第32話 決着と続き
「み、翠様!? いきなり何を!?」
女騎士が狼狽して尋ねる。
自分とともにいた勇者が突如として平原の地平線に全力の艦砲射撃を叩きこんだのだ。
驚くのも無理はない。
しかし彼は――瀞江翠は、手で右目を抑えながら、淡々と答えた。
その5メートルほど上空には、陽を浴びて輝く戦艦が浮かんでいた。
「最近 気付いたんですけど、私の片目は戦艦のブリッジからの視界とリンクできるみたいなんです」
「は、はぁ……」
「要するに、高所からの視界が得られます。――お兄ちゃんの姿が見えました。モンスターと魔族らしき人達と戦っていたので、支援攻撃を行いました」
「なぁ!? そ、それでどうなんです!? 倒したんですか!?」
「大体は……。ただ、少しマズい状況です。急ぎましょう!! お兄ちゃんが危ない!!」
「はい!! よし、じゃあ お前らは近くにいる冒険者を呼んで来い!!」
「「はッ!!」」
翠と女騎士は桃吾の元に駆け出し、部下の2人の騎士は仲間を呼ぶべく他の方向に走り出した。
魔法で身体を強化すれば、今の翠は時速40キロ程度――陸上の短距離走の世界レコードで走れる。
ただ、翠は幾つかの疑問を抱えていた。
まず一つ目。
(お兄ちゃんと離れる時、最後に『
そしてもう一つ。
(……それに、お兄ちゃんが抱いていた あの人は誰?
しかし、彼は考えることをやめた。
(ううん。お兄ちゃんのことだ。何か巻き込まれて、それでも必死に頑張っているんだろう。昔から不器用な人だったから)
「それじゃあ、弟の私が頑張らないといけませんね」
雑念を払い、弟は奔る。
兄を助けるために。
####################################
「流石はガチなチートだな。これは凄いわ」
身体に降りかかった砂塵を払って――というか汚れたヌルヌルごと流し捨てつつ、周囲の様子を眺めて、俺はそういった。
エコーの『カラミティ=ウィンド』は直線状に攻撃を伸ばすものだったが、翠の艦砲射撃は魔族やモンスターの居た当たりを中心に半径30メートルほどに攻撃を集中させ、その全てを叩き潰してしまっていた。
2発目のエコーの『カラミティ=ウィンド』を誘ったのは魔力切れ狙いもあるが、周囲の冒険者や翠たち勇者に
攻撃範囲が大きい上に、破壊音も凄まじいのだ。
2発も撃てばすぐさま誰かが補足してくれるだろうと思っていたが、翠が反応してくれるとは。
ただ翠には北東方面に向かうよう指示していたので、それも功を奏したな。
今回の件にはイユさんが絡んでいるだろうと思い、彼女の生家のある方角を示していたのだが、正解だったようだ。
「これで、一件落着かな。イエーイ!! ざまあ!! クソ虫がイキってやがるから天誅だぜスカタンがァ!!」
勝利して敵煽るのマジで気持ちぃい~~~~。
とは言うが、しかし、あれほど恐ろしかった敵の群れが、今では
そこいらに虫の羽根や千切れた脚などの残骸が散っている。
モンスターはともかく、人型の魔族の死体はあまり見たくないな。
…………というか、流石に殺すのは罪悪感を覚える。
え? めっちゃイキっちゃったけど大丈夫かな俺?
確かにどう考えても敵だったんだが。
でもちょっと前まで俺 一般人だったし。
いや、今でも一般人だけどさ。
人語を解す人型の生き物を、弟が殺した。
というのはちょっと割り切りにくい。
俺を助けるためだったろうし、それを翠に言うことはないが。
……流石にちょっとモヤモヤするな。
「でもまあコレで安心――」
しかし安堵した瞬間、ポタポタと何かが俺の顔から垂れた。
「……え? 鼻血?」
気づくと鼻血が流れていた。
いや、それだけではなく、唇も切れて血が滲んでおり、全身が震えて冷や汗が流れ、突如として襲ってきた疲労感に俺は膝を着いた。
「な、なん……だ? う、あ……うおぇええええええ!!」
込み上げた吐き気を我慢できずに、俺は地面に吐瀉物をぶち撒けた。
どうした?
