第35話 ホワイト・シャネリアス





「急なお願いだったのに、快く応えてもらって助かるわ」



 俺の正面に座るシャネリアスが、そう言って微笑む。

 病院の応接室の一つを借りて、彼女と俺はテーブルを挟んで向かい合うようにしてソファに座り、部屋の端では記録係の男性が壁際の机に記録用紙を広げている。


 翠もこの話に加わりたがったが、シャネリアスが俺だけで構わないと言ったため、ここに居るのは俺だけだ。

 彼女はジャケットの内ポケットから煙草入れシガレットケースから黒い煙草を取り出し加えると、そのまま火を付けようとして。



「ああ、ケガ人の前で吸うものではなかったわね」



 と言って、煙草は吸わずにケースに戻した。



「別に良いですよ、俺は」

「いや、良いのよ。少しは減らさないといけないしね。それに、怪我をされた桃吾君の時間を必要以上に取り過ぎるのも考えものだし。そういうわけで、早速 本題から訊こうかしら」



 そこで一度 言葉を切ると、シャネリアスは煙草を吸う代わりに、テーブルに置かれたアイスティーを一口飲んでから。尋ねた。



「イユ・トラヴィオルはずっと前から魔王軍に通じていて、そして瀞江桃吾。君はそれをずっと知っていて隠し通そうとしてきた。そうよね?」

「ええ、大正解です。100点満点のついでに花丸を上げても良いっスよ」



 あっさりと俺は認めた。


 この人は確信を持って訊いている。

 確証が欲しいわけでも自白を引き出そうとしているわけでもない。

 ただ、念のために確認したに過ぎない。



「あら、少しは狼狽えると思ったのだけどね?」

「いやあ、はは。これでも社会人経験のあるアラサーなんでね」



 そうは言われるが、まあ多分バレてるとは思っていたからね。

 だってもう目が自信満々なんだもん。

 こういう人を相手に隠し事できる気がしない。



「賢明な判断ね。そう、私は貴方がイユ・トラヴィオルに通じていたことを初めから知っていたわ。何せ、この王城の中には私の部下のエージェント達が大勢いる。貴方達の密談の内容を盗み聞くくらいワケないのよ」

「……ん? 貴方は冒険者ギルドの統括者なんスよね? なんでそれがそんなスパイ映画の真似事みたいなことをしてるんスか?」

「真似事っていうか、事実そうなのよ。この世界では、冒険者ギルドが諜報機関も兼ねてるの」

「何でそんなことを……?」

「冒険者というのは、まず強くないといけない。その上で判断力に優れ、冒険のために剣士や格闘家、魔法使いにシーフと、様々な技術を持つ者が集まる上に、彼らは基本的に少人数で行動する。軍隊と違ってね。しかもあちこちを冒険したことのある彼らは、諜報員として非常に優秀なの。だから、この世界の冒険者の中には王国の諜報員になっているものもいるの。もちろん、ほとんどの冒険者はそんなこと知りもしないけどね」



 ほー、なるほど。

 確かにそう言われると分かる気もする。

 あちこちにいる上に、人材としても優秀なら諜報機関のメンバーにはもってこいなのか。

 まあスパイ映画程度の知識しかない俺に ややこしい話は分からんが。



「そういう冒険者や、あるいは元冒険者をあちこちに配しているの。だから、私はイユ・トラヴィオルの本名が違うことも、生まれた時から化け物であることも知っているわ」



 ……こえー。

 まあ王国スパイ組織の長官だもんな。

 CIAのトップみたいなもんだ、凄くないはずがない。



「だからこそ、訊きたい。貴方だって知っていたんでしょう? 彼女が化け物であることを。それに、貴方がこの情報を口外しなかったということは、この情報の重要性を理解していたんでしょう?」

「そうっスね。俺達の国じゃ、国家反逆罪クラスのことだろうし、異世界だって良くて無期懲役、悪くて死刑。黙ってた俺もただじゃ済まないでしょうね。だから翠には喋んなかったし」

「じゃあ何故? まさか美人の風呂の残り湯をゲットするためだけに自分の命を危険にさらしたと?」

「……あれ? それもバレてるんスか?」

「ハァ……。部下からの報告が上がってきたときは文書を3度見したけどね」



 ウッソ。

 そんなのまでバレてんのか。

 そんな……俺の変態性が白日の下に晒されていただなんて……!

 そんな、そんなの……。






「なんかちょっと興奮してきた」

「自重してくれないかしら!? 流石に!! 君のことは知っているけれど、私はそういう話がしたいわけではないのよ!!」



 と、シャネリアスに言われてしまった。

 確かに、こんな話をしている場合ではない。



「君が、イユ・トラヴィオルの味方になった理由が、私の中でしっくりこないの。何でなの? 何で君は、彼女に味方したの?」



 何で?

