第25話 勇者つよつよ兄ぬるぬる
翌日。
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勇者たちの声とともに、辺りを飛び交う虫たちが、地を這いずる虫たちが、濡れた障子紙を破るようにあっさりと蹂躙されていく。
モンスターと呼ばれるだけあって俺から見れば化け物なのだが、勇者にはそんなものは関係ないらしい。
これ、勇者以外の連中形無しだな。
そんなことを思いながら、俺は昨日のことを思い出していた。
「よく来てくれたな、勇者達よ」
昨日 俺達は『聖剣』の勇者達との合流を果たしてから、その足でベイリーズの冒険者ギルドに向かった。
異世界モノだとよくある奴だ。
しかし、勇者はギルドでなく王国に所属する。
ただ、冒険者ギルドは何でも屋であると同時に情報収集機関でもあり、王国の下部組織でもある。
そのため、勇者は あちこちに点在するギルドを通して仕事の依頼を受けることも多い。
今回もそうだ。
「ワシがこの『ベイリーズ』のギルドマスターだ」
ギルドマスターは壮年の眼鏡男だった。
腹は出ているが、顔に入った大きな傷が迫力を出している。
元々は名の売れた冒険者だったんだろうか。
「ちなみに顔の傷は飼い猫に引っかかれてしまってな。気にしないでくれ。可愛いんだが、怒ると暴れて大変なんだよ、うちの子」
あっ、普通に気の良いおっちゃんだった。
「話の詳細はナンカ大臣に聞いているだろう。こちらから付け加えることはない。自分の身を守ることを最優先し、モンスターを倒してくれ」
「はい、分かりました。ギルドマスター」
「はーい」
まあ話を聞くのは勇者たちの仕事だ。
俺には関係ない。
「では、明日からは皆で頑張ってくれ。くれぐれも、怪我はするな。君たちは魔王と戦い切り札だ。こんなところで下手を打ってはいかんぞ。……では、今日のところはゆっくり休んでくれ」
いかつい顔の割に優しいギルドマスターのオッサンは、そう告げて微笑んだ。
そして、いま。
俺たちは『聖剣』の勇者達と協力して、ベイリーズの街の近くにある森の中で、大量発生した昆虫型モンスターの駆除に当たっていた。
といっても、近距離~中距離のモンスターは青一の聖剣が薙ぎ払い、中距離~遠距離のモンスターは翠の操作する戦艦が砲火で焼き尽くしている。
ただ正直なところ、それ以外の連中は大したことはしていない。
俺達と一緒に来たヒューマンワイファーと その部下達は、翠の傍について近づく虫が居れば切り払うが、近づく虫は青一がほとんど倒している。
もちろん、多少なりともサポートされることで安定はするのだろうが、見たところ本来ならば青一が全て倒しきれてしまえるくらいの数だ。
何もないのも悪いし くらいの気遣いを受けて、戦うべきモンスターを残されているのではないだろうか、とも思える。
また、青一の取り巻きの女の子達も戦ったりサポートしたりしてはいるが、こっちは正直あんまり強くない。
俺は衛兵のトレーニングに参加していたので、彼らの剣技や魔法の訓練であったり、あるいは実践訓練の様子も見たことがある。暇だったから観に行っただけなんだけど。
しかし、彼らは集団として非常にレベルの高い訓練を受けていた。
ハードだが合理的であり、熱血だが同時に冷静でもある。
訓練で出来ないことは実戦でもできないからだ。
ましてや、命が掛かった状態では判断力は低下し、緊張感によって心臓の鼓動が早まりアドレナリンに溢れることで身体能力は増す代わりに手先の微細な動きは鈍る。
だからこそ、衛兵たちは反復していた。
必要な動きを、何度も何度も。
繰り返し身体に覚えこませることで、首筋に剣を突き付けられても練習通りのことができると彼らは知っているのだ。
そういう意味では女騎士達も活躍していないだけで、動き自体は良い。
ただ、青一の取り巻きは動きがぎこちない。
皆まだ10代の子どもだし、経験が薄いのだろう。
魔法によって身体能力が強化され、魔法陣とともに鮮烈な火力を叩きだしているために見落としそうになるが、あの子たちは経験が浅い。素人の俺にもわかる。
ただ、言ってしまえば青一も翠もそうだ。
翠は元々 運動習慣は無かったし、この世界に来てやっと1か月くらいなので、仕方ないのかもしれないが。
青一も剣術の心得は薄いように見えるが。
――ぶっちゃけ聖剣の力が強すぎる。
チートじゃんあれ。
ただ、ある意味アレで良いのかもしれん。
キング〇ドラが合気道を習得する意味などあるか?
