第8話 レッツ・アルコール!





「はっはっは! もう中級魔法を2属性も!! 流石は勇者様だ!!」

「本当! 素晴らしいですわ!」

「いやあ、それほどのこともありますよ」



 恐らくはシルクで作られたのであろうキラキラした衣装を身に纏ったオッサン・オバサンに囲まれた翠が、明らかに調子に乗っている。

 いま、俺達は新たな勇者の出現を祝うパーティーに出ている。

 何か豪華な料理とか、楽団とか来てて何かスゴイ(スゴイ)。


 まあ問題は俺だけ一人でボッチかましてるってことだ。

 いや、別に話しかけようと思えば話しかけられるんだが。

 俺は基本的に俺はお喋りなので他人との会話は苦にならないし、むしろ好きなほうだ。

 ただ――。

 ここでの俺の立ち位置は『勇者の兄』だ。

 さっきまでは色々と美人なお姉さんにも話しかけられて調子に乗ってたんだが。



「で、弟さんって どんなものがお好きですの?」

「可愛らしい勇者様ですよねえ。あれで男の子なんて信じられませんわ!」



 こんな感じで翠についての話ばかりになる。

 これは凹む。

 俺が俺として見てもらえていない。

 結婚して育児するようになって「○○ちゃんのママ」としか呼ばれなくなったお母さんってこんな気持ちなのかな?


 そういうワケで しんどくなって、適当に言い訳を付けて会場の隅に逃げて、今は一人で飯を食っている。

 さいわい、飯は上手いので それが救いだな。

 ――いや、マジで料理ウマいな。

 これは酒がほしくなる。



「……よし、酒飲むか!」



 何か皆お上品な感じなので酔って醜態を晒すのも、などと考えていたが、どうでもよくなってきた。

 酒が入れば何でも楽しくなるものだ。

 よーし、飲んじゃうぞ~~~!!

 そう思ったら全部どうでもよくなってきた。



「お兄さん! 酒ちょーだい!」

「はい、どうぞ」



 お盆の上にシャンパンを乗せて歩いていたウェイターに声をかけ、とりあえずシャンパンを貰う。

 パーティーつったらシャンパンっしょ!

