第30話 ネゴシエーション②





「そうだな、じゃアラクノイドは解放してやるよ。――代わりに、お前の固有魔法を解除しろ」



 冷たい声音で、エコーはそう告げた。

 


「お前のスーツ、魔法衣だろ? 見る奴が見れば分かるんだよ」



 そらバレるか。

 そもそも森の中にスーツで来るとか浮きまくってるしな。


 だが、『見る奴が見れば分かるんだよ』ってことは、奴は俺の能力を知らねえのか?

 なら、……ワンチャンあるな。



「ああ、そうだよ。スーツの魔法衣ってかっけえだろ?」

「知るかよ。俺はスーツなんざ着ねえ。ああ、そういやクソ忌々しい勇者の一人も確かスーツだったな。別にどうでも良いが。……しかし、驚いたな。固有魔法を覚えてるとは。アラクノイドの報告書には無かったぜ? なぁ?」

「……言うてへんかったからな。それに、情報は勇者のほうが最優先って言うたんはお前やろ?」

「ははっ、そうだな。……だが、重要な情報だろ? どう考えても。それを黙ってたってのは、……気分が良くないなあ」



 エコーが右の鎌を振り上げる。

 ヤバい、明らかにヤバい!!



「オイオイ。そうカッカすんなよ。ほら、俺の固有魔法は解除したぞ」



 俺は固有魔法を解除したことで、服装がスーツから動きやすいパンツとシャツにポンチョというものに変化した。

 だが、それによって俺の仕込みが発動する。


 ヒュッと、風を切る音を立てて、小さな何かが飛んできた。

 これで――。



「音響閃光弾か、そんなものを持ってきやがってよォ」

「何ッ!?」



 しかし、空中を飛んできた手投げ弾に対し、エコーは鎌の先から風の刃を放って――ヒュパっと切り裂いた。

 真っ二つに分かれた手投げ弾は、そのまま風に煽られて吹っ飛んでから、爆発した。

 閃光と爆音が響くが、距離が遠すぎる。

 エコー達は動じることなく、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべていた。



「ゴムチューブを2本の木の幹の間に張って、思いっきり引っ張る。そして音響閃光弾をゴムチューブの真ん中に固定したら、狙いを定めて、あとはその状態で地面に閃光弾とゴムチューブをくっつけて固定、か。ぎゃはは、面白れぇ固有魔法だな。接着剤を自由に出す能力かなんかかぁ!?」



 三体の魔族はそう言ってゲラゲラと嗤う。

 ――やっぱ見られていたか!


 ここに来る前、俺は固有魔法を解除せざるを得ない状況に追い込まれた時のために、下準備をしておいたのだ。

 と言っても、時間もなければ知識もなかったからな。

 街のアイテムショップでモンスター相手に時間を稼ぐための音響閃光弾とゴムチューブを買って、それを俺のヌルヌルを固めたもので作った急ごしらえのデカいパチンコみたいなものだ。

