三章

三話 対決! 伊藤ほのか VS 押水一郎 挫折と嘘 その一

 押水を調査してから三日がたった。

 女性がらみのトラブルが毎日続き、とばっちりを受けながらも俺達は調査を続けた。この三日間で俺の忍耐力がかなり上がったのは気のせいではないだろう。それと、人様の恋愛を観察しても全く楽しくないということが分かった。

 よくよく考えれば当たり前の事だ。恋愛小説や漫画、ドラマを普段見ない俺が現実の、誰かの恋愛模様を観察しても共感などできるはずもない。自分で体験しているわけでもないのだから。


 俺とは反対に伊藤は、


「ここでこうきましたかー」


 とか、


「お約束すぎる!」


 等、楽しんでいるみたいだったが、正直、ついていけなかった。伊藤には押水の行動に共感できるものがあったのだろうか? 理解できないのは、恋愛の経験の有無からくる差だろうか? 考えてみたが、さっぱり分からなかった。


 押水は日を追う度に女子と仲良くなっていくが、俺と伊藤は仲良くなる兆しは皆無で、会話も必要最低限だけになっている。

 どうせ、お互いすぐに他人同士に戻るのだから、仲良くする必要はない。

 それがお互いの共通した考えだろう。


 押水の調査にいったん区切りをつけ、今日は報告をねて、これからの方針を決める会議を風紀委員室ですることになった。

 参加者は俺、左近さこん、伊藤の三人だ。


「さて、対策会議を始めるか」

「おー」

「ぱちぱちぱち」


 左近と伊藤はやる気のない返事をしてきたが、俺は気にめず、説明を続ける。

 三人しかいないのは、左近の考えがあってのことだろう。俺的にはそっちの方がいい。コメディとしか思えないこの騒動の内容を、第三者に語るのは少々抵抗があるからだ。

 事情を知っている左近や伊藤でも、押水が起こす偶発的破廉恥行為を報告するのは気が引ける。なので、その話題は出さないよう、極力きょくりょく気を付けていた。


「それで正道、押水君に問題点あった?」

大有おおありだ」


 聞くまでもない。押水に問題がないほうがおかしい。

 左近の質問に、調査内容から分かったことを踏まえて説明する。


「いろいろありすぎて一つひとつ報告するのは省力するが、問題の根本は押水が女子に好かれすぎている事だと思う。まず、押水に好意を持っている女子を好きな男が、押水に危害を加えるケースが考えられる」

ようはモテる押水先輩へのやきもちが原因で、彼が嫌がらせを受けているってことですか?」


 伊藤の答えに俺はうなずく。


「そうだ。HLC(ヒューズ・ラブリー・サークル)が代表的だな」

「ああ~、先輩が壊滅かいめつさせてた部ですね」

自粛じしゅくしろと言っただけだ」


 余計なことは言うなと伊藤を睨みつける。伊藤はペロッと舌をだした。

 俺達のやりとりに左近は苦笑している。


鉄拳制裁てっけんせいさいは大目に見てるけどね」


 俺は誤魔化すようにせきをして、進行を続ける。

 言っておくが、一応はHLCを説得しようとした。手を先に出したのはあっちからなので問題はない。

 ただ、あのときの俺は殺気立っていたこと、威圧的いあつてきな態度だったことが原因でHLCのメンバーが怒って、俺に手を上げたのが真相しんそう……のような気がしたが、別に話す必要はないだろう。


「嫉妬は怖いよね。男だけじゃなく女もするし」


 左近の指摘は同意せざるを得ない……のだが、押水を好きな女子同士のいさかいは全くなかった。どんなマジックを使ったのかといいたい。

 考えられるとしたら押水姉だ。

 昼食のとき、押水姉はみんなをまとめていた。優秀な調整役がいれば、争いは起こらないというわけか。


「次に押水の行動を注意する人物がいない。ヤツを注意しようとすると、邪魔が入る」

「生徒会長が筆頭ひっとうですよね」

「担任の先生も押水に味方しているな」


 俺はため息をつきながら両手を組み、天井を見上げる。

 一度、押水の女性関係を担任である大森おおもり先生に相談したことがあるが、生徒を信じていると言われてしまった。先生に言い切られてしまったら、こっちも強く言えない。

 先生の方で気にはかけていただけるとのことだが、幼女体格のせいか、押水にナメられて終わっている。教師に向かってちゃんづけで呼んでいるのも問題だが、先生に威厳いげんがないことも考えものだ。