酷く気分が悪い。
「こ、これは……?」
「魔力切れ、やな。……緊張感で今まで気づいてなかったみたいやけど、魔力を使い過ぎると身体の機能も低下する。以前に話したやろ? 大丈夫か?」
俺の様子を見てイユさんがそう声をかけてきた。
そうか……。
通りで身体が重いわけだ。
これが魔力切れか。
「……二日酔いで最悪だった日を思い出しましたよ」
「それくらいで済んでよかったな。ただ、……もう魔法は使うな。最悪、マジで死ぬで」
「分かってますよ……ブッ!」
そう言ってから、口の中の胃酸と唾液を吐き捨てた。
これが魔力切れか。
最悪だな。
「あー、クソ! ……しばらくは動けそうにないですね。翠ちゃん達が助けに来てくれるのを待ちましょう」
「ああ、せやな」
俺は地面に座り込んだまま、俺は冷や汗を拭った。
「しっかし勇者ってマジで凄いんすね、イユさん。アイツら瞬殺ですよ」
「……相性もあるけどな。あの子の固有魔法は高火力の遠距離攻撃特化やから。至近距離でスピード特化の相手とは相性悪いんちゃう?」
「ああ、確かに。そうかもしれないですね」
「ただ今回はそれで助けら――ごほっ!? げほっ!?」
いきなりイユさんがせき込み、口元抑えた。
せき込むと彼女の手のひらにベチャッと血がこぼれ出る。
「うっわ!? 大丈夫ですか!? イユさん!?」
「……あんまり大丈夫ちゃうな。腹の中がグチャグチャや。それに魔力も……あと5%くらいしかない。これじゃ変身魔法も使われへんな」
そう言いながら、彼女は口元の血を拭った。
まいったな、早く医者に見せないとあぶねえな。
……うん?
ということは、イユさんはこの姿のままってことか?
「えっ!? じゃあヤバくないっすか!? イユさんの本当の姿が俺以外の人に見られるのはマズいでしょ!?」
「ああ……。そのことやねんけど。ウチは……。――残念やけど桃吾、呑気にお喋りしてるわけにはいかへんみたいやで」
そう言って彼女は顎をしゃくって示した。
その先には――。
「おいおいマジか。……生きてたのか、カマキリ野郎」
爆風で吹き飛んだ地面の中から、エコーが姿を現した。
恐らくだが、攻撃の瞬間に地面に潜ったのだろう。
彼の近くには、仲間のカブトムシとカナブンの魔族がそれぞれ地面に半分埋まるようにして倒れている。
前言撤回。
大人しく死んでてくれてよかったのに。
ただ何か、様子が違う。
「……お前ら、俺を守ったのか?」
愕然としたように、エコーは自らの部下にそう訊ねた。
「あんたは……私らの上司……だからね。守……るのは、当然よ」
「だから、お前……だけで……も……逃げろ」
「……すまない。本当にありがとう」
倒れる2人にエコーがそう答えると、彼らがそのまま目を閉じた。
死んだのか、気を失っただけかは分からない。
「……だが、助けられたからこそ、このまままじゃ引き下がれねえよ」
エコーはそう言って立ち上がった。
そこで気付いたのだが、エコーの右下腕と、手の代わりに鎌のついた右上腕が、それぞれ肘の辺りから吹き飛んで無くなっており、傷口から緑色の血液がボタボタと流れているのが見える。
そのため、奴には左上腕と左下腕しか残っていない。
「おいおい、お前! 腕と鎌ねえじゃん!! もう帰れよ」
マジかよ。
勘弁しろよ。
そう思いながら、俺は疲れ切った身体を立ち上がらせる。
「俺をこんな風にしたのはお前の弟だろうが!! 瀞江桃吾ォ!!」
何とか時間を稼がなくては。
翠がここに砲撃してきたということは、この状況が彼には見えているということだ。
ならばあの子が何とか――。
「がぁああああああ!!!!」
しかしそこで、エコーはこちらに猛然と突っ込んできた。
俺の首に、残った左の鎌を振り下ろされる。
咄嗟にヌルヌルを出して身を守ろうとしたが。
――ヌルヌルが出ない。
「うおッ!? マジかよ!!」
振り下ろされる鎌に対し、俺は両手で鎌の根本の腕部分を抑えて身を守る。
エコーの左上腕を掴み、ほとんど密着するような姿勢だ。
「お前の傍にいれば、弟だって撃つの躊躇すんだろうがよォ!!」
「――この野郎ッ!!」
魔力切れの所為で魔力が出ないのか!!