 俺が固有魔法を解除すれば、引っ張られたゴムチューブを固定していたヌルヌルも解除され、あとは自動で音響閃光弾がゴムの威力で吹っ飛ぶというだけのものだった。


 イユさんの生家に立ち寄る前に、予めこれだけ仕込んでから奴らの前に姿を現したのだ。

 なので、エコーの前でやたらと息を荒くしていたのは半分 演技である。


 しかし、バレていたということは。



「お前らの操ってる虫、視覚の共有もできんのか?」

「ああ、同種の虫に限るがな」



 カナブンの魔族が、左手に持っていたハンドベルを鳴らす。

 と涼しげな音が鳴り、近くの茂みの中から一匹のカマキリが飛んできて、エコーの差し出した指先に止まった。



「お前に監視を付けねえわけねえだろ、バァアアアアアアアアアアカ!!」

「あー、ま。そうだろうな」



 その可能性は分かってた。

 カマキリを操って手紙を届けたんだ。

 それくらいのことならできるだろうとは思っていたさ。


 だが、それでも何もしなければ劣勢のままだ。

 可能性に賭けてみたんだが――失敗だったな。

 エコーはそんな俺に対し、口の端を持ち上げて笑いながら、こう言った。



「いいさ、どうせ お前は俺達の釣り餌になる。だが――



 微塵の躊躇もなく、エコーはイユさんの左腹部に鎌を



「いっ!? あっ!? あ、あああああああああああああああああああ!?」



 イユさんの腹を鎌が貫通し、真っ赤な血が腹を伝って太ももに流れて、やがて地面に垂れていく。



「お前ええええええッ!! 何してんだカマキリ野郎!! 生かして返すって話だったろうがッ!!」

「だから、首を刎ねずに腹刺したんだろうが、バカ。こんなんで死ぬかよ。ほら、返してやれ」



 エコーの言葉を受けて、カブトムシの魔族がイユさんを――ぶん投げた。



「イユさん!!」



 俺は咄嗟に彼女を抱き留める。

 だが、その衝撃で彼女の傷口からビチャっと血液がまき散らされる。

 傷は完全に腹を貫いている。

 早く治さないと危ない。

 とりあえず傷口を抑えて、出血を抑えるが、こんなんじゃどうにもならない!!



「イユさん!! 気合い入れろ!! アンタが死んだら、俺は骨折り損のくたびれ儲けだぞ!!」

「み、耳元でデカい声出すなや……。アホ」



 イユさんは、薄い笑みを浮かべて見せた。

 強がっているが、彼女の傷はかなり酷い。

 何とかしないと――。



「さて、生かして返したぞ? 次はお前が餌になる番だ。こっちに来い」

「は、ハァ!? ふざけんな!! このままじゃイユさんが死ぬだろうが!!」

「ああ、だが俺の約束は生かして返すことだ。その後に死んだって、俺の知ったことじゃねえだろ?」

「ざっけんなよクソ虫が!! 交尾の際にメスに喰われる運命のクセに!!」

「おーおー、威勢が良いな。あとよォ、お前。舌噛み切って死ぬとか言ってたな? ……ハッ、そんなんしても死なせねえよ。上級ポーションくらいは準備してる。舌を噛み切ったところで、激痛の中で生きるだけだ。俺が餌を死なせるような間抜けをと思ったか?」



 ――クソが!!

 だが、こんなのは分かり切ったことだ。

 俺達が下で、奴らが上の立場に立っている。

 主導権は完全にアイツらが持っているんだ。


 だが分かってても腹は立つんだよ!!

 クソがぁああああ!!



「ああ、それとさ。言い忘れてた。アラクノイドの祖母ちゃん治せるって言ったろ? ゴメン、」 

「……は?」



 その言葉に、俺は目を丸くした。

 一方でイユさんは。



「……」



 その言葉を聞いても何も言わなかった。



「あんとき、俺は魔王軍と人類軍の境界を越えてこっそり偵察任務に行く途中だったんだがな。なーんか悲劇の最中っぽいババアと孫を見つけたからよォ。ちょっと利用したんだわ。いやメンゴ。石化する奇病とか魔王軍にもどうにもできねえわ。ぎゃはは!! 俺もあんなん初めて見たわ!!」



 ――正直、その可能性は俺も考えていた。

 人間に治せないからと言って、魔王軍なら治せるもんか? とは思っていた。

 だが、、俺は何も言わなかった。

 しかし、それを。



「それを、今更この場で喋ってどうすんだよ!! ボケが!!」

「いやあ、ハハッ! ウソついてて悪いなと思ってよォ」



 そう言って笑いながら、エコーと部下の2人は、家の屋根の上から飛び降り、俺の目の前に立った。



「さて、じゃあテメェの反抗心をへし折るために――腕の一本くらい落とすか」

「……ッ!!」



 そう言ってエコーは鎌を振り上げた。

 やべえ。

 振り下ろされる鎌の刃先がスローモーションに見える。

 その刃先は俺の肩口に向かってきている。

 マジで俺の腕を落とすつもりだ。



「――ああああああッ!!」



 咄嗟に、俺は先ほど飲み終えた中級ポーションの瓶を刃先に叩きつけた。



「バカが!! そんなんで俺の鎌が防げるか!!」



 言葉通り、エコーの刃は空き瓶を叩き割り、そのまま俺の肩に振り下ろされ――



「……は?」



 エコーが自分の鎌に視線を落とすと、



「――固有魔法・展開ッ!!」



 そして連中が呆気に取られている隙に、俺は固有魔法発動!!