鉄壁てっぺきの守りだね。くずせそうかい?」

「今のところは無理だな」


 歯がゆいが、権力は生徒会長の方が上だ。人気のある生徒会長にたてつけば、俺達風紀委員は悪者扱いされるだけだ。

 生徒会長をなんとかしない限り、押水に手が出せない。押水自体、何も力がないと分かっている分、イラっとさせられる。

 言い方は悪いが女に守られてことに対して、押水は男として何も感じないのだろうか。


「ラストは押水がこの状況を意図いとして望んでいること。だから、終わりがない」

「天然タラシではないんですか? 証拠はないですよね? 言いがかりだって生徒会長に怒られますよ」


 四十人以上の女をはべらせ、今も押水を好きになる女子が量産されている。俺が押水を調査してまだ一週間もたっていないが、俺が知る限り二人ほど押水を好きになった女子がいる。

 いくら天然でも、短期間で二人は増えすぎではないか? 流石に自分は好かれていないと言い切るのは無理がないか?

 押水の昼飯を見れば一目瞭然だ。モテない男が二十人以上の女子と一緒にご飯を食べる事などありえない。

 押水は明らかにこの状況を理解している。

 だが、押水は止めるどころか、更に女を囲もうとしている。


 しかし、伊藤の言う通り証拠がない。ならば、俺の考えは、ただのモテない男の嫉妬、言いがかりでしか受け取ってくれないだろう。

 けれども……。


「証拠はない。状況証拠じょうきょうしょうこならあるが」

「状況証拠?」


 左近がこの言葉に反応し、き返してくる。俺は気になっていたことを話した。


「伊藤、押水が弁当を食べて気絶し、保健室に運び込まれたことがあったことを覚えているか?」

「はい、調査一日目のお昼休みですよね?」


 伊藤は、俺の言いたいことにピンとこないので、首をかしげている。


「そうだ。あのとき、養護教諭が押水を襲おうとした。押水は食あたりで抵抗しなかった。だが、養護教諭が風紀委員に取り押さえられた後、押水はすぐに保健室を出ていった。しっかりとした足取りでな。食あたりで苦しんでいたのにすぐに回復するのはおかしい。まるで養護教諭に襲って欲しくて抵抗しなかったとは考えられないか?」

「言われてみればそうだけど、弱いね」


 左近は同意しかねている。伊藤も左近と同じ考えのようで、俺の意見を否定してきた。


「彼のスキルでは? どんなに殴られても蹴られても、しばらくすると完全復活するのはラブコメ主人公の必須ひっすスキルですし」


 そんなこと真顔で言われても困る。そんなスキルがあれば、押水は格闘技界のダークフォースになれるだろう。男には偶発的破廉恥行為は起こらない為、きっと期待の星になれるはずだ。

 伊藤のふざけた発言に、つい注意してしまう。


「ラブコメってな、もう少し真面目に」

「ラブコメみたいな展開が続いているじゃないですか。先輩ってアニメやドラマを見ないんですか?」


 こいつ、本当に先輩を敬う気はないんだな……言いたいことを言ってくれる。

 伊藤の馬鹿にしたような態度に、俺はつい知っているアニメを口にする。


「アニメならドラ○もんが好きだ」

「ドラえ○んって、またベタな。『の○太さんのエッチ!』しか格言かくげんないじゃないですか」

「おい、作者と全てのファンに謝れ。『タケ○プター』とか色々あるだろ」

「正道、それ格言じゃないから。もっと哲学的てつがくてきなこと、言ってるから」


 左近が呆れたようにツッコミを入れてくる。伊藤につられてつい、変なことを口走ってしまった。話を戻さなければ。


「アニメの話はいい。それより、今後の予定だが」

「あ、スルーしましたね。後、一番大事なことを忘れてませんか?」

「大事なこと? なんだ?」


 伊藤に大事なことと言われ、進行を止める。

 伊藤は人差し指を立てて発言する。


「妊娠ですよ、妊娠。彼が複数の女の子をはらませる可能性があります」

「そんな可能性、あるのか?」


 前にも同じ事を言われ、俺はその可能性があるとも思ったが、今は違った。

 押水を調査し分かったことだが、アイツは女にもてるが、それだけだ。偶発的に女子の身体やキスするような場面はあったものの、押水が女子に直接行為を求めた事はなかったのだ。

 唯一、性行為になりそうだった件は一件だけで、それも養護教諭に襲われただけ。押水から求めたわけではない。


 ハーレム状態の押水が女子に自分から手を出さない事を不思議に思っていたが、よくよく考えれば当たり前のことだと気づいた。

 押水のハーレム状態は誰にも手を出していないからこそ、保たれているはずだ。

 押水がモテるのは、家が金持ちというわけでもなく、権力者の息子でもない。純粋に彼の人間性が女子を惹きつけている……と思われるかもしれない。それしか、思いつかん。俺には理解できないが。


