バトルの果てに。
『僕から貴女へ』
「ふつうはどんなに忙しくても、
気持ちさえあれば、数行でも返事できるはずです。
そもそも、あなたの自分よがりの理屈っぽさには呆れるばかりです。
もう会ったのに携帯電話の番号を教えないなんて、
予防線の張り過ぎだと思います。
携帯でメールやり取りをしたがらない意味もわかりませんでした。
そんなに迷惑メールなんて来ますか?
以上から、貴女は真剣に婚活してると思えません。
最近は、報復や腹いせで個人情報をネットに晒す例も見受けられますが、
これまで貴女のようなやり方でよくそういう目に遭わずに来られましたね。
僕は、貴女が住んでいるエリアも知っているし、携帯のアドレスも知ってます。
職業や職場のだいたいの位置も知ってるんですよ。
僕が理性と常識がある人間でよかったですね。
僕も今回はずいぶん頭に来ましたけど、そういう下らないことはしませんからね。
だけどね、僕みたいな人間ばかりじゃないんですよ。
北沢さんも、もう少しやり方をあらためないと、本当に痛い目に遭いますよ。
僕の心からのご忠告です。
こんなにずっと年下の僕の方ばかりが年上の貴女に気を使ってるなんて、
ふつうはあり得ないことですよ。
感謝してくださいね」
不穏な内容を見過ごせず、しかたなく私はメールを返した。
「川崎さんへ
全部私が悪いということで川崎さんのお気持ちがおさまるなら、
それでも全然かまいません。
気の済むまで非難してください。
でも、脅すようなことを書くのはやめてもらえませんか。
こういう方法での婚活にリスクがあるのはわかっています。
確かに、これまでは良識ある方々とお互いにマナーを守ってやってきて、
おっしゃるようなこわい目に遭わずにいられたことは、
感謝すべきことなのかもしれません。
もちろん、川崎さんもそんなことはしないと信じています。
だけど、そのことにわざわざ言及されると、
女性の側としてはけっこう不安になるものです。
それから、私は特別なやり方をしてるつもりはありません。
双方が同時に、相性が合うと感じるような出会いはなかなかありません。
断ることも断られることもよくあるのが婚活だと思っています。
私もそういうふうに割り切ってやってきました。
一つところに立ち止まっていると、建設的な話にならないばかりか、
言わなくていいことまで言うようになったりして、
川崎さんの重視する『希望』とはますますかけ離れていくと思います。
本当は私もこんなことを書くのは嫌なのです。
ここまで来たらもう、お互いのいいところを見るなんてできないと思いますし、
このまま続けていても、何もならないですよね。
私なりの誠意でメールを続けていたことが、かえって迷惑だったようですね。
また、意図せず川崎さんを不快にさせるようなことを
言ったりやったりしたのなら、心から謝ります。
だから、本当にもうこれでやめませんか」
もちろん、全部私が悪いなどとは思っていないけれど、これで川崎が納得してメールを寄越さなくなるなら、甘んじて責めを受けるつもりだった。それほど私は、このやり取りにウンザリし、疲れ果てていた。
「ほかの人がどうしてるかなんて僕には関係ないし、
おおかた貴女独自の思想でしかないと思います。
僕はこれまでの婚活で、もっと若い女性と、
一年とか、最低でも半年とかつき合ってきました。
北沢さんとこの先どうこうなりたいなど少しも思わないですが、
腹立たしいのは、貴女にかまっている間に、
ほかの若い女性と出会う機会をどれだけ逃したかということです。
貴女の精神は活字でできてるんじゃないですか。
言葉は柔らかくても寛容さがなく、過去を引きずるあまり自信がなく、
それでいて自己愛がかなり強い。
自分のこだわりばかり押し出して、人の提案を受け入れない。
そういう性格は最初にすぐにわかりました(笑)。
でも、いつかこんなこともあったと笑い合える日も来ると思って、
僕は言葉をかけ続けました。