 同時に手から大量の粘液をブチ撒けながら、腕を振り抜くことで、エコー達に大量のヌルヌルをぶっかけた。

 それによって――。



「うおおおおお!? すべッ、滑る!!」

「ぬううう!? 何だこれは、立てんぞ!? エコー!!」

「ちょっと、何よコレ!? エコーどうすんの!?」



 三人は滑って転んで、ヌルヌルと地面に這いつくばっている。

 作戦は大成功だ!!



「中級以上のポーションの瓶には薬剤の品質を維持する機能がある。固有魔法で作った薬だってあるからな。だから固有魔法を解除しても瓶に入れておけば霧散せずに残ることもある。――賭けだったが、うまくいったぜ!!」



 本来、固有魔法を解除すると生み出したものも消える。

 だから俺のヌルヌルは解除され、ヌルヌルで固定していた音響閃光弾は発射された。

 しかし、ポーション瓶の中に入るものであれば、維持することができる場合もある。

 その場合、瓶から出した数秒後には霧散するが、一瞬だけ利用するのなら問題はない。

 咄嗟の思い付きだったが、うまくいったぜ。


 俺は地面でヌルヌル塗れになって転がる蟲どもを相手に、口の端を持ち上げるようにして笑みを浮かべた。



「ハハハハハッ!! おいおい、どうしたどうした!? さっきまで調子こいてたのによぉ!! ローションにまみれて地面にキスして、ねえ今どんな気持ち!? ねえ今どんな気持ち!?」

「このッ!! 眼鏡野郎!! 調子こいてんじゃ――うおお!? 立てねえ!?」



 地面をヌルヌルと滑っているエコーを相手に、俺は散々 煽りに煽る。

 頭に血が上ってくれた方がこっちもやりやすい。

 口だけでなく手も動かし、俺はイユさんの腹と背の傷口に手をやり、手のひらからヌルヌルを出して傷を覆い、すぐさま乾燥・固定させる。これによって多少は止血になるはずだ。



「イユさん!! ここから逃げます!! ちょっと痛くても我慢してね!!」



 俺はイユさんの太ももの下と背中に手を回して抱き上げると、地面を蹴って駆けだした。

 ベイリーズの周辺には冒険者と勇者達が居る。

 彼らと合流できれば、あいつらを倒せるかもしれない!!



「ウチは……置いていけ。重いやろうが。ウチを抱えたままでは逃げ切れへんやろ」



 抱きかかえられたイユさんが、そんなことを言い始めた。

 なーに言ってんだ、この人は。



「今更そんなん言われても困りますよ!! せっかくアンタを助けに来たんだ!! っていうかイユさん細いから全然 重くないし? 軽いよ軽いよ!! こんなんじゃトレーニングにもならないよ!!」

「お前は……、本当にしょうがない性格やな。ふふっ」



 そう言って、イユさんは少しだけ笑った。

 よっしゃ、ウケた!!

 しかし、正直なところ走って逃げる時間はない。

 走って逃げたら、な。


 だから、俺はイユさんを抱えたまま少し走って、山から突き出た大岩の上に立った。

 この下は急斜面になっており、そのままでは滑り落ちてしまうだろう。

 だが、俺にとってはその方が、都合が良い。


 地面の下を見ながら、俺は全身からヌルヌルを流れさせ、イユさんにもべったりと液体が付着する。

 ここだけ見ると、青空の下でソープ嬢ごっこでもすんのかなって感じだ。

 ……エロ同人誌でもそうそう見ない展開だな。 



「ねえ、イユさん。イユさんって、全身ヌルヌル塗れになって山から滑り降りたことあります」

「あるわけ……ないやろ。そんなの……」

「奇遇ですね、実は俺もですよ」

「お前、まさか――」



 俺はイユさんを抱えたまま、山の急斜面に飛び降りた。




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