ヌルヌルが出ない以上、俺が使える魔法は初級魔法として指先から水が出る、指先から火が出る、指先からそよ風が出る、この3パターンだ。
クソ!! なんで指先から何かが出るばっかりなんだ!!
何の役にも立ちやしねえ!!
更にこうも密着されると、翠が砲撃しようにも俺も巻き添えを受けて死ぬ!!
これでは翠も手出しできない!!
あの子がここに来るまでどれくらいだ!?
平原の先、地平線に輝くものが見えた。
あれが翠の
そして異世界の俺たちの居る惑星が地球と似たようなものならば、この世界でも地平線は約4~5キロ。
――4~5キロか!!
どれくらいかかる!?
魔力で強化して走ったら、最高でどのくらいだ!?
俺はどのくらいコイツ相手に持ちこたえればいい!?
両手で必死にエコーの鎌を抑えていると、彼はもう一本の右腕を握り固める。
「お前!! 腕が沢山あるのズルくねえ!?」
「悪いがッ!! 生まれつきなもんでな!!」
腹筋に力を込めて、何とかエコーのパンチに備える。
が。
「ウチのこと忘れんなや!!」
「ぬう!?」
エコーの足首にイユさんの糸が巻き付き、彼女が糸を強く引くことでエコーの姿勢を崩し、同時に俺もエコーの腕を持ったまま地面に叩きつける。
ダンッ!! と音を立てて、エコーが仰向けに倒れる。
その無防備になった顔面に――。
「オラぁ!!」
全体重を乗せた渾身の右拳の打ち下ろしを叩きこんだ。
の、だが。
――ドゴッ!!
と、エコーの顔面に拳を叩きこんだ瞬間、俺の方に鈍い痛みが走った。
「~~~~~~~ッ
打ち下ろした右拳から“ぺきっ”という乾いた音が響き、右手の中指と薬指が腫れ上がっている。
完璧に指の骨が逝った!!
こいつ、なんで顔面がこんなに硬いんだ!?
「ぎゃははぁ!! 俺は甲虫種ほどじゃねえがそれなりには硬いんだ!! 強化魔法も纏ってない人間の拳なんざ効くかよッ!!」
仰向けのままエコーは俺を蹴り飛ばし、俺は背中から倒れこむ。
「
「がんばれ桃吾!! こいつだってボロボロや!! 翠の攻撃を防いだ時に魔力もほとんど尽きてる。もう少しで倒せる!! がんばれ!!」
「――うるせえなァ!! てめえから死ね!!」
俺に声をかけてきたイユさんに苛立った様子で、エコーは鎌を振り上げる。
ダメージと魔力の消費が激しいイユさんに、それを避けることはできない。
「死ねェ!!」
「させるかボケ!!」
しかし、そこで咄嗟に俺がエコーの足首を掴み、引き寄せる。
「うお!?」
バランスを崩し、エコーの鎌はイユさんの鼻先スレスレを掠めて地面に突き刺さった。
「あっぶな!! このッ!! カマキリなんぞ
六本の腕を自在に動かし、イユさんがエコーの首、右下腕、右上腕に糸を巻き付け、縛り上げる。
「かぁ……ッ!?」
エコーは首を絞められ、何とか糸を切り裂こうとするものの、イユさんとてバカではない。
糸で縛り上げ、鎌の動きを制限させることで動きを封じ、締め上げる。
イユさんがエコーの動きを抑えている今がチャンスだ。
どんだけ硬かろうが、それでも痛い場所があるだろうが!!
