三話 対決! 伊藤ほのか VS 押水一郎 挫折と嘘 その三

 押水一郎普通化計画その一。




「ねえねえ、知ってる?」


 伊藤が話しかけているのは押水のことが好きな女子の一人だ。休み時間に伊藤は教室でその女子と話をしている。

 伊藤はあっという間にその女子と仲良くなった。なぜ、伊藤は押水を慕う女子とコンタクトを取っているのか?

 俺は伊藤の策をもう一度思い返してみた。




「彼から女の子を引き剥がす方法として、女の子に現状を把握させて、自分を見つめなおしていただきます」


 放課後、左近から伊藤に連絡を取ってもらい、伊藤を空き教室に来るよう手配してもらった。

 伊藤の案を蹴ったので、さぞかし機嫌が悪いと思っていたが、左近がフォローしてくれたおかげでスムーズに話し合いに応じてくれた。

 俺は伊藤の案に問題がないか、詳しい話を聞く。


「自分を見つめなおす?」

「そうです。恋愛っていきおいってところがありますので、まず彼を好きな女の子には冷静になってもらいます。落ち着いた状態で女の子に彼のどこが好きなのか、質問します。そして、女の子は気付くのです。あれ? 彼のどこを好きなんだろうって。容姿はフツウだし、好きになるとこ、あったのかなって」

「本当に容姿第一だな」


 伊藤の意見に、俺は呆れてしまう。

 左近にも言っていたな。あのときは俺も同意したが、冷静に考えると容姿だけじゃないよな、人を好きになるポイントは。


「当たり前です。人の外見には内面が表れますから。先輩だって、清潔感と身だしなみがいい人の方が好感が持てますよね? それに男の子が読む雑誌は胸の大きいグラビアアイドルが主流です。ラノベはほぼ美少女が表紙を飾っています。それは、なぜか? 第一印象は視覚が大きく占めるからです。胸が大きくて可愛い美少女を表紙にした方が男の子にウケがよくて、売り上げに直結するからです。私からすれば、男の子の方が容姿第一だと思うのですけどね」


 正論だな。だが……。


「伊藤はそれでいいのか? 容姿第一なら、お前に好意を寄せる男子はいやらしい目で伊藤を見ていることになるぞ。身体目当ての男子に、お前は恋愛が出来るのか?」


 確かに容姿は大事だと思う。けれども、それでいいのか? 容姿よりももっと大事なものがあると俺は思っている。

 俺の意見に、伊藤は肩をすくめる。


「その人によります。容姿第一とは言いましたが、もちろん、内面も重視しています。外見からある程度、内面は分かりますが、詳しい事は話してみないと分からないでしょ? 好きな食べ物、音楽、テレビ番組等など……お互いを知って好きになっていくんです。恋愛は先輩が思っているよりもずっと複雑なんですよ。先輩は誰かを本気で好きになった事がないから分からないんですよ。恋愛のことなら私に任せてください」

「……」


 誰かを本気で好きになった事がない、か……。

 痛いところを突いてくる。

 恋愛については伊藤の方が一枚も二枚も上手だ。口で勝てる気がしない。

 けど、なんでだろうな……。

 伊藤の意見はどこか言い訳じみているように聞こえた。俺にではなく、自分自身にだ。

 自分に言い聞かせているように聞こえたんだ。


「話が脱線しましたので、戻しますね。とにかく、現実を直視させ、熱を冷まさせます。その為には、一人一人私が接触をします。そして、仲良くなったところで仕掛しかけます」

「仕掛けるって何を?」

「まあ、そこは見ていてください。もし、私が暴走していると感じたら、どうぞ、お止めに入っていただいても結構ですから。でも、行動する前にやめろ、それはなしでお願いしますね、先輩」


 俺は黙って頷いた。




 こうして、伊藤の計画は発動された。伊藤と他の女子が話しているのを、俺は少し離れた場所から見守っている。

 うまくいけばいいのだが。


「スクールアイドルに彼氏疑惑! しかも、全員が同じ人らしいよ」

「うん、知ってる」

「知ってるの!」


 伊藤は大げさに驚いてみせる。その反応に気を良くした女子が話を続ける。


「二年の男の子だよ」

「二年の男の子? どんな人なの? カッコいい? 足長い? 芸能人だと誰似?」

「ルックスは……普通かな。足の長さは……普通かな。芸能人だと……いないかな。お笑いタレントにはいるかも」

「それって普通の男の子ってこと?」

「そうだね」


 伊藤は更に追及する。押水が普通の男子であることを強調するためだ。ここまでは順調だな。油断は禁物だが。


「じゃあ、性格がいいの? お金持ち? 何か特技がある?」

「性格は……ちょっとエッチかな。お金持ちではないと思う。特技は……セクハラ……かな?」


 女子の表情がだんだん暗くなる。そりゃそうだよな。セクハラが特技って何だ? ただの変質者ではないか。

 もしかして、これはうまくいっているんじゃないか?

