二話 押水一郎の日常 その七

「もう、信じられません! 女の子を傷物きずものにしたあげく、介抱せず先に帰るなんて、相棒失格です!」


 放課後、喫茶店で伊藤は俺に不満をぶつけてきた。

 押水が自分のクラスに戻った後、昼休みも終わりに近づいていたので、尾行せずに戻った。伊藤を放置して。

 それが気に入らなかったらしく、伊藤は押水のバイト先の喫茶店に着くまで、頬を膨らませ、何も話さなかった。

 喫茶店に入り、席に着いた途端とたん、伊藤は俺にマシンガンのように文句をぶっぱなしてきたわけだ。

 伊藤の一通りの恨み言を聞き流しながら、押水のバイト先の喫茶店を観察する。


 喫茶店、『BLUE PEARL』。

 木造のこじんまりとしていて、クラシックな雰囲気のする店だ。天井にはシーリングファンがまわり、窓の外からは海が見え、夏は繁盛しそうだな店だなと考えていると、伊藤が視界に割り込んできた。


「聞いてますか、先輩!」

「聞いている。ようは伊藤が悪いってことだろ」


 気のない返事に、伊藤がキレた。


「何をどうしたらそう聞こえるんですか! 先輩、耳鼻科じびかに行ったほうがいいですよ!」


 伊藤の言いがかりに、俺は冷静になって反論する。


「不祥事が目の前で発生しようとしているのに、面白いから待てとは風紀委員の自覚がない証拠だ。見過ごして問題が起きたらどう責任をとるつもりだ? 真面目に頑張ってきた風紀委員の努力を、お前一人の楽しみで全て台無しにするつもりか? 仮にも風紀委員の腕章をつけているのなら責任を持て。それが出来ていない伊藤は半人前だと指摘しているのだが、反論は?」

「……ありません」

「では、耳鼻科にはいかなくていいな」


 伊藤はすごすごと引っ込んでいった。静かになったと思ったら、今度は伊藤の隣に座っていた女子二人が騒ぎ始める。


「うわ、藤堂先輩。年下の女の子相手にマジぱねっすね」

「噂以上だわ~」

「……」


 俺はため息をつき、伊藤に問いかける。


「伊藤」

「……」


 伊藤に話しかけても返事がない。拗ねているようだ。再度、俺は伊藤に問う。


「なぜ風紀委員以外の生徒がいる?」

「……私のせいじゃないもん」


 完全にいじけてしまっている伊藤を見て、俺は再度ため息をついた。

 伊藤と待ち合わせした場所に、伊藤以外の二人の女子生徒がいた。そのまま俺達についてきてしまい、今にいたる。この二人、どこかで見たことがあるような……気のせいか?

