自分語り野郎。
私にとってのNo.7である、たっくん。
変なところで験を担ぐクセのある私は、ラッキーセブンということで、多少期待していた。
前回の顔合わせから、すぐ次の金曜日の夜に、繁華街の小料理屋でお酒を飲みながら食事をすることになった。たっくんが予約を入れてくれていた。
最寄りの駅で待ち合わせ、いっしょに店へ。
出迎えた店員が「ご予約のお名前は?」と言うと、たっくんは一歩店員に近づき、明らかに意図的なささやき声で名前を告げた。
えっ? 私に聞こえないようにしたの!?
ゾッとした。
そういえば、まだ本名を名乗り合ってなかった……と今さら気づきながら、でも、私の感覚では、こういう場合は男性側が率先してきちんと素性を明らかにするもんじゃないの!? と背筋が寒くなった。
堅い仕事に就いている、礼儀正しいはずのオトコ。
おそらく、この関係が進展しないことになった時、相手に名前を知られていることが嫌なのだろう。
礼儀をわきまえているようで、その陰でちまちまと保身を図ってるようなセコいまでの慎重さに、かえって彼を信頼できないような気分になってしまう。
猫背の後ろ姿にトボトボとついて行き、カウンターの角に斜めに向かい合って座った。
乾杯をして、料理が来るまでの間、私は自分を鼓舞するつもりで口を開いた。
「この前のお話だと、ベンチャー企業を応援するような活動もしてるってことでしたけど、○○社の燃料電池って、結局どうなったか知ってます?」
たっくんはお通しをつついていた箸を置いて、何かのスイッチが切り替わったようにこちらを向いた。
「おぉ、そういうの、興味あるんですか?」
「まあ。だいぶ前に仕事で環境問題を取り上げたことがあって、その中でちょっと取材したもんで。社長さんがすごく熱い人で……」
私が言い終わらないうちに、たっくんは喜々として電池の科学的な説明を始めた。
……えっと、私は○○社とその開発事業がどうなったか知りたいだけなんですけど?
何度か口を挟もうとした。が、彼のおしゃべりは切れ目がまったくなかった。
科学的な説明が終わったかと思うと、淀みなく、業界での評価、自社の見解へと話は移っていった。
……だから、結局○○社は? 電池はどうなったの??
体感では三十分くらい、ひたすら言葉の洪水を浴びている気がする。その中で、流され溺れないようにずっと足を踏ん張ってでもいたように全身に疲労感が広がって、それでも終わらなそうな話に、とうとう強引に割り込んだ。
「ごめんなさい、もういいです」
たっくんは、一瞬ポカンとした顔をした。
「すみません、わかりづらかったですか?」
「いえ、こちらこそすみません、自分が訊いたのに。でも、ちょっと話が詳し過ぎて。十分わかったので、もういいです」
運ばれた料理も冷めかけている。
この店に二時間滞在するとして、四分の一以上がどうでもいい話で費やされてしまった。
たっくんが料理に手を付けたので、私もやっと夜ごはんにありつけた。
キュウキュウに空いたお腹をなだめる作業に束の間専念して、それからちゃんとお互いをわかり合うための話をしよう。
「うーん。このお野菜、いい焼き加減で美味しい」
二、三回箸を動かしたところで、私は場を仕切り直すつもりで言った。しばらく、好きな食べ物の話でもできたらいいかな、と。
ところが、その一言が合図だったかのように、たっくんの口がまた違う方向へと滑り出した。
「うちの会社は……」
「だから、僕は……」
また切れ目なく、気づくと三十分くらい続いている。前回も、さんざん仕事の話は聞いたのに。
もう途中からついて行けなくなり、ほとんど聞いていなかった。聞いてもわからないし、相づちを打つ隙間すらないのは、ひたすら苦痛だった。
いや、問題は、私が聞いているのか、理解してるのか、話を楽しんでるのか、そういうことをまったく意に介してないように見えることだ。
「あの、すみません」
また割って入ろうとしたけれど、聞こえなかったようだ。
「すみません!!」
今度は大きな声で言った。多少、怒った感じになったかもしれない。
ハッとして私を見つめるたっくんに、私は苦笑しながら問いかけた。
「たっくんさん、私に興味ありますか?」
たっくんはまた、ポカンとした。
「私たち、知り合ったばかりですよね。こういう時って、もっとお互いを知るための話をしないと、この先に進めないと思いません?」
「はぁ、そうですね。僕は、その……僕の仕事をもっと知ってほしくて」と、たっくんはさっきまでの喜々とした話し振りとは打って変わって、モゾモゾと口ごもった。
「私は、お仕事については、その人が誇りを持ってやるべきことをやっているなら、それでいいんです。内容については、知りたいことだけを知れれば、十分です。それで言うと、ごめんなさい、ちょっと私のキャパを超えてました」
「あぁ、そうかもしれませんね、ちょっとしゃべり過ぎました」
たっくんはお酒をくぃっとあおると、バツ悪そうに言った。
やっとわかってくれたか。
私はもう一度、仕切り直すつもりで、ふだんは自分からは絶対に訊かないような質問をした。
「私のことで、何か訊きたいことはないですか?」
たっくんはほんの五秒くらい考えてから言った。
「この前の週末は、何してました?」
いやいや、ちょっと待って。この前の日曜日は、あなたと会っていたんじゃない!?
と、思いながらも、それは言わずに、土曜日には平日にできない掃除などをしていたと答えた。
たっくんはその答えを聞いたはずだ。確かに相づちを打ってくれた。
それなのに、いったいどうしてそうなるのかサッパリわからないのだけど、またたっくんの仕事の話が始まってしまった。
——この人は、ないな。
私は、なんだか悲しくなった。
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