 伊藤は女子の表情を確認し、気遣うように話を続ける。


「で、でも、スクールアイドル全員が彼のこと好きになったんだよね? きつけるものがあるのかな?」

「ううん、家族構成が特殊とくしゅだけど、それ以外は何もないかな?」

「彼のこと、詳しいね。もしかして、好きなの?」

「うん……」


 女子は恥ずかしながらもうなずく。伊藤は心配げに女子に話しかける。


「ライバル多そうだね」

「そう……だね」

「大丈夫?」


 気を使うフリをして、遠まわしにやめときなよと言葉に含めるあたり、うまいな。

 本人に判断させることで、他人の助言で別れを決断したわけでなく、自分の意思で別れを決断させる事が出来る。

 これなら、恨みを買うことはないだろう。


「彼ってその……普通なんだよね?」

「うん」

「どこを好きになったの?」

「う、ううん……」


 女子は首をかしげる。俺はそれを見て、心の中でガッツポーズをとった。

 伊藤の計画通りじゃないか!

 あの女子は、押水が普通の男子であることを再確認したはず。押水のどこが好きなのかも疑問を持ち始めている。

 後は伊藤が誘導ゆうどうして、別の男子に興味を持ってもらうだけだ。それで引き剥がせる。


「どこが好きなのか分からないんなら、別のカッコいい男の子にしたら? 知り合ったのも何かの縁だし、合コン、一緒にいく? 本土の大学生で、S大の人達だけど楽しいよ。何度も合コンしてるから危なくないし」

「……」


 女子は伊藤の誘いに考え込んでいる。

 もう一息だぞ、伊藤!

 俺は手に汗を握り、成り行きを見守る。


「決まり! では早速……」

「待って!」

「えっ?」

「やっぱりいい」


 な、なんだと?

 女子は決意したある目で伊藤を見据みすえている。


「彼は成績も運動もルックスも性格もぱっとしないけど、それでも、好きになっちゃったから……ライバルは多いけど、それはそれで楽しめそうだし」

「そ、そう?」

「うん、だから……」

「いいよ、いいよ! 応援くらいしか出来ないけど、頑張って」

「ありがとう!」


 二人はこうして別れた。伊藤の寂しげな背中が印象的だった。




「あがっ~~~~~~! なんで? なんで! なんで突然雑草系ヒロインのようなポジティブ発揮はっきしているの! あそこまで現実見せられたら普通乗り換えるでしょ!」


 伊藤は頭を抱えてうなっている。俺は正直な気持ちを話した。


「なあ、伊藤。人を好きになったら普通、浮気や乗り換えることはしないだろ?」


 よくよく考えたら、伊藤の案はダメだったような気がする。人を好きになる気持ちが簡単に操作できるはずがない。


「何真面目なこと言ってるんですか! それに付き合ってもいないんですから、浮気にもなりませんよ! 本気で好きなら告白してますよ! 次です! 次こそは!」


 意気揚々いきようようと伊藤は次の女子に接触する。女子と仲良くなり、作戦を実行するが。


「ううん、彼以外に今は考えられない……」

「ごめんなさい、彼しかいないの……」

「一郎さんにはやさしくしていただきましたので……」


 全部、失敗に終わった。お前は何も悪くないぞ、伊藤。悪いのは彼女を作らない押水だ。

 落ち込む伊藤に俺は肩に手をやる。


「先輩……」

「伊藤、よく頑張った」


 俺だけは伊藤が頑張ったことを知っているし、認めているぞ。


「いえ、まだまだです。次はとっておきの秘策を使います!」

「……最初から使えよ」


 なんで出し惜しみするんだ? とっととやっちまえよ。


「わ、分かっていませんね、先輩は。とっておきだからこその秘策なんです! 空気読んでください!」


 なぜ、俺が責められなければならないんだ。しかし、秘策とは何なのか?

 俺の不安を余所に、伊藤は笑顔で再戦さいせんを誓った。

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