――俺達“オス”にはなァ!!
「オラぁ!!」
俺は背後から思いっきりエコーの
“ぺきょッ”という男としては一生聞きたくない音がしたが、アドレナリンの出まくっている今の俺には敵がどうなろうと知ったことではない。
「かぁ……ッ!?」
首が絞められているため声を上げることはないが、それでもそのリアクションでエコーが悶絶しているのは見て取れた。
「しゃあ!! もう一発かますぜッ!! お前を去勢してメスにしてやるよォ!! おらメスにして下さいって言えよカマキリ野郎があッ!!」
もう一発エコーの股間を蹴り上げてやろうと、右脚を振り上げている間に、エコーは自分の鎌に絡みついていた糸を
ド素人丸出しの大振りなキックを外し、俺はほんのわずかな間 硬直した。
「ぎっざまあああああああああああああ!! ぶち殺じてやるあああああああああああああああ!!」
エコーが俺の心臓目掛けて鎌を振り下ろす。
俺は何とかエコーの左上腕の手首を抑えるが、そのまま勢いで押し倒され地面に仰向けになり、エコーが俺の上に跨って心臓を貫くべく体重をかけてくる。
「ぐおおおおッ!? カマキリ野郎が!! 大人しくハリガネムシに寄生されてろや!!」
「ふざけんなや!! 腕が2本しかない人間風情が!! 俺に喰われて餌になってろ!!」
エコーの鎌と俺の腕力が拮抗し、鎌の刃先が俺のジャケットに触れるか触れないかのところで押し留められる。
いや、腕力だけならば俺の方が上だ。
鍛えまくった俺の上腕三頭筋を舐めるなよ。
が、しかし。
エコーはもう一本残った左下腕の拳を握り固めた。
「だから腕多いのはズル――」
「うるせえ!!」
俺の右脇腹にエコーの拳が叩き込まれた。
それも1度や2度ではない。
何度も何度もだ。
――ゴッ!! ゴッ!! ゴッ!! ゴッ!! ゴッ!!
と、固い外骨格を持つ魔族の拳が俺の肋骨を殴りつけ、脳内を奔る激痛に俺は歯を食いしばって耐えながら、エコーの鎌を抑える。
腹を何発殴られても良い!! ただ鎌はマズい!!
マジで死ぬぞ!!
そう自分に言い聞かせて必死に耐えるが、徐々に鎌の刃先が迫り、魔力が枯渇したせいで単なるジャケットに成り果てた俺の魔法衣を貫き、やがて皮膚にまで届き――。
「――『
そんな時、囁くような声が聞こえた。
「……ああ?」
エコーが疑問の声を上げた直後、彼は地面に呑み込まれた。
「うおおお!? しまった!! これはアラクノイドの――!!」
ああ、俺もいっぺん食らったから分かる。
これはイユさんの固有魔法だ。
恐らく、エコーの足首と地面を縫い付けることで地面に一体化させたのだろう。
そのため、埋まっているのはエコーの腰までだ。
俺はエコーの鎌が届かない距離まで急いで離れる。
これで倒したわけではないが、動きは封じた。
「ははッ!! やりましたねイユさ――」
そう言いかけていたところで、俺は絶句した。
「ごぼ……ッ!!」
イユさんが大量の血を口から吐いていたからだ。
「イユさん!?」
慌てて駆け寄ると、彼女は汗一つかいていなかった。
だが、これは むしろ異常だ。
運動部時代に見たことがあるが、これは脱水症状だ。
指先の皮膚はかさつき、指先にあかぎれのような罅割れが入っており、額に触れるとハッキリと強い熱を感じる。
「ひゅー……。ひゅー……」
と浅い呼吸が喉の奥から響き、焦点の合わない眼には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「ぎゃはは!! 魔力の使い過ぎだなァ!! そのうち意識をなくすか――死ぬかだな」
「なにィ!?」
いや、分かっていたことだ。
衰弱した状態で魔力を使うというのは、そういうことなのだ。
それでも彼女は魔法を使った。
俺を助けるために。
……助けに来たのに助けられちゃ世話ねえな。
クソッ!!
