良いのです。メイドのお嬢さんはここで何を?」

「何って……展覧会を観に」

「レイ・フローレンスの?」

「……そうですけど。何か?」


 ジョーンズは意外だと言わんばかりに目を丸くしている。


「わざわざ? 貴女なら毎日飽きるほど見てるでしょうに? こんなところに並んでまで?」

「いけません? あなたこそ、ちょっと並んでご覧になった方が良いのではありませんか? きっと人生、変わりますわよ」


 私はつんと顎を上げてそっぽを向いた。そういえばこの人とは初対面の時からどうも相性が良くないのだった。


「……ふむ、そこまで言うなら。こちらへ、お嬢さん」

「えっ? ちょっ、何」


 肩を押されたせいでふらついて、列から離れてしまう。そのままずんずんと列の先頭の方まで連れて行かれたと思ったらくるりと方向転換し、馬車の立ち並ぶ方へと促される。


「あの、どこへ」


 ジョーンズは警備の兵士に手を挙げて注意を引き、私を特別招待客の入り口へと放り込んだのだった。


「すまない、このお嬢様が道に迷ってしまわれてな。こちらの入り口からご案内させていただくぞ」

「えっ、ジョーンズさん!?」

「私の仕事は列整理でね。貴女はこちらから入るのが適切だと判断した。どうせ君も持っているのだろう? 宮廷画家からの特別な招待状を」

「あら……ご存知でしたのね」


 私はポーチの中から美しい蝶を模したカードを取り出して、入り口の警備兵に見せた。


 ジョーンズはニヤリと口の端を上げる。「やはり」満足げにそう言う彼のコートの胸ポケットにも、美しい蝶がとまっている。


「あなたは観客にならないの?」

「ほう? それはもしや、デートのお誘いだろうか?」

「全然、違います」

「はは、そうだろうな。人が少なくなったら行くつもりだ。我々を振り回した『乙女』を一度はこの目で見なくては気が済まんのでな。今回の事件ではあの男にしてやられたが……今後何か困りごとがあれば、私を頼りに市警本部まで訪ねてくるといい、メイドのお嬢さん」

「えっと……ありがとうございます……?」

「なに、礼には及ばない。市民を助けるのが我ら警察の役目だ。では、君の主人によろしく伝えてくれたまえ!」


 言うだけ言って満足したのか、ジョーンズ氏は敬礼をして持ち場へと戻っていった。


(待ち時間も楽しもうとゆっくり並ぶつもりだったけど……ま、いっか)


 花とリボンで華やかに装飾された大階段ステアケースを登ると、執事レンブラントが招待客を案内しているところに遭遇した。


「おやおや、どこのご令嬢がお一人で来られたのかと思ったよ」


 ちょうど人が少なくなったタイミングで私に気づいたレンブラントが微笑みながらエスコートしてくれる。


「そんなことは……、あの、お休みをいただき、ありがとうございます。今日という日を私、とても楽しみにしていました」

「ああ、開催おめでとう。君にとっても、フローレンス様にとっても、素晴らしい一日になりますように」

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