メイドの盗み聞き 1

 小さな決意の余韻に浸ってしばらくそうしていたのだけど、廊下をこちらに向かってくるいくつかの足音があることに気づいて、思考が現実に引き戻された。


(わわ、のんびりしすぎたわ! だれか来ちゃった!)


 我に帰るととんでもないことだった。


 もしかしたら、見回りの衛兵か執事か、運が悪ければメイド長や女王補佐官かもしれない。私は咄嗟に扉から体を離して、隠れるところはないかと探してしまった。


 業務外の部屋に勝手に入ることはもちろん禁じられている。こんなところをハンナに見つかったら、確実にお説教が待っている。そして私にとって最も悪いことといえば、専属メイドの役目をおろされる可能性だ。それだけは、嫌だった。


(せっかくうまく気分転換ができたところだったのに)


 落ち着きを失った私は、扉の前で必死に考えを巡らせた。隠れるにせよ逃げるにせよ、この扉を開けるか閉めるかが重要だった。いっそ鍵をかけてしまおうかとも思ったけど、扉が予定外に施錠されていたら、それはそれで来客を困惑させてしまうだろう。


(待って、ここが目的地でないかもしれない。今日は謁見はない曜日だし……)


 広い宮殿の見取り図を必死に思い起こす。


(この廊下を通るということは、白の間……ううん、ピクチャー・ルームへ行くのかしら? 足音も一つじゃないし。案内人は執事のグレイスさんかしら。声も聞こえるわ)


 私が考えを巡らせている間にも、足音は間違いなくこちらに近づいていた。逃げるには完全に出遅れてしまった。今出て行ったら間違いなく鉢合わせるだろう。


(そういえば、ジェーンが言ってた。昼から来客があるって)


 宮殿のピクチャー・ルームに入れる人間は限られている。とすれば、この足音の主はおそらく、フローレンスの兄弟子のシルバ様だ。どのようなご用事かは知らないけれど、このハプニングは引きこもっている主人への話のネタになるかもしれない。


 大きな姿見に映った私は、雑巾を握りしめたまま頬を紅潮させている。


(……ええい、掃除! もし見つかったら、ここの掃除をしていたことにしよう!)


 保身と好奇心を天秤にかけ、結局、どちらも欲張ることに決めた。息を殺し扉に耳を当てると、思いのほか廊下の音がよく聞こえる。


 大理石の廊下を、コツンコツンと固い足音が徐々に近づいてくる。


「こちらに来るのは、久しぶりです」


 知らない声が廊下に響く。若い男のもののようだ。

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