ハ〇クが空手の型を覚えてどうする?
埒外のものにとって小手先の技術など、不要なのだ。
そう思えば、魔法をぶっ放して敵を薙ぎ払う勇者達も、細かい技術よりもより強い技でも出せるようなトレーニングをしたほうが良いのかもしれない。
「はー、勇者って皆あんなに強いのかよ。ズルくないっすか、イユさん」
「……そんなことよりも、桃吾様は何をしてるんです?」
少し離れたところで戦いを観測していた俺に対し、近くに立つイユさんが軽蔑するような視線を向けた来た。
一体なんで俺がそんな視線を向けられないといけないんだ。
やれやれ、みんな分かってないなあ。
「見て分からないかな? ヌルヌルのベッドに寝ているんだよ」
「ヌルヌルのベッドって何やねん!?」
俺は固有魔法を発動し、ヌルヌルで作ったベッドの中に入っていた。
ベッドと言ってもベッドそのものではなく、大量のヌルヌルを球体状に出現させ、表面だけを乾燥させ、中はヌルヌルの状態にしておくと、巨大な水泡のような形になるため、俺はその中に入って顔だけ出すことでゆったりと寛いでいたのである。
「見た目だと完全にスライムに捕食されかけのスーツ着た人みたいな感じになってますけど、桃吾様は本当に何がしたいんですか?」
「いやこれさぁ、中は良い感じに柔らかいし適度にひんやりしてて気持ち良いんだ。それに身体は全部ヌルヌルで覆ってるからダメージも受けないし。頭にもうっすらヌルヌル塗ってるから攻撃も滑るし。俺これだと無敵じゃないの? 無敵なんじゃない? ヌルヌルの中の無敵・タイキシテルとでも呼んでくれ」
「意味わからないんですけど」
「おいおいイユさん。そこは『大雨の中の無敵・タイ〇シャトルみたいに言うな!』ってツッコむところでしょ」
「前にも言いましたけど、私達に異世界のネタは通じませんよ。何ですそれ」
「俺たちの世界で有名な元競走馬です」
「知りませんよ!」
そうか。
残念だ。
シャトルは良い馬なのに。
可愛いのに。
学生時代に北海道旅行に行った際に見学に行こうと思ったらどっかの馬鹿が牧場見学の際 勝手に鬣を切ったせいでその時期は見学できなくなっていたのだ。
マジで許さねえ。
馬はデリケートなんだぞ。
ファンはあくまで牧場の好意で馬の見学をさせていただいていることを忘れてはならないのだ。
マナーはマジで大事。
「……ところで無敵って言ってますけど、それ本当ですか? 桃吾様」
なんてことを考えていると、イユさんがそんなことを訊いてきた。
ああ、無敵の能力なんて疑ってしかるべきだろうしな。
「いや、実際には弱点はありますよ。この間、お風呂に入ってる時に試したんですけど、全身をヌルヌルに包めば熱は平気なんですが、全身を覆うから呼吸もできないんですよ。なので大量の水に呑み込まれて溺れたら死ぬでしょうね」
お風呂に潜って試してみたのだ。
ヌルヌルで身体を包むと湯の熱は感じなくなったが、ただ水中だと呼吸のしようがない。
いま俺がヌルヌルの外に顔を出しているのも呼吸のためだ。
「ちなみに その時、入浴剤の代わりにイユさんの残り湯を混ぜたら、正直ちょっと興奮しました」
「~~~~~~!!!!!」
思わずカシスル弁で突っ込みそうになってしまったのか、彼女が歯噛みして耐えていた。
罵ってくれていいのに。
あと、「ちょっと興奮した」とか言ったんですけど、マジで正直なことを言うとメチャメチャ興奮した。
風呂に花弁か何か浮かべてるのか知らないけど、イユさんの風呂の残り湯いい匂いするんだよね。
最近は料理のレパートリーもなくなってきたので、イユさんの残り湯は主に入浴剤になっています。
やったね!
