五話 ハーレム男の落日 押水一郎編 その三

「はあ……」


 お昼休み、楽しい休み時間なのに、全然嬉しくない。屋上で一人、たそがれている。みんなで仲良く食べていたお弁当も、今は嫌がらせがある為、ひかえている。

 空はどんよりと曇っている。僕の今の気持ちをあらわしているかのようだ。

 気分がモヤモヤする。ハル姉が藤堂と抱き合っていた。見間違いじゃない。

 許せない! 彼氏でもないのに、女の子を抱きしめるか? 常識がないのか、藤堂は!


 イライラする。これも全部、藤堂のせいだ!

 はやく、全ての問題が解決できる方法をさがさなきゃいけない。状況は悪くなる一方だ。

 でも、何をしたらいい? みんなとこのまま距離を置くか? 嫌だ! せっかく仲良くなった女の子達の仲を白紙にすることなんてできない。

 前に僕は仲のいい女の子に、付き合いたい女の子がいるって嘘をついたことがあった。ただの冗談だった。


 でも、僕の冗談を真に受けて、女の子は泣いてしまった。そのときの女の子の顔が忘れられない。

 僕は女の子を笑顔にする側なんだ。泣かせる側ではない。

 僕はすぐに謝罪した。そして、思ったんだ。

 誰かを傷つけてまで女の子と付き合いたいとは思わない。だけど、みんなとは仲良くしていきたい。

 都合がいいのは分かっている。でも、諦めきれない。



 ハーレムを作ればいい。



 右京の言葉をふいに思い出す。

 そんなことできる訳がない。世の中そんなに甘くない。ああっ……何かいい案が思いつかないかな……。


「あ、あの、押水君」

「うおっ!」


 気が付くと、前の休み時間にぶつかった女の子が心配そうに僕の顔を覗き込んでいたので、つい距離をとってしまった。どうして女の子って距離が遠いか近いかの二択なんだろう?

 目の前に立っている女の子は、あざやかなロングの黒髪で、線の細い体型だ。だけど、服の上からでもわかる胸元の膨らみについ目がいってしまう。

 ブラウスのボタンは全部止まっているだけに、清楚せいそな感じにも色気がある。足も長いし、綺麗だ。

 でも、なんだろう? いつもと何か感じが違うというかなんというか……彼女の容姿に違和感があるけど、それが何か分からない。なんだ?


「あの、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」

「い、いや、全然元気! 元気がありあまっているくらいだよ! ほら!」


 元気なことをアピールするため、その場で体操してみせる。

 あっ、笑ってくれた。笑った顔も可愛いな。


「それで何か用?」

「は、はい。実は……その……」


 こ、これは! 恥じらう姿は……まさか、愛の告白!

 普段、僕は女の子に囲まれているが、告白されたことは滅多めったにない。せいぜい妹くらいだ。しかも、結婚の約束、プロポーズ。

 幼い女の子なら一度は口にする言葉。微笑ましいけど、告白とは違う。

 ど、どうしよう? あ、でも、今はまずいな。僕の近くにいるだけで嫌がらせを受けてしまうから、断るしかないか。

 なるべくなら、友達でいたかったけど、今は自粛じしゅくしておこう。


「ご、ごめん。今は告白とか困る。ちょっと、トラブルを抱えているからさ」

「そ、そうなんですか?」


 うわっ! 泣きそうな顔をしている。しまった! もっとソフトに断るべきだったか。

 ど、どうしよう? 女の子を泣かせたくないのに……こ、こうなったら……。


「普段はウエルカメなんだけどね」


 ウイットに富んだ会話で、目の前の女の子を笑わせようとした。


「どんなトラブルですか?」

「えっ?」


 なんでそんなこと聞くのかな? 僕のジョークは?

