第3話単為生殖

「私は私のお母さん?」

 チコこと、三ヶ月智子みかづきともこが、不思議そうな顔で、訊き返してくる。

「ええ、そうよ。主人公女性が過去にタイムトラベルして、そこで素敵な男性と恋をして結ばれる♡やがて、娘が産まれるんだけれど、どう考えても自分にそっくりで、遺伝情報を調べてもらったところ驚くべき真実が!」

「主人公の女性とその娘は、全く同じDNAだったんだね?」

 文芸部部長のコーキ君こと河野弘毅こうのひろき君が続けた。

「なんか、『長弓の女神エレみた〜い』」

「『長弓の女神エレ』って?」

 チコの言葉に、ユミこと高橋裕美たかはしひろみが口を挟み、チコが答える。

「ハイファンタジー小説よ。その舞台となる世界では、元々女性しか産まれなかったんだけれど、親子の遺伝情報が同じで、伝染病などに対する抵抗力が弱く、種としての存続が困難な程だったの。そこで、世界のことわりを変えて、男性が産まれるようになったんだけれど、今度は争いが絶えなくなって、どうしよう?ってお話だよ」

「ていうか、うちの部室に文庫本あるよ。アニメ化もされたし」

 ショーマこと、江口翔馬えぐちしょうま君も乗ってくる。更にコーキ君まで参戦してきた。

「今度、スピンオフ的な続編が書かれるらしいよ。噂によると、ある主要キャラの若い頃を描く話らしいね。正直楽しみにしてるんだ。この作品は、一応異世界転生モノなんだけれど……」

「ちょっと待って、待ってってば!私もその作品好きだけれど、今は私の小説の話を聞いてよ?」

「あ、ごめんごめん。どうぞ続けて?」

 文句は言ってみたものの、その小説の大ヒットのお陰で、女性から遺伝情報の全く同じ女性が産まれるという話に対して、受け入れられる素地が出来ている。これと、タイムトラベルを組み合わせる事で、自分が産んだ娘が自分自身であるという話が出来上がる訳である。

「え〜と、どこまで話してたっけ?」

「遺伝情報を調べてもらったところ、驚くべき真実が発見された、って感じだったかな?」

「さすが、コーキ君!それでね……」


「え〜と、『単為生殖たんいせいしょく』っと」

 スマートフォンで検索する。

「おゆきちゃん、何調べてるの?」

 ユミが、後ろから首元に抱きつくようにしながら、耳元で囁いてくる。

「ちょっとユミ、離れてよ!暑苦しいし、鬱陶うっとうしい」

「え〜、良いじゃ〜ん、減るもんじゃないし」

「(ライフゲージが)減るわっ!」

「減ったら育ててあげるからさ〜」

「胸の話ちゃうわっ!」

 振り返って抗議すると。

 ユミの手がわきわきとうごめいていた。

「私に指一本でも触れたら、今後一切口きいてあげないから」

「えっ!私、おゆきちゃんに指一本触れた事ないよ」

 しれっと言ってのけるユミ。どの口が言うか、と言い返そうかと思ったが、これでは完全にユミのペースだ。

 ユミは、さり気なく私の左隣に座る。

 私は諦念ていねんのため、大きく1つため息をつく。

「今、調べているのはね、『単為生殖』の事よ」

「たんい生殖♡」

『生殖』という言葉に反応したに違いない。ユミの言葉が弾んでいる★

 それには、気付かなかった事にして、説明を続ける。

「単為生殖っていうのは、本来は有性生殖する生物にも関わらず、雌だけで子供を作っちゃうことなの」

「雌だけで?それはゆりゆりな感じのキマシ塔の住人?」

「たとえば、爬虫類を雌1匹だけで飼育してたら卵を産んで、それが孵化ふかして子供ができるってケースがときどきあるみたいなのよ」

「それって、百合カップルでも子供ができるって事?」

「まあ、人間は難しいとは思うんだけれど。ゲノムインプリンティングがあるからね」

「ゲノム・イン・プディング!プリンの中にゲノムが!」

 オーバーアクションを取るユミに苦笑する。

「違う、違う。ゲノムインプリンティングっていうのは、ざっくり言って遺伝情報の中には、『父親からの遺伝子』しか発現しないものと、『母親からの遺伝子』しか発現しないものがあるのよ。だから、ヒトというか哺乳類は、単為生殖しようとしても、父親からの遺伝情報しか発現しない遺伝子があるから、遺伝子が足りなくなっちゃうのよ?」