 二人は面白そうに伊藤をからかっている。


「いや~、ほのかの新しい彼氏がどんな人かお父さん、確かめちゃうぞ、みたいな。ねえ、母さん」

「そうね、男らしすぎてちょっと引いたわ」


 二人の勝手な言い分に怒りをこらえ、俺は伊藤の友達二人に質問する。


「結局、キミたちはなんでここにいる?」

「面白そうだから」

「ほのほのを冷やかしに」

「……」


 睨んでやると、二人は態度を改めた。


「じょ、冗談だし!」

「す、すみません。明日香がどうしてもほのほのに付いていきたいっていうから」

「なに自分だけいい子ぶってるし。るりかもノリノリだったし!」

「そんなことないです~」

「あ、ズル!」

「静かにしろ」

「「はい」」


 威嚇いかくするような低い声で注意すると、二人は押し黙った。


「……」

「……」

「……」

「……」


 やっと静かになった。

 落ちつけると思ったら、二人がおずおずと話しかけてきた。


「あ、あの~この席だけお通夜つやになってるし」

「何か話したほうがいいと思うの……ですが」

「流石にお茶しに来て黙っているのはよくねえ?」

「目立つし」


 明日香とるりかが上目遣いで俺を見つめてくる。

 遊びに来ているわけじゃないんだぞ。押水を観察できればそれでいい。だが、じっと上目遣いで見られるのは落ち着かない。

 今日何度になるか分からないため息をつく。


「好きにしてくれ」

「やった。じゃあ、何か食べようか、店員さ~ん!」

「は~い!」


 メイド服を着た店員が注文をとりにくる。


「あーしぃ、バナナマンゴークリームパフェ」

「私はこだわりいちごパフェ。ほのほのは?」

「チョコプリンパフェ! 先輩は?」

「コーヒー」

「「「言うと思った」」」

「……」


 コーヒーの何が悪い。

 三人はここぞとばかりに、先程の鬱憤うっぷんを晴らすかのように、いちゃもんをつけてきた。


「みんなパフェ頼んでいるのに、自分だけコーヒーって空気読めてないし」

「集団行動苦手な人でしょ」

「私達に出来ないことを平然としてくれる先輩、そこににシビれる、あこがれる~!」

「ええっと、注文は以上でよろしいでしょうか?」


 四人の視線を感じ、無言で頷く。パフェなんて食べる気はしないし、コーヒーで十分だ。


「バナナマンゴークリームパフェにこだわりいちごパフェ、チョコプリンパフェ、コーヒーをそれぞれお一つずつでよろしいですか?」

「は~い、問題ないで~す」


 注文をとってすぐ、伊藤たちはおしゃべりを始めた。


「ほのか、三股事件解決してよかったじゃん」

「ちょ、るりか! ここで言う?」


 伊藤は慌てて俺を見るが、無視することにした。押水に視線を向け、観察を続ける。


「私、心配したんだよ。うかつだよ、ほのほの」

「三股は流石に苦しかった。ブッキングがマジやばい」

「断ればいいっしょ。デートの場所も近場はタブーだし」

「付き合っている男の子のスケジュールくらい把握しておかないと」

「無理無理。できっこない」

「……」


 三人の会話に入らず、押水の動向をうかがっている。

 伊藤の話だと従業員は押水と女子大生が一人、この店のオーナー兼シェフとその娘の四人だ。

 青島は自然が豊かだが娯楽施設はとぼしく、この喫茶店も学園の生徒がよくたむろっている。メイド目当ての男子生徒が多いが、パフェも数種類あることから女子生徒も複数見かける。

 今のところ問題はなさそうだ。油断はできないが。


「先輩、怒っています? 眉間みけんにシワがよってますよ?」

「生まれつきだ」


 こいつら、本当にお茶しているだけだな。

 そう思っていたら、視線を感じた。伊藤が上目遣いで、俺に質問をしてきた。


「先輩は同時に何人も付き合っている女の子、男の子ってどう思います?」

「特に何も。問題が起きなければそれでいい」


 俺は投げやりに答えた。

 同時に何人も付き合うなんて、ありえないだろうが。どう思うもクソもない。


「そんなわけないじゃないですか。先輩がもし、付き合っている彼女が他に別の男の子と付き合っていたら嫌じゃないですか? 嫌ですよね?」

「女性と付き合ったことがないから、その質問は答えようがない」

「先輩、真面目に答える気ないですよね。普通は付き合ったことがなくても考えますよ」


 しつこいな……断罪でもしてほしいのか、コイツは。本音を語ったところで喧嘩になることは目に見えている。

 俺は伊藤と目を合わさず、押水の仕事の様子を観察する。伊藤は何か言いたげにしているが、無視することにした。


「藤堂先輩、少しは優しくしてもらえません? ほのほの、泣きそうだから」

「いや、泣いてないから!」


 俺は押水から目を伊藤へ視線を変えると、伊藤の目が赤くなっているのを見てしまった。

 勘弁してくれ。

 問題は押水だけで充分だ。なぜ、身内に足を引っ張られなければいけないのか。

 分かっていたことだ。不良を相手にし、ルールを重視してきた俺と、楽しさ重視でルールを守らない伊藤。

 うまくやれるはずがない。


「伊藤。嫌なら帰っていいぞ。お前も俺なんかと一緒にいても楽しくないだろ。ここは俺一人でいい」


 伊藤はうつむいたまま、何も言わない。俺はまた押水の観察に戻る。


「藤堂先輩って高校生活楽しいですか? 女の子いじめて嬉しいんですか?」


 伊藤をかばうように明日香がトゲのある言葉で邪魔してくる。いい加減にしてほしい。


程々ほどほどにな。アンタ達はどうなんだ? 複数の彼氏達と付き合って充実しているのか?」


 俺は皮肉を込めて質問を返す。


「ぼちぼちっす。ゴットは充実してそうっすね」


 あからさまに話題を変えてきやがったな。まあ、これ以上、泣きそうな伊藤と関わると、本当に泣かれそうだ。

 俺は話しに付き合うことにした。


「ゴット?」

「押水一郎っす」


 押水が神だと? 渋い顔になってしまう。


「笑えないぞ」

「でも、ゴットだよね~。したってくる女の子が二桁とか教祖きょうそになれそう」


 明日香の意見にるりかも同意する。


「教祖以外は女の子だけっていうのもシュールだし」

「信者が女の子だけ、ピンポイントで集まっちゃうのはまさに神懸かみがかってる」


 だよね~と明日香とるりかは笑い合う。全然、笑えない。


「私達も信者になれるのかな?」

「なれないっしょ。ビッチはお呼びじゃないし」

「明日香、可哀想かわいそう

「え、何? 私だけ?」

「そうだし」

「まさかのハブ!」


 平和なやつらだと思っていると。

 ガチャン!