 僕のプライバシーに踏み込んできて、ちょっと引いたけど、それだけ必死なのかもしれない。ここは僕が大人にならなくちゃ。


「まあ、身内の問題ってやつかな? キミには関係ないけどね」

「もしかしたら、私、役に立てるかもしれませんよ?」

「なんだって?」


 女の子の提案につい聞き返してしまった。


「ほら、何も知らない第三者の意見のほうが的確なアドバイスができることもありますし。それに私……押水君の力になりたいんです。ダメ……ですか?」

「それなら……実は……」


 上目遣うわめづかいのうるんだ瞳で懇願こんがんされては、話さないわけにはいかない。悩みを聞くのも大事だが、まずは悩みを打ち明けるのも大事だ。目の前の女の子に話してみるか。

 僕は今までのことを女の子に話した。突然現れた風紀委員に困っていること。その風紀委員の一人が姉が自分の知らないところで仲良くなっていたこと。

 ハーレム男だ、セクハラ野郎等、いわれのない中傷に困っていること、どうしたら解決できるのか悩んでいることを話した。

 目の前の女の子は黙って聞いてくれた。いい人だ、とてもいい人だ。困ったことがあったら助けてあげよう。


「……てなわけなんだけど」

「それは災難ですね」

「でしょ! でしょでしょでしょ! 僕が悪いわけじゃないのに、どうしてみんな、分かってくれないのかな!」


 この子はいい! 違いの分かる女の子だ!


「話したところで必ず分かり合えるとは限りませんよ。頭の固い人ならなおさらです。私も困っています。そんな人が近くにいるんで」

「分かるよ~、分かる分かる」


 いや~、共感できるって本当にいいな! この子は僕の中で株価急上昇だよ!


「ねえ、どうしたらいいと思う?」

「そうですね……いっそ、話の中で出てきたハーレムを作ってしまうのはどうでしょう?」


 駄目だわ~、僕の中でこの子の株価が|大暴落だわ……ないわー。


「そんなのうまくいくわけないじゃん。女の子だって嫌だろ?」

「それは男の子次第です。ハーレムに相応ふさわしい男の子なら文句は言いませんよ」

「そ、そうなの?」


 はっきりと女の子から言われると不思議とそう思ってしまう。

 いや、待って。


「でも、みんなが理解してくれないでしょ?」

「言っちゃなんですが、押水君がはっきりとした態度をとらないのが問題ではないでしょうか? 押水君がみんなに、お前達は僕の女だ、って態度をとってくれたら、女の子は心強いですよ? 女の子も嫌ならハーレムから抜け出せばいいわけですし。でも、それでもいいって言うのなら、後は本人達の問題ですよね? 外野は何も言えなくなりますよ。もちろん、風紀委員も」


 風紀委員って言葉につい反応してしまう。


「そうかな?」

「そうです! それに成功すれば、お姉さんもきっと自分が間違まちがっていたことに気づきますよ。押水君が正しかったと思い、仲直りできます。あの堅物かたぶつ脳筋のうきんおとこからも引きはがせます!」


 おおっ! 目からうろこだ! 真理だ! 堅物脳筋男か……藤堂にぴったりの言葉だ。センスあるよね、この子。何か引っかかるけど……まあ、いいか。


「なんだか、いけそうな気がする~」

「……ちょろいですね」

「何か言った?」

「いえ、何も」

「いや、ちょろいですねって聞こえたんだけど」


 本当に聞こえた。何、ちょろいって。どういうこと? ねえ、教えてよ。

 目の前の女の子は何事もなかったような顔をしてとぼけている。


「言ってませんよ? それよりも、ハーレムのことです。私にも手伝わせてくれませんか?」

「手伝うって何を?」


 まさか……つい、唾をのみ込んでしまう。またもや、あの豊満な胸に目が……いかん、いかん! 真面目な話をしているのに……目がつい釘つけになってしまう。

 けしからん! けしからん胸だ! いつの日か、おしおきしなければ!