 何でって言われたら、そりゃあ……。



「イユさんの顔が好みだったから?」

「……ふざけているのかしら?」

「いやあ、そういうわけじゃないんですけども」


 

 いや確かにそれもあるけど、それだけじゃない気もするんだよな。

 俺が、彼女の味方になった理由。

 なんでだろう?

 こんな無責任が服着て歩いてるような俺みたいなやつが、なんでわざわざ会って間もない女性のために頑張ったんだ?

 ――ただ、それはごくシンプルな話なのだと、俺は思った。



「……あの人の気持ちに共感しちゃったから、かな」

「共感? ……どういうことです?」

「うん、ぶっちゃけさあ。俺も何回かイユさんのこと話そうかなって思ったんスよね。どう考えてもそっちの方が苦労ないじゃないスか」



 でも、できなかった。



「出会ったあの夜なら出来たかもしんないけどさ。おばあちゃんのために頑張ってるって話を聞いちゃったらさぁ。……俺には何も言えないッスよ」



 以前イユさんには言った気がするが、もしも翠が同じ立場なら俺だって同じことをしただろう。

 だから、彼女の気持ちに共感してしまった。



「だから、お願いします。シャネリアス長官。あの人に、……もう一回やりなおす機会を与えてくれませんか?」

「機会、ですか?」

「はい。あの人は、好き好んで人間の敵になったわけじゃない。むしろ感情の豊かな『人間』だったからこそ、人間の敵になった。でも、最後に踏みとどまってくれた。……だから、お願いします。彼女の行為を許して欲しいとは言わない。ただ、あの人に、もう一度だけ……人生をやり直すチャンスを与えてほしいんです。どうか、どうか! ……お願いします」


 

 立ち上がってから、俺は深く頭を下げた。

 何も持ってない俺には、これくらいのことしかできないから。


 そんな俺に対し、シャネリアスはグラスの中のアイスティーを飲み干して、言葉を返した。



「国家どころか、人類連合を裏切り魔族に通じた呪い憑きアラクノイドを見逃せと? ……諜報機関の長たる この私に?」



 頭を下げ続ける俺の耳に、何やらパキパキッという何かが砕けるような音が聞こえてきた。

 不審に思い、俺が僅かに顔を上げると。


 ――パキパキ、ゴリゴリ。と音を立てて、シャネリアスが



「~~~~なッ!?」

「面白いことを言うのねぇ、最近の若い子は。――ブッ!!」



 シャネリアスは、かみ砕いたグラスの破片をテーブルの上に吐き捨てた。

 ……マジかよ。

 やべーなこの人。

 どうしよう、膝が震えてきちゃった。


 彼女の目は、まるで宝石を鑑定しているかのように冷淡で、そして鋭い眼光をしていた。

 この目は、つい最近も見た記憶がある。

 ――そうだ、魔王軍幹部のエルプラダの目に似ているのだ。


 ただ、彼女はふと、視線を



「……ただ、まあそうね。言い分も理解できるし、そもそも私達は裁判官ではない。あの子はあれで優秀ではあるし、使いようはある。私は使い潰すまで使う主義なのでね、こんなところでトラヴィオルを捨てるのは得策じゃない。だから、あの子のことは考えてあげても良いわ」

「なら――」

「でも、貴方の願い通りに彼女にチャンスを与えたとしても。貴方自身はどうするの? 貴方とて、彼女と共犯なのよ。その上、貴方はヌルヌルの固有魔法なんて意味の分からないスキルしか使えない。そんな貴方を――もしも私が殺すといったら、どうする?」



 その問いに、俺は不敵な笑みを浮かべると。






「お願いします助けてください何でもするんで~~~~面白い一発芸するんで~~~~~命だけは助けてくださいマジで靴とかペロペロするんで~~~~~~!!!!」




 泣きながら土下座した。



「……あの、躊躇いはなかったの?」

「ないです! 人生に躊躇うべき瞬間なんてないんで!!」

「ものすごくカッコいいことを、ものすごくカッコ悪い姿勢でいうのね。だいたい、さっきまでトラヴィオルのためにはあんなに格好つけていたのに、なんで自分のことになると情けなくなるの?」