「きゃ!」


 大きな音がしたほうを見ると、ウェイトレスのメイドが尻餅をついていた。押水とぶつかったようだ。

 運んでいたパフェがメイドの顔にかかり、クリームが顔についている。ポニーテールの小柄な女性は痛みのせいか尻餅をついたまま、動かない。

 男性客の視線は、自然とめくれたスカートの中に釘付けになっていた。


「で、でた~! 白いクリームが顔面射精がんめんしゃせいを連想させるお約束からの絶対領域クラッシャー! 狙っても出来ませんよあんなこと!」


 先ほどまでの泣きそうな態度とは裏腹に、今は活き活きとした表情を浮かべている。

 俺は苦笑しつつ、伊藤に話しかける。


「嬉しそうだな、伊藤」

「あまりにもお約束なんでついツッコミ属性が出てしまいました」


 伊藤は軽く拳を握り、自分の頭を叩いて、舌を出している。

 確かに偶然にはできないな、あんなこと。

 押水の行動を見て、つくづく思う。

 これは強制猥褻きょうせいわいせつ罪にならないのだろうか。わざとでなくても、あまりにも多すぎる。


「藤堂先輩はゴットをどーする気なん?」

「どうとは?」

「ゴットのら、ら……」

「ラッキースケベだよ、明日香」


 るりかがフォロする。


「そうそうラッキースケベだっけ。あれって偶然なんでしょ、一応。わざとやってないなら注意のしようがないし。私的には死刑でOK」

「私刑にしておきなよ。私も同意見。ほのほのは?」

「切腹を申し渡す」

「どう改善するかの話じゃなかったのか?」


 話がそれているのでツッコミを入れる。気持ちは痛いほど分かるが。


「伊藤の件もあるからな。押水をめぐってトラブルが発生する前に止めたいのが本音だ。押水が複数ではなく、一人にしぼって付き合ってくれたら万々歳ばんばんざいなのだが」


 この提案に明日香達は即座に否定する。


「ないない、それはない」

「それは無理だし。私達もそうだけど、浮気なんて当たり前にするし」

「明日香、それ大問題じゃん」


 伊藤の指摘に明日香はすぐさま反論する。


「ほのかは黙っているから問題になるし。私、コクったことないし。コクられて、お互いに浮気してもいいことを条件で付き合ってるし」

「私もそうだよ」

「それって付き合ってことになるのか?」


 俺はつい口を出してしまう。お互い浮気していいのなら、それは恋人ではなく、ただの友達ではないのだろうか?


「なるし。本命をゲットするには経験必要だし」

「オンリーは少し重いよね。それに私達のように遊んでるって周りに思われてるんだから、そうしてあげるのが優しさなの。男子もそこんとこ分かってるから」


 要は本気の付き合いではなく、お互い遊びだと了解して付き合っているということか。

 人の付き合いなんて、人それぞれなのだろう。真剣に付き合いたいと思う者もいれば、遊びで付き合いたいと思っている者、本気の恋愛の為に仮想で経験を積みたいと思う者……。

 その考えが正しいのか悪いことなのか、俺には判断がつかなかった。


「ほのかは八方美人だからトラブルし。遊びと本気ははっきりさせないと」

要領ようりょうが悪いよね。もう少し肩の力を抜かないとつぶれるよ」

「……」


 二人のアドバイスに伊藤は肩を落としている。

 伊藤が気落ちしているのは三股のことだけだろうか? もっと根本的なことに問題を抱えているような気がする。


「お待たせ致しました~、ご主人様。バナナマンゴークリームパフェにこだわりいちごパフェ、チョコプリンパフェ、コーヒーです」


 別のメイドが注文したものを運んできた。伊藤達はぱっと笑顔になる。

 俺はコーヒーを手にしようとしたとき。


「お待ちください、ご主人様」

「ご主人様? 俺のことか?」

「はい。ご主人様がコーヒーを美味しく召し上がれるよう、おまじないをおかけしますね」


 おおっ!

 伊藤達が黄色い声を出す。メイドが今からやるおまじないとやらを期待しているのだろうか。

 メイドのサービスに、俺は……。


「結構です」

「えっ? でも……」

「いらないと言っているんです。このお店は客が嫌がるのに勝手にサービスする店なんですか?」

「……失礼します」


 メイドはすこすこと去って行った。


「先輩……マジぱねっす。普通、サービス受けますよね? 女の私でも、ぜひお願いしますって言いますよ。場の空気、読めてます? それとも、テレてます?」

「いや。ここにメイドが居座られたら、捜査の邪魔だろ?」

「……」


 呆ける伊藤を無視し、コーヒーに口をつけ、押水の観察を続けようとしたとき、一人の女子生徒に目がまった。

 あの生徒は確か、屋上で押水と一緒にお昼を取っていたな。押水が最初に彼女の弁当を食べていたのを覚えている。

 押水に話しかけるわけでもなく、困ったような顔をしている。彼女の目的は一体……。


「先輩、どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」


 俺は押水を見つめている女子生徒から視線を外し、押水の監視を続けた。

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