「そうなりゃ俺も解放される。そうしたら今度こそお前を殺してやるぜ!! 瀞江桃吾ォ!!」
「うるせえ!! 黙ってろ!!」
そう言って俺は左拳を握り固め、エコーに襲い掛かる。
どんだけ顔が硬かろうが目は脆いだろ。
目を潰す!!
そう考えて左手の人差し指と中指をまっすぐ伸ばしてエコーの眼球を――。
「甘いんだよ!!」
「っとお!?」
エコーがカウンターの鎌を振るってきた。
慌てて手を引っ込めるが、指先を刃が掠めて赤い血の雫がポタポタと垂れる。
――危なかった。
もう少しで指を斬り落とされていた。
「ぎゃははは!! お前だけならこんくらいのハンデで丁度いいんだよ!!」
勝ち誇ったようにエコーがそう告げる。
クッソ腹立つなコイツ。
野鳥の餌にでもなってろや。
とは思うが、このままじゃ勝てないのは事実だ。
しかし、イユさんのくれたチャンスを無駄にするべきじゃない。
何としても、エコーは今のうちに倒しきるべきだ。
もしもイユさんが意識を失くして固有魔法が解除されれば、イユさんの努力が水泡に帰す。
しかしどうやって倒す?
下半身が地面に埋まっている以上、もう一度 金的は無理だ。
その上コイツの外骨格は硬い。
殴った俺の指の骨が折れるくらいだからな。
じゃあどうすれば……。
そう思っている俺の視界に、あるものが映った。
エコーの1度目の『カラミティ=ウィンド』で切り飛ばされた
何本か落ちている中で、俺は手ごろなサイズ――軽く一抱えはある木の幹を両手で掴み、腰を下ろす。
「はッ! 全身ボロボロの状態で、そんなデカい丸太を担ぐつもりかァ? できるわけが――」
「あぁああああああらああああああああ!!!!」
エコーの嘲笑を振り払い、俺は肩・腕・背中・腰・脚の筋肉を連動させ、一気に――
力を入れ過ぎた所為か、鼻血が余計にボタボタっと勢いよく垂れてくるが、そんなものを気にしている場合ではない。
「馬鹿なッ!? 人間風情に、どこにそんな余力がッ!?」
「はあ? アホかお前。しんどくてしんどくて、もう無理って時に鍛えるから、筋肉は肥大するんだよ」
そう言って笑みを浮かべると、俺は丸太を担いだまま、一歩ずつゆっくりとエコーに迫っていく。
――流石に重いッ!!
正直キツイ!!
だが生半なものではエコーの鎌に切り倒されてしまう。
「て、テメエ!! オイ、待て!! そんなもので俺をどうするんだ!!」
「決まってんだろ? お前の頭をカチ割る」
「は、はッ!! だったら、そんなもん俺の鎌で切り裂いてやる!!」
「おお、やれるもんならやってみろ。でも……カマキリの鎌は切断ではなく敵の捕獲が目的だ。魔力を消耗したテメエに、こんなに太い丸太がぶった切れるなら、やって見せろ」
「……待て。なあ、待て……よ」
動けないエコーに、俺は一歩ずつ迫る。
「待て。俺達は手を引く。お前ら兄弟から」
もう一歩、迫る。
「アラクノイドを騙したことも謝る。だ、だがな? 俺が出会ったときのアイツは今にも自殺しそうだった。だから、あいつが生きる理由を俺がやったんだ!!」
もう一歩、迫る。
「俺が居なければアラクノイドとお前は出会いもしてねえ!! お前らは、俺のおかげで出会えたようなもんなんだぜぇ!?」
もう一歩、迫る。
これで、丸太が届く距離だ。
「お前になァ、俺の座右の銘を教えてやる」
「ま、待っ――」
「俺のッ!! 座右の銘ははなぁあああ!! 力こそパワーじゃあぁあああああああああああ!!!!」
俺はエコーの頭を目掛けて丸太を振り下ろした。
エコーは咄嗟に鎌を振るったが、しかしそれは丸太に軽く食い込んだだけであった。
そしてそのまま――。
ぐしゃあッ!!!!