「それはそれ!! これはこれ!!」

「……はあ」



 と、彼女は呆れたようにしていたが、やがて溜息を吐いてから、薄く笑みを浮かべた。



「……ふふ。本当に面白い子ね。貴方との話は何だか心地良いわ。肩ひじ張らなくて済むからかしら。……大丈夫、別にあなたのことをどうこうする気はないわ」

「えっ!? マジで!? 俺一発芸しなくて良いの!?」

「見たくもないわよ別に。……だいたい殺す気なら医療ミスしたふりをして殺すわ。そんなに分かりやすく殺したら、貴方の弟が人類の敵になりかねないからね。イユ・トラヴィオルも今は隔離病棟に入れているけど、殺す気はないわ。彼女が心変わりしてくれたから、彼女によって出された損害は実質ゼロだしね」



 おお、確かに それはそうだな。

 そう思って、俺はソファに戻った。

 ……いや、何かさらっと恐ろしいことを言われた気もするけど。



「それに、イユ・トラヴィオルが魔王軍の手先になっていたことは、神官になって間もなくの頃には調べがついていたの。……魔法の適正検査をしてくれた老人の神官、覚えてる?」

「ああ、イユさんの上司の。……あれ? ひょっとして」

「ええ、彼も私のエージェントよ」

「マジで!? あの変態が!?」

「……変態でも有能なら活用するのが私の信条よ」



 あっ、変態であることは否定しないんだ。

 まあ精霊で抜くジジイだもんな。



「だから、彼女に流す情報は予め細工しておいたの。その情報を魔王軍が信じてくれれば、むしろこっちが相手を騙せる」



 こえー! マジでスパイ映画の世界じゃん!!

 そんな世界じゃ俺は生きていける気がしないな。



「ただ、貴方がイユ・トラヴィオルと出会ったことで、彼女の行動が変化してしまった。来年あたりに、魔王軍を疑似餌で釣って幹部の一人くらい殺りたいところだったのだけどね」

「いや、それを俺に言われても……」

「ああ、別に責める気はないわ。エルプラダがバックに出てきたってことは、あいつはこっちの嘘に感づいてた可能性が高いし。鋭い性格してて嫌になるわ、あの女」

「……長官殿はエルプラダと知り合いなんスか?」

「長い付き合いよ。敵同士として、だけどね。……さて、訊きたいことはこれだけよ。お疲れ様」

「えっ!? もう終わりッスか!?」

「ええ。貴方の口から、貴方の気持ちを聞きたかっただけだから」



 何かもっとゴチャゴチャと訊かれるんだと思ってた。

 こんなところに呼び出し喰らって、最悪 死ぬのではと思っておしっこ漏らしそうになってたのに。

 いえーい、異世界やーさしー!

 じゃあもう かーえろっと。

 なんて思っている俺に対し、シャネリアスがふとこんなことを言った。



「……ああ、ただ大事な話を伝えていなかったわ。今回、イユ・トラヴィオルの一件は、私たち冒険者ギルド統括局の方で上手く情報操作する。江土井青一に、呪いのせいであのような姿になったと言ってしまっているし、更に彼の証言が公文書に記載された今、彼女はあの姿で生きていくしかないわ。でも逆に言えば……あの姿を受け入れれば、彼女は生きていくことができる」



 と、シャネリアスは微笑んだ。

 その笑みを見て、俺は。



「シャネリアスさん……普通に良い人なんですね。スパイ組織の長官ってくらいだから、俺もう尋問されると思ってワクワ……ビクビクしてたのに」

「尋問されるのを楽しみにしている人を見たのは初めてね。……でも、単に私が善人と言うわけではないわ。貴方とトラヴィオルには借りもあったし」

「え? 借り?」

「以前、王城で迷子になった少年を助けたでしょう? あれね、私の孫なの」



 迷子……?

 って、アレか!!

 以前パーティー会場の外で出会った、場面かんもく症の!

 言われてみると、どことなく目元が似ている気がする。



「迷子を助けて貰ったのもそうだけど、あの子をどうしたら良いかは私達も悩んでいたの。でも、貴方達が助言をくれた。……おかげで少しだけだけど、彼の行き先に光明が見えた気がした。だから、これはごく個人的な理由だけど……貴方達にはサービスしてあげる」



 そう言ってシャネリアスはウインクした。

 何と言うか、茶目っ気のある人だ。



「はは! そんなこともあるもんですね! 情けは人の為ならず! とはよく言ったもんだ。巡り巡って自分のところに帰ってきた」

「ええ、だから貴方の借金は4000万ゴールドにあげるわ」

「マジっすか? 借金4000万くらいなら……。え? いま、何て?」



 待て待て待てぇええええい!!

 借金!? 

 借金って何の話!?


 驚愕する俺に、シャネリアスは笑みを浮かべた。

 しかしそれは先ほどのように茶目っ気のあるようなものではなく。



「貴方、私に借金が4000万ゴールドあるの。あら? 言わなかったかしら?」



 悪魔のように引きつった笑みだった。





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