 そう思いつつ、顔だけ女の子の方へ向け、提案に耳をかたむける。


「ハーレム作りです。ちなみに、私は今、彼氏いませんので。お誘いいただけましたら、即OKですから」

「キミって本当にいい子だな」


 おじさん、不覚にも目から汗が出てきたよ……。

 こんな清楚な子が僕の思い通りになるなんて……ごくり。やっぱり、この子、脱いだら凄いんだろうか。テクニシャンだったりするのだろうか。

 今すぐにでも確かめたい……。

 いかんいかん。男の僕がリードしなければ。こうみえて僕はテクニシャンで絶倫ぜつりんなんだぞ。

 ああっ、幸せすぎる。夢なら覚めないで。確かめないと。


「ねえ、ちょっと僕の頬を引っ張ってくれない?」

「こうですか?」

「い、痛ったたたたたたたた! 痛い痛い痛い! 放して」

「はい」


 痛い! この子の力、半端はんぱないよ! 怒ってるの? 僕に恨みでもあるの?


「痛いよ! もっと優しくしてよ! 本気だったでしょ!」

「すみません、つい……」

「ついってもう! 怒るよ!」

「……聞こえてるじゃないですか」


 聞こえてるってなんだよ。僕の耳は猫並に凄いんだぞ。ちなみに猫の聴覚は人間の四倍だ。あれ? なんで僕は猫に例えたんだろう? 不思議に思ったけど、今はハーレムのことだ。


「それで? 僕はどうしたらいいの?」


 ハーレムなんてどうやって作ればいいんだろう。アラブにいけばいいの? パスポートもっていたかな? どうしよう、僕、英語しか話せない。


 I am a pen.


 これくらいしか話せないよ……。


「そうですね……こういうのはインパクトが大事だと思います。女の子一人一人説得するのではなくて、全生徒に宣言するような方法があればいいのですが」

「はははっ、そんな方法なんてないない。放送でもすれば、みんな聞いてくれると思うけど」

「それです! 流石は押水君! 頭がいいです!」


 おおっ! 女の子が僕の腕に抱きついてきた! このボリューム、柔らかさは! 不届ふとど千万せんばんなメロンだ!


「それなら全生徒に宣言できますよ!」

「でも、いきなり全生徒はまずくない?」

「そんなことないです! 全生徒に宣言するくらいの男気おとこぎがあったほうがいいです!」


 ふおおおっ! 女の子が僕の腕に抱きついたまま体を揺らすから、メロンが揺れる触れるいい匂いがする!

 ヤバい! マイサンが進撃の巨人になりそうだ。このわがままメロンは本当にヤバイ!


「でも、放送室って鍵かかってるし、使い方が……」

「それなら僕に任せてよ」


 こ、この声は……。

 声をした方を振り向いてみると……。

 いつの間にか壁にもたれかかり、腕を組んでいる右京がそこにいた!

 いつからそこに!


「ついにハーレム計画を実施じっしする決意をしてくれたんだね。嬉しいよ。放送室のことならまかせてくれ。僕、放送委員なんだ」

「マジ天啓てんけいだ! 天啓を得たり!」


 僕、マジ宗教の開祖かいそやっちゃうみたいな天啓がビビッとキタコレ!


「これで姉を見返せるし、この状況を打破だはできる! 薔薇色バライロの未来はすぐそこだぞ!」


 右京が熱く僕に語る。僕のハートも熱くなっていく。


「いけるかな?」

「いけます!」


 メロンちゃんが腕に抱きついたまま上目遣いで同意してくれる。


「やれるかな?」

「一郎君ならやれる!」


 心の友が力強くうなずいてくれる。


「でも、止めとく」

「「えっ?」」


 二人は呆然としている。

 二人には悪いけど、みんなの前でハーレム発言なんてムリムリ、そんな勇気ないし。


「そっか……残念です。ハーレムができたら押水君にあんなことやこんなことしたかったのにな……みんなで楽しみたかったな……」

「よしやろうすぐやろう今すぐやろう!」

「それでこそ、押水君です!」


 勇気百倍だ! 今なら空も飛べる気がする! 俺はハーレム王になる!


「善は急げだ! いこう、一郎君!」


 右京にうながされ、僕は力強く歩き出す。目指すは放送室!


「よし! いこう、いこうぜ、みんな! いざ、全て遠き理想郷アヴァロンへ!」

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