 みたいなノリでシャンパンを呷る。

 うん、美味い。

 まあどう美味いとか、どんな風味だとか言われると分からんが。

 でもやっぱシャンパンよりはビールが好きかな。

 軽めのビールにライムを入れて飲むのが特に好きだ。



「ねえ、お兄さん。ビールないの? あとライム」

「ビールならありますが、……ライムですか? ライムはここには。厨房にはあるので、ご用意しましょうか」



 む。

 ライムは無いのか。

 まあでも言われてみれば確かにベルギーやドイツでビールにライムを入れるのはあまり聞かないな。

 ああいう飲み方はメキシコとか暑い地域の飲み方なのだろうか。

 いやベルギービールも好きなんだが。

 ちなみに俺は黒ビールよりも白ビールが好きだ。

 黒ビールは ちょっと重たい気がするんだよな。

 おっと、考えが逸れた。


「いや、折角なんで厨房 見てもいいっすか?」

「えっ? 厨房をですか? いえ、そんな! お客様に見せるような場では――」

「良いじゃん良いじゃん! かてーこと言うなよ! 俺、勇者のお兄ちゃんだべ?」

「そ、そこまで言われるのでしたら……」


 肩を組んで絡む俺に対し、ウェイターの兄さんは困惑しながらも厨房に連れて行ってくれることになった。

 あとコネって本当に便利だな。






「よーし!! とりあえずこれで ひと段落ついたな!」



 俺が厨房についたところで、ちょうど料理人たちは仕事をある程度 終えたようだった。

 ま、料理はある程度 既にサーブされていて、あとはウェイター達が配膳するだけだからな。どうやら料理人たちは冷たいデザートを作り終えたところらしい。



「料理長! すみません、こちらの方が厨房の様子を見たいそうなんですが……」

「ちっす! 勇者のお兄ちゃんの桃吾君です! よろしくおなしゃー!」



 俺は頬が暑くなっているのを感じながらも、元気よくあいさつした。

 ちなみにここに来るまでに歩きながらシャンパンを5杯飲んだ。

 おかげでウェイターの兄ちゃんの持つ お盆のうえは空のグラスだけになってしまった。



「あん? なんでい! 厨房は料理人の戦場だ!! 見せるようなもんじゃないぞ!!」



 料理人の中で、一人だけやたらとガタイの良い男がそう叫んだ。

 先ほどの号令を取っていた男だ。

 こいつが料理長か。



「いやあ、料理風景見るの楽しいじゃないっすか! それで見に来たんスけど、もう終わったんすね。いやあ残念っすわ」

「……何だ? お前、料理見るの好きなのか?」

「料理自体好きなんで、人の見ると勉強になるじゃないですか。まあプロじゃないんで下手の横好きってくらいすっけど」

「ふうん。お前、変わった奴だな」

「そっすか?」


 よく動画サイトで料理動画とか見てたし、結構 人気のあるジャンルだと思うが。

 異世界では料理って そんなに趣味になるようなもんじゃないのか。



「特にここの料理美味かったっすもんね! サーモンのマリネも酸味のバランスが良くて素材の味を引き立てるし、ローストビーフもソースがメチャクチャ美味いですもんね! あんな美味いソース初めてっすよ!」

「……ほーう。貴様、ちょっとは分かるようだな。お前、まだ食えるか?」

「あと2人前は食えますね」

「気に入った! 厨房に入れ! ただし、靴は履き替えて手は洗え! 厨房は清潔でなくてはいかん!!」

「うっす!」



 やっぱコミュニケーションは ほめ言葉から入るべきだな。



「そういうわけで、ウェイターの兄ちゃん! ありがとうございました。お仕事の邪魔してすんませんでした!」

「い、いえ。私は問題ないです。ああ、料理長。デザートが仕上がったこと、給仕長に お伝えしましょうか?」

「ああ、頼んだ!」



 という会話を聞きながら、俺は厨房に入った。

 言われた通りに靴を履き替え、手を洗いつつ、料理道具に目を向ける。

 ――かなり多様なものがあるんだな。

 包丁一つとっても本当に様々だ。20種類くらいはあるんじゃないか?

 料理が美味かったので予想していたが、この世界の料理のレベルかなり高いのか?

 いや、王城なんだから間違いなくトップクラスではあるし、これだけで一般化するのもおかしいが。

 しかし、これはワクワクするな! 



「で、お前。料理好きなんだってな?」

「あくまで趣味ですよ。プロの前でデカい口は叩けないッス。良く食うので、だったら自分で作った方が早いと思って始めたくらいですね」



 俺がキチンと料理を始めたのはニートになってから。

 ストレス解消のために筋トレをするようになり、折角なら食事にもこだわろうと思って始めたのだ。



「趣味でも構わん。俺達はともに料理を愛する兄弟だ」

「おっ! 良いこと言うじゃないすか!! 流石は料理長! ヒュー!!」

「おいおい、そう持ち上げるな」



 そうは言うが、料理長は満更でもない。

 ガタイは良いし強面だが、良い人っぽい。



「ねえ、料理長! 折角だから異世界の料理を教えてもらいましょうよ!」

「ほう、それもいいかもな。お前も構わんか?」

「良いっすよ。……と言っても、調味料がかなり違うと思うので、何ができるかなあ」



 俺は基本的に和食メインでしか作れない。

 家庭料理の範囲なら中華や洋食もできるが、見た感じ調味料が かなり違うからなあ。

 というところで、俺は厨房に行こうと思った最初の理由を思い出した。



「ああ、そうだ! この辺りじゃビールにライム入れないんですか?」

「ビールにライム? なんだそりゃ?」



 料理長をはじめ、周囲の料理人も困惑している。

 やっぱあんまりやらないのか。



「俺の世界の暑い地域では よくある飲み方ですよ。この国って夏場はどうですか? 暑いですか?」

「そりゃまあ、夏はな」

「じゃあ暑い時期の食前酒には最適だと思いますよ。ライム貰っていいですか? あとビールも。あ、ビールは口当たりの軽いものが良いんですが」



 近くの料理人に頼み、貰ったライムを櫛型にカットし、中心の軸を取る。

 ビールも何種類かあるようだが、飲み口の軽いものを選んでもらい、良く冷えたグラスに注ぐ。

 あとはそのままライムを軽く絞って、残りのライムも放り込んだら、一気に呷る!!