と音を立てて、丸太がエコーの頭を叩き割った。
丸太がゴロンと地面に転がり、エコーは項垂れたまま動かず、頭から緑色の血を流している。
「……やっと倒した。やっぱ力こそパワーは正しかった」
疲れのあまり、俺は地面に膝を着く。
本来なら、こいつの前で「ざまぁ!!」とか言いながら屈伸したり、「かー、ペッ!」とタンを吐きかけてやりたい気分だが、残念ながらそんな下らないことをしている暇はない。
「イ、ユさん……」
疲労困憊の身体を何とか立ち上がらせて、俺はイユさんの元に行く。
薄っすらと涙を浮かべる彼女を見ていると、どうしようもなく胸が締め付けられてくる気がしてくる。
「……ひゅー」
しかし、大丈夫だ。
彼女はまだ呼吸している。
「よい、しょッ!」
彼女の腕を自分の肩に回し、彼女を背負って歩き出す。
……身体が重い。
「……と……ご。たお……た、か?」
「ああ、倒しましたよ。すげーかっちょ良く。何だ、見てなかったんですか? 折角の見せ場だったのに。あれ見てたら俺に惚れてましたよ。ハハハッ!」
「……」
俺の軽口に、イユさんは俯いたまま黙っていた。
消耗が酷いのだろう。
彼女をこのままの姿で翠たちに合わせると、彼女の正体がバレてしまうが……そんなことを言っている場合ではない。
一刻も早く翠たちと合流しなくては。
このままではイユさんがマジで死ぬ。
そう思って鉛のように重い足を一歩踏み出したところで――。
「……あー、俺ウーバーイーツ頼んでないんですけど?」
背後を振り返って、俺の視界に映ったのは。
黒と青の混ざり合った、光沢のある羽根を持った蝶の魔族だった。
額には細い触覚が生え、髪は真珠のように光沢のある薄いブルー、4本の腕を持ち、目は複眼、フワフワとしたドレスは胸の下部からへその辺りまで大きく露出されている。
髪の毛はふわふわとカールしており、大きなハットを被っている。
魔族であることを含めても、たおやかで、儚げな印象を覚える、可愛らしい少女に見えた。
ただ、彼女の纏う雰囲気は何か独特なものがあった。
朝陽を受けて輝く霧のように、美しく儚げで――それでいて有無を言わせぬ何かがあった。
「ウーバーイーツが何かは知りませんが。ええ、別に頼まれてきたわけではありませんわ。ふふふ」
鈴の鳴るような声、というものはこういうことを言うのだろうか?
聞いているだけで、耳から脳の奥を
彼女と接し、話しているだけで気が付いた。
そうか……これが……。
「なるほど、貴方がそうなんスか」
「あら? わたくしのことを知って下さっているなんて、光栄ですわ」
「ええ、もちろん知ってるっスよ」
その姿を見れば、一目でわかる。
「あなたは『究極完全体・グレートモス』の擬人化、そうですね?」
「違いますわよ!? わたくしは『
「あっ、違うんだぁ……」
「何ですの!? そのがっかりしたリアクション!? 魔王軍の幹部であることを名乗ってそんなリアクション受けたの初めてですわよ!?」
なんだ……グレートモス関係ないのか……。
俺は虫型モンスターの中では1番好きだったのだが。
どうやら俺の目の前に現れたのは魔王軍の幹部だったらしい。
……魔王軍の幹部?
「……あれコレひょっとして俺ピンチなのでは?」
「いま気付いたんですの!?」
やべえ!! ふざけてる場合じゃなかった!!
どうしよう!?
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