「う〜ん、わかったような、わからんような、わからんような……★おゆきちゃんに、手取り足取り教えて欲しいな♡」

「でも別に、ユミはゲノムインプリンティングを理解してなくても、自分の小説書くのに困らないでしょ?」

「何をおっしゃるウナギさん!にょろにょろ。この高橋裕美は、人類の叡智の総てを理解したいと研究に努めているのですぞ!」

「総てを理解したいのは、どうせ『叡智えいち』じゃなくて、『えっち』でしょ?」

「見くびってもらっては困るな、小雪こゆき君!わたくしも学究の徒として、日夜研鑽けんさんを重ね……」

「諦めてくれたら、胸触っても……」

「いただきます♡」

 言うが早いか、ユミは私のなだらかな丘陵きゅうりょうに顔をうずめ、頬ずりしている。

「はい、ストップ!」

「えっ、なんで?おっぱい好きにして良いって言ったじゃん!」

「いや、言ってないし?私が言ったのは、『軽くそっと触れて良い』ってレベルだし」

「ううっ、騙されたっ★裁判長っ!今のは誘導尋問に当たると思いますっ!」

「いや、意味わかんないし、……って、はっ!」

 気が付くと他の3人がにやにやによによしながら観察していた。

「キマシタワー♡」

「俺も諦めるから胸触らせて♡」

「部室であんまりいちゃいちゃされても、目のやり場に困るんだけれどな♡」

 チコショーマだけならまだしも、部長のコーキ君まで★

「オヨメニ イケマセンワ〜」

 ぽか〜んと口を開いて放心する。口からエクトプラズムが抜け出るイメージだ。

「おゆきちゃん、しっかりして!」

 ユミが、私の両肩に手をやって揺さぶる。

 ああ、一体何のコントなんだろう?

 ここ文芸部じゃなくて、演劇部だっけ?

『ぶ【んげ】い』部と『え【んげ】き』部。

「【んげ】しかあってないじゃん!」

「んげ?……って、なに?」

 こうして、文芸部の活動は、今日も有意義に過ぎ去っていくのであった。


 恒例の次回予告

 ラブコメ大好き、チコこと三ヶ月智子みかづきともこだよ♪

 今回は、ユミちゃんの妄想願望フル炸裂だったね☆

 じゃあ、私は大好きなラブコメに振っちゃうぞ!え、尺が余ってるから長めでOk?やった〜♡


 イソギンチャク魔人によって、身も心も骨抜きにされてしまったおゆきちゃん。

「オヨメニ イケマセンワ〜」

 と、口走ったかと思うと、突然の冷気攻撃で、イソギンチャク魔人をやっつけてしまいます♪

「私の『ハジメテ』を奪ったのですから、責任取って結婚してくださいましね、ダーリン?」

 こうして夫婦めおととなる約束を強要されてしまったイソギンチャク魔人こと、磯間銀人いそまぎんとでしたが、彼のお勤めする会社『きるきる商事(株)』は、実は超能力者を集めて世界征服を企む悪の秘密結社『キルキル団』だったのです。そして、銀人の仕事は『女性超能力者を骨抜きにして、組織に取り込む』係だったから、さあ大変!

 女性超能力者を捕らえて、触手攻撃をしようとするたびに、おゆきちゃんが現れ、

「ダーリン、浮気は許さないっちゃ★」

 とばかりに、絶対零度の冷気攻撃『アブソリュート♡ラブ(【絶対の愛♡】の意)』を食らってしまうのです。

 仕事遂行しなくちゃいけないけれど、雪女フィアンセが恐ろし過ぎる★

 磯間銀人の受難の日々がスタートする……。

 次回『ダーリン、浮気は許さないっちゃ★』の巻。お楽しみにね〜♪

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