「――うまい!! これは良いビールですね! ライムとよく合う!!」

「そんなにか? ちょっとくれ」



 俺がグラスを料理長に渡すと、彼もグイっと呷った。



「おお!! ウマい!!」

「料理長! 俺にも!」

「俺も!」


 それをきっかけに、周囲の料理人たちが回し飲みをはじめ、口々に絶賛する。


「確かに! これはウマい!」

「こんなの試し事なかったな!」

「こんなにシンプルなのに!」

「確かに、夏の食前酒にぴったりだな!」



 良い反応で良かった。

 マズいとか言われたらどうしようかと思ったよ。

 というか反応が良いわりに王城の料理人も試してないのか、なんか変だな。



「ひょっとしてライムって、この辺りでは一般的じゃないんですか?」

「うん? そうだな。南から輸入してるから、一般家庭や地方の飲食店にはないだろうな。王都あたりの大きい飲食店には入ってるだろうが。ただ、それも料理の酸味付けがメインだからな。蒸留酒の炭酸水割りに果汁を入れることはあるが、ビールに入れるのは盲点だったな」



 そうか、やっぱライムは手に入りにくいか。

 そうなると俺の好きな飲み方はあんまりできんのか。

 うーん、残念。

 まあ、そのおかげでいいアイデアとして披露できたんだから、良しとするか。



「いやあ、お前いいもの知ってんじゃねーか!」

「いえいえ、それほどでも。地域によっては更にビールにチリソースとか入れますよ」

「ほぅ、そいつぁ面白い!! ……よし! お前らもとっとと仕事を片付けて、俺らも一杯やろうぜ!! このために料理を俺らの分も取ってたんだからな!!」

「「「「「おおおおーーーー!!!!」」」」



 元気の良い料理人達の声が、厨房に響いた。







「貴族ってのは、料理はウマくて当然だと思ってるからよお! 気に入らねえ時だけ文句付けてくんだよ! その上 平気で残すしよお! 腹立って仕方ねえぜ!!」

「そりゃおかしいっすよ!! 美味い料理作ってもらったら料理人に『美味かった』って言うのが礼儀っすよ!!」

「よく分かってんじゃねえか桃吾ォ!! おら!! もう一杯のめ!!」

「あざーす!!」



 厨房の隣にある料理人用の休憩室で、俺達は呑んだくれていた。

 かなり飲んで、かなり食った。

 あとはよく分からん。

 なんか、みんな飲んでる。

 みんなべろべろのフワフワだ。

 俺もフワフワしてる。

 ふわふわふっふっふ~~~~!!



「貴族ってのはなんでこうなのかね!! 食材と料理人に対する感謝がなってねえよ!!」

「マジでムカつきますね!! 俺らでやっちゃいましょうよ料理長!!」

「……何をやっちゃうの、お兄ちゃん?」


 酔った勢いで騒いでいると、どこからか可愛らしい声がした。


「おお、可愛い可愛い俺の翠じゃ~~~~~ん!! しゅきぴっぴ~~~~~~!!」

「うっわ酒臭いですよ!!」

「だって酒飲んだも~~~ん!! チューして。チュ~~~!!」

「うざい!! 酔っ払いうざい!! ……お兄ちゃんが帰らなくって困るって わざわざウェイターさんが私を呼んできてくれたんですよ!! ほら、寝室の準備してあるらしいので、行きましょう!!」

「分かった~~。翠ちゃんがそういうなら帰る~~。料理長またね~~!!」

「お~? 帰んのか桃吾。じゃあ、またな!!」

「料理人の皆さんもばいばーい」

「「「「うぇーい」」」」



 こうして、べろんべろんになった俺は弟に手を引かれながら寝室に向かったのだった。

 お酒って気持ち良い~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!




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