責任取れとは言いませんが、
つき合う気がないなら、もっと早く言うべきです。
何より貴女はメールの返事も、こういう大事なことも、
とにかく遅いです。
無駄になった時間は取り戻せないんですよ。
ご自分だっていい年齢なんですから、
これからはもっと考えられた方がいいです。
マイペースは誰にでもあるかもしれませんが、
限度というものもありますからね。
今後はどうぞ、南国のお花畑で、
貴女にしかわからないツボという幻想のポケットに
はまる人を見つけてください。
面倒くさい女性が好きだという男性も、世の中にはいるでしょうから(笑)」
こちらが下手に出てもなお、ここまでの嫌味と捨て台詞を言ってくるとは思わなかった。
倒されても倒されても死なず、また起き上がって襲ってくる恐怖映画の異常者を連想した。まるで、婚活モンスターだ。
私の腸はまたしても煮えくり返っていたけれど、歯を食いしばらんばかりに抑えた。川崎に花を持たせて、今度こそ気持ちよく終了してもらうために、最後のメールを送った。
「川崎さんへ
いろいろありがとうございます。
今後の参考にさせていただきます。
川崎さんも、どうぞお元気で。
よき出会いがありますように」
ここまで譲歩すれば、満足するだろう。
が、すぐにまたメールが来た。
「先ほどのメールの最後のところは撤回します。
貴女のような、自分が一番かわいくて大事だという女性は、
一人で生きていくべきです。
貴女とつき合う人がかわいそうです。
ご自分のためにも、ほかの男性のためにも、
もう婚活をやめた方がいいかもしれませんね」
全身が怒りでわなわな震えそうになるのを感じながら、それでも私は耐えた。
やっと、これで終わるのだという期待の方がかろうじて大きかったからだ。
その夜、川崎からまた、「あなたに関心があります」のサインが出会いドットコムを経由して送られてきた。
一瞬ひるんだけれど、おそらく彼は私のハンドルネームを忘れているのだ。だから、新たな獲物を求める活動の再開とともに、私だと気づかずに送ったということなのだろう。
いや、もっと前からだ。このバトルになる前にも、私にサインを送ってきていた。つまり、「時間を無駄にした」としつこく私を責め立てながら、一方ではあの時点ですでに新たな狩りを始めていたのだと今になって気づいた。ますます腹が立つ。
名前を忘れたことも含めて、ここまで人を馬鹿にした話があるだろうか。
そして、今年もすっかり押し詰まったある日、間借りしているオフィスが仕事納めで閉まったため、家で年末最後の仕事をしていると、もう一人のモンスターからメールが来た。
小玉だ。
私に送ったひどいメールを読み返して、反省しているとのことだった。
小玉もその後、何人かとコンタクトを取って会ったりもしたけれど、どれもうまくいかず、その中で私のことも思い出して、心を入れ替えた。だから、もう一度チャンスをくれないか。
という内容だった。
川崎と出会ってしまった今となっては、小玉の方が数倍マシだったと思わないでもない。
けれど、疲れ果てていた私は、とてもじゃないけど再戦する気にはなれなかった。スルーしていたら、さらに二回プッシュするメールが来たけれど、最後は「返事がないのが答えですね」と引き下がっていった。
やっと静かになると、ふとした時に、私も自分が川崎に出したメールが思い出されて、何度でも嫌な気持ちになる。できれば言い返さずにやり過ごしたかったけれど、それができなかった。
どこかに、海のすべての漂流物が押し寄せてしまう場所があるという。
ふと、そのゴミ溜めのような海岸の光景が思い浮かんだ。
小玉と川崎と、そして私。婚活の海を流された結果、そこに辿り着いた同類の三人。
ゴミのように汚れた私はボロボロの気持ちを抱えながらも、わずかな希望にすがるようにして、また一つ年を越すことになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます