七話 決戦! 藤堂正道 VS 押水一郎 真実と願い その二

「待たせたな」

「……」


 押水は親のかたきを見るような目で俺を睨んでいる。他も押水と似たような険悪な態度をとっている。

 俺は全く気にせず、押水に声をかけ続ける。


「大変そうだな」

「大変そう? ふざけるなよ!」


 押水が大声で怒鳴る。


「誰のせいで酷い目にあってると思ってんだ!」

「自分のせいだろ?」


 俺達の忠告も警告も無視し、風紀委員に喧嘩を売ってきた押水の身勝手さがこの結末を招いた。それだけのことだ。それを理解できないのか、押水は俺にうらごとをぶつけてくる。


「違う! 斎藤と右京のせいだ! お前が差し向けたんだろ!」

「証拠でもあるのか?」


 押水は俺を指さして叫ぶ。


「はい、でました! 犯人は決まって証拠を出せ、大した推理だ、君は小説家にでもなった方がいいんじゃないかとか言うんだよ!」

「そうだな。その後、探偵が証拠を出すよな。もちろん、あるんだろうな? 俺とその二人がつながっている動かぬ証拠は」


 あるわけがない。左近がそんなヘマはしない。押水はただ俺に言いがかりをつけているだけだ。あんじょう、押水はただ感情をぶつけてくるだけだ。


「だから、僕をおとしいれるためにやったんだろ! お前が『受けた仕打ちは必ず返す』とか言ってからあの二人が現れたんだ! 間違いないだろ!」

「ただの推測だ。俺は二人に会ったことはない。第一、風紀委員でも調べたが該当がいとうする人物はいなかった」

「お前が風紀委員なんだ! 信用できるか! 風紀委員全員がグルなんだ!」


 確かに全員ではないが、俺と左近と伊藤がグルになって押水をだました。だが、証明できなければただの推測だ。そこを指摘してやる。


「なら、キミの姉に確認したらどうだ? 生徒会でも調べましたよね、元生徒会長さん?」


 押水姉に確認をとると、彼女はうつむきながら肯定する。


「ええっ、弟君の話していた人物はいなかったわ」

「そ、それは……」


 押水姉に否定され、押水の勢いが弱くなる。俺はここぞとばかりに追い打ちをかける。


「風紀委員が全員グルと言ったが、高城先輩は元風紀委員長で元生徒会長と友達なんだろ? 高城先輩も裏切ったと思っているのか? キミの為に便宜べんぎはかってくれた人を疑うのか?」

「……」


 俺の指摘に押水は押し黙ってしまった。押水達は俺と吉永と右京の接点を見つけることができなかったのだろう。

 押水に協力してくれる者はもう身内と幼馴染しかいない。押水姉も生徒会長を辞めたので権限がない。

 調べようにも押水は嫌われているから、彼を援護するような意見はまず聞けないだろう。学園一の嫌われ者だから仕方ない。

 押水姉が苛立った声で、俺に尋ねてくる。


「藤堂君、そんなことを言いに私達を集めたの?」

「そうだよ! この状況を打開できるって手紙に書いてあったから来てやったんだぞ! 早く言えよ!」


 俺は押水を呼び出すために手紙を直接押水に渡した。俺の言葉は聞いてもらえないと思ったからだ。

 押水は隠れるように、校庭の端にうずくまっていた。俺が来たとき、強がっていたが、足が震えているのを見逃さなかった。

 俺は半ば脅すような形で手紙を読ませた。そして、今に至る。

 押水姉の言葉に便乗びんじょうする押水を、幼馴染の三人は顔をしかめて見つめている。その視線に押水は気づいていない。

 ここからだ。

 一つ息を吐くと、本題に入った。


「打開策じゃなく収束させる方法だ。アンチ一郎派と名乗るグループが過激なことをしようとしていたことが発覚して、問題になっている。風紀委員としては早急に解決したい」


 もちろん、そんな派閥は存在しない。押水に提案をのませる為のブラフだ。

 押水の不安を押し殺した苛立った態度を見て、俺の言葉を信じてることを確信した。


「いいから本題を言えよ!」

「ごめんなさい。対策を教えてくれると助かります」


 押水の言葉に押水姉が謝罪する。相当追い詰められているのだろう。押水姉は疲れきった顔をしている。

 俺は押水姉に同情しつつ、解決策を提示ていじする。


「押水のハーレム宣言をそそのかしたのは藤堂正道だった、とすれば、ある程度は収まる。これが提案だ」

「やっぱり、お前のせいか!」

「弟君! 止めて! どういうこと?」


 突っかかってくる押水を押しとめ、押水姉は説明を求めてきた。俺は提案の内容をくだいて説明する。


「押水君が言っていた吉永と右京は勘違いで、本当は俺にそそのかされてハーレム発言をした。そのことを全生徒に説明する。そうすれば、非難は俺と押水君に分散できる。後は風紀委員で対処する。それだけだ」

「それでうまくいくの?」


 不安そうな押水姉に俺は安心させるよう、堂々とした態度をとる。


「ああ。風紀委員長は左近に戻ったからな。顧問にも話して了承はもらっているし、手伝ってくれることになっている。風紀委員全員と教師達で事に当たればハーレム騒動を収束できる」


 正確には収束できるよう努力するだ。押水への嫌がらせは完全にはなくならないが、それも時間がたてば落ち着くだろう。

 この説明でも、押水姉は眉をひそめている。


「なんで、汚れ役を買ってくれるの? 藤堂君にはメリットがないし、嫌っていたよね、弟君のこと」

「それはコイツが悪いからだろ! 汚れ役なんかじゃない! 事実だ!」

「弟君は黙ってて!」


 押水姉に強く叱咤しったされ、押水絶句する。姉に怒られるとは思ってもいなかったのだろう。それでも、押水は俺を不満げに睨みつけながら、押水姉に自分の正当性を強調する。


「なんでだよ、ハル姉。コイツが悪いんだって! あの二人を差し出せばいいだけでしょ!」

「その二人はどこにいるの?」


 押水姉は疲れきったような声でつぶやく。押水姉は分かっているのだ。俺から二人の情報を訊きだすことなんて不可能なことを。自分達は負けたことを。

 それを理解できない押水は、俺に食ってかる。


「だから、コイツに聞けばいいだろ!」

「じゃあ、弟君が聞き出して」


 押水姉は疲れきったような声で呟く。押水は俺に食って掛かる。


「あの二人を出せよ!」

「だから、そんな二人は知らない」

「うそつけよ! 出せって!」

「無理だ。知らない人間を呼ぶことは不可能だ」


 押水の要求を、俺は全て否定する。それでおしまいだ。押水にできることは怒鳴ることしかできない。何の解決にもならないし、意味もない。それでも押水は何度も何度も俺にほえてくる。


「いい加減にしろよ!」

「そうか。話しても分かってもらえないならこの話は終わりだ。風紀委員も見回りくらいはするが、もし、アンチ一郎派が襲い掛かってきたら頑張ってくれ。邪魔したな」


 話を切り上げ、押水に背を向ける。押水は去ろうとする俺の腕をつかんだ。


「ちょ、ちょっと待てよ!」

「ああん!」

「!」


 俺の怒声どせいに押水は青ざめている。俺は押水をしかりつけるように怒鳴った。


「誰のせいでこんなことになったと思ってる! お前がハーレムなんてふざけたことぬかすからこんなことになってるんだぞ! 少しは反省しろ!」

「だ、だから、あの二人が……」


 押水はまだ口ごたえしてきた。

 この馬鹿はまだ分からないのか。なら教えてやる。お前がどれだけ軽率だったか。


「あの二人が死ねと言ったらお前は死ぬのか? 最後に決断したのはお前だろうが! お前の身勝手な行動のせいでどれだけの人が迷惑かけられているのか分かってるのか! ハーレムなんて本気でできると考えていたのか! 少し考えれば分かるだろうが!」


 俺の言葉に押水は何も言い返さない。言い返せるはずもない。続けて押水を罵倒ばとうする。


「はっきり言っておくが、この提案は学園の為、今も迷惑がかかっている生徒の為のものだ! お前のことが好きだった女子生徒も含まれている! お前の為じゃない! 自分のケツぐらい自分で拭け、この馬鹿!」

「は、ハル姉……」


 押水の情けない声に、押水姉はため息をつく。


「弟君。私達の負けだわ。限りなく怪しいけど、吉永と右京を見つけることができなかった時点で何を言っても無駄よ。それに二人が見つかったとしても、ハーレム発言が消えるわけじゃない。この事態を収めるには私個人の力では無理。彼らの力を借りるしかないわ」

「そんな……」


 押水姉の言葉に、押水は絶望した顔になる。押水姉は理解しているのだ。もう自分達では問題の解決はできないことを。

 だからこそ、俺の提案に乗るしかないのだ。


「それでどうするつもりだ? 俺は別にやめてもいいんだが?」

「しょうがない。それでいいよ」


 この馬鹿、まだ立場が分かっていないようだ。生徒会の力を借りることはもうできないことを。押水をかばってくれる女の子達はいないことを。

 ガードしてくれる女の子達がいなければ、もはや押水など無力な存在だ。


「しょうがない? お願いしますだろ?」

「な、なんでそんなこと言わなきゃいけないんだよ! 僕の為じゃないんだろ! ならお願いする義務ないじゃん!」

「教えてやるよ、今のお前の立場をな」


 押水の胸倉むなぐらを乱暴に掴む。顔と顔がつきそうなくらいの距離で、押水を睨みつけた。


「お前が平穏無事へいおんぶじに学園生活を送るには、この手しかないことを理解しろ。これは最後のチャンスだ。俺は今までお前に女性関係をはっきりさせろと警告したはずだ。だが、お前は無視した。だからこうなった。もう一度、言う。これしかお前の助かる道はない。今までの無礼をびたら助けてやるって言ってんだよ」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

「そうよ! 確かに一郎が悪いかもしれないけど、そこまですることないでしょ!」

「……私達だって悪いから……一郎ちゃんの事、許してください」


 佐藤と大島、桜井が俺達の間に割って入る。友達を、好きな人を守りたい気持ちからの行動だろう。

 俺は押水の胸倉を掴んだまま、三人に問いただす。これでいいのかと。


「本当にそう思っているのか? ここで甘やかしたらまた同じことをするぞ、この馬鹿は。あなた達だって分かっているはずだ。押水の言っていることと俺の言っていること、どちらが正しいのか。間違っていることを間違っていると言って何が悪い? はっきりさせておかないとコイツは反省しない。それでいいのか?」

「そ、それでも言い方ってもんが……」

「あなた達は優しすぎる。だから、この馬鹿がつけあがる。それをいい加減、自覚してくれ。今回の騒動の原因はあなた達にも少なからずはあることも理解してくれ。頼む。俺は恨まれてもいい。だが、けじめはつけさせてもらうぞ」


 三人は押し黙ってしまう。どこか自覚はあったのだろう。

 俺は視線を押水に戻し、再度、問いかける。


「最終確認だ。どうする?」

「……すみませんでした。お願いします」


 俺から顔をそむけたのは精一杯の抵抗なのだろう。押水を掴んでいた手を放した。


「条件がある」

「じょ、条件? なんだよ、まだ何かあるのかよ!」


 ここからが本番だ。見せてもらうぞ、お前達の絆を。

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