 つまり、女子が押水に望んでいるのは自分だけの彼氏になって欲しいのであって、愛人ではないはずだ。

 だとしたら、押水が誰かに肩入れし、関係を持てば、押水を好きな女子は離れていくだろう。

 他の女子を好きな男子と関係を持つなんて、浮気相手でしかないし、周りに知られれば、自分がバッシングを受けかねない。

 それと、彼女がいる男子に女子が好きなる可能性はかなり低くなるので増えることもない。 

 だからこそ、押水はハーレムを維持する為、女子に手を出さないし、彼女をつくらない。

 そうすることで、押水は自分を好きな女子達をキープし、増やしていくわけだ。


 その点から考えて、妊娠の問題はありえない。

 理由はクソでゲスだが、皮肉にも最悪の問題行動を起こさない根拠になっている。

 そのことを話してみると、伊藤はちっちっちと指を振った。


「考えが甘いですよ、先輩。高校生なんてサカリのついたけものです。童貞、処女恥ずかしいと本気で思っちゃってる人種ですから。好奇心やノリでしちゃうに決まってるじゃないですか。それがいつの間にか複数の子としちゃって、気付けばハーレムエンド直行ちょっこうですよ!」

「……どう思う、左近」


 伊藤のリビトー全開の回答に、俺は呆れながらも左近に尋ねてみる。


「実はね、伊藤さんの言うことも一理あるんだよね」

「嘘だろ……どういうことだ?」


 まさか、左近が伊藤の意見を肯定するとは。俺の考えが否定され、気分がブルーになる。

 

「分かっている限りでも七回、不純ふじゅん異性交遊いせいこうゆうらしき行為を確認できているってこと」

「おいおいおい! 呼び出しても問題ないレベルじゃないか」


 多すぎる! この学園の校則はゆるいとはいえ、不純異性交遊は禁止されている。当たり前の事だろう。

 自立していない学生が赤子を宿しても、学業を続けながら育てることなんて不可能だ。

 生徒の親は高校に責任を求めるだろう。もちろん、学校側で責任なんて取れるはずもない。だから、禁止しているのだ。

 正直、妊娠に関しては両者の問題であって、学校側の問題ではないと思うのだが、管理責任の問題からそうなってしまうのだろう。学校からしてみれば、迷惑以外の何物でもない。

 

 それはさておき、押水を呼び出す理由としては充分すぎるくらいだ。なんで最初に教えてくれなかったんだ。今までの苦労が全く無意味ではないか。

 それを理由にさっさと押水を呼び出してしまえばいい。


「どうして、不純異性交遊を理由に呼び出さない」

「未遂だからだよ。しかも、押水君から誘ったわけではないからね。それにあちらには優秀な弁護士がいるでしょ?」


 おいおい、これは流石に生徒会長でもかばいきれないだろ。

 その前に生徒会長は姉として、弟の不順異性行為をどう思っているんだ? それに押水姉も押水の事が好きなんだろ? どんな神経をしてやがる。

 だが、俺の読みが外れたわけではなかったみたいだな。少しだけ安心した。いや、したらダメなんだが。


「それでも、押水にも非があるのは確実だろ? 生徒会長でも、庇いきれないはずだ」

「それがそうもいかないのが現実なの。押水君の両親は海外にいるから、生徒会長が保護者みたいなものなの。だから、押水君と呼び出すと保護者せいとかいちょう同伴で問い詰めなきゃいけないわけ。生徒会長の親、理事長だから教師も強く言えないんだよね」


 だからって、おとがめめなしはないだろ。筋を通しておかないと、なんでもありになってしまう。それこそ真面目に頑張っているヤツがバカを見る世の中になるだろう。そんなこと、納得できずはずがない。


「それっていいのか? そもそも、押水の両親は海外じゃないのか? この学園の理事長は日本にいるはずだろ?」

「問題だけどね。ああ、生徒会長と押水君は従姉弟同士なの。だから、親が違うわけ。生徒会長の親は別ってこと」

「お約束ですね」


 その一言で納得出来るのか、伊藤。

 頭痛がしてきた。

 理事長の娘ってことで特別待遇とくべつたいぐうされているのも問題だが、不順異性行為を何回も注意されている押水も問題だ。少しは姉に迷惑を掛けている事に反省しろ。


 なぜ、あんな男がモテるんだ? どこぞやの平安時代の公卿くぎょうの生まれ変わりなのか、アイツは。第二皇子とか言いだされても困るぞ。やはり、押水をどうにかしないと問題は解決できないか。


 状況はどんどん悪化していく一方だ。学園の雰囲気も気のせいか悪くなっているような気がする。押水にとって都合のいい学園になってきている。

 まるで、神の手によって調整されているかのようだ。

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