「ちょっと!! アナタも働きなさいよ!!」
そんな話をしていると、青一の取り巻きの女の子の一人――格闘家の女の子が声を掛けてきた。
何言ってんだこいつ。
「俺は働かないって言ったじゃん。なに聞いてたの君」
「んなあ!?」
昨日、俺は付き添いのニートだっていったろ。
会話しながら、俺はヌルヌルのベッドからヌルっと滑り出た。
「あ、アンタ、マジで何もしないの!?」
「そうだって言ってんじゃん。何度も言わすな」
「青一、こいつサイテーだよ!!」
「まあ、落ち着いて。ほら、ここらのモンスターは倒したし、そろそろ昼食にしようよ」
言われてみれば、確かに周辺のモンスターは居なくなっていた。
すげえな、まだ大して時間たってねーぞ。
やっぱ勇者凄いな。
「お兄ちゃん、私もお腹が空きました!!」
「良いですね、青一様! 一緒に食べましょ!」
「あっ、ズルい! 青一は私と食べるの!!」
『――ねえ。青一は、私と一緒に食べるのよね』
『聖剣』の精霊は邪魔だから剣のままでいいのに。
「はは、若い子たちは明るくて良いわね。私も昔はあんなだったわねえ」
ヒューマンワイファーもそんなことを言いつつ、部下と一緒に戻ってきた。
こうしてみると、結構な人数だな。
俺と翠とイユさんに騎士が3人、加えて青一と取り巻きの2人に『聖剣』の精霊も加えると10人か。
精霊の数え方が『人』で合ってるかは知らないが。
神なら『柱』だが、精霊ってどうなんだ?
「では、昼食にしましょうか」
イユさんがそう言ってポットから注いだお茶を皆に配りつつ、大きなバスケットを取り出し、食事の場を整えた。
「わあ! サンドイッチ! 美味しそうね、青一!」
「うん! 本当においしそうだね! これ、神官さんが作ったんですか?」
「ああ、いえ、これは桃吾様が作りました」
「「「「「「『このニートが!?!?!?!』」」」」」
「そうだけど?」
まあ暇だったし。
「あ、あんた! 変なもの入れてないでしょうね!」
「青一様を毒殺しようとしてるんじゃない!?」
『私の青一に変なことしたら許さないから』
「うっせーな、毒とか入ってねえよ。これ王城の料理長に教わったレシピだぞ。下手なことしたら料理長に怒鳴られるっつーの」
「王城の料理長!? 桃吾さん、なんでそんな人と仲良くなったですか!? 王国内でもトップの料理人じゃないですか!! 勇者の僕だってあのレベルの料理を食べる機会はそうないですよ!!」
「いやなんか流れで」
あれ以来、料理長のところにはちょくちょく行っている。
料理を教わったり、純粋にご飯食べ行ったりとかな。
――まあ俺がイユさんの風呂の残り湯で料理してるのは秘密だ。
多分、絶句しちゃうから。
「とりあえず食べたらどうですか? お兄ちゃんの料理は美味しいですよ」
真っ先に翠が食べていた。
相変わらずマイペースだな。
「ま、まあ。それなら僕も食べてみようかな。いただきます」
「青一が食べるなら……いただきまーす!」
「私も!」
『なら、私も』
そう言って、サンドイッチにかぶりついた彼らは。
「「「『おいしーい!!!!』」」」
そう叫んだ。
「何!? マジで美味しいじゃない!!」
「本当ですね、青一様!」
『お、美味しいわ』
「うん、本当に美味しいね。桃吾さん、料理人になったらどうですか?」
「俺の料理は趣味だ。就労にはしない」
「それ、胸張って言うことじゃないですよ、お兄ちゃん」
ま、作ったものを褒められて悪い気はしない。
俺も食べようかな、と思っていると、そこに一陣の風が吹いた。
さぁっ、と気持ちの良い風が流れていく。
――風の音に、何か雑音が混ざっていた気がしたが、気のせいだろうか。
まあいいか。
「涼しい風ですね。気持ちが良い。……イユさんも召し上がりませんか。自分でいうのもなんですけど、うまくできたと――」
そう、俺が声を掛けた時、イユさんは何故だかぼんやりとした様子だった。
何故だか、耳元に手を当てている。
……どうしたんだ?
「どうしました、イユさん?」
「え……? あ、ああ。いえ、何でもないです。では私も頂きますわね」
彼女はそう言って、サンドイッチを頬張ると「美味しいです!」と言っていた。
それ自体は不思議なことではない、不思議なことではないはずだが。
……俺は、得体の知れない違和感を覚えていた。
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