第5話 精霊





 俺たちが今度 連れてこられたのは、最初に居た部屋の近くにある広間だった。

 中心部には噴水がある。

 ……なんか梅田あたりにあった奴を思い出すな、あのセーブポイントっぽいやつ。

 その噴水の隣には、神官らしき恰好をした老人ジジイと、助手らしき若い男女の神官達がいた。



「お待ちしておりました。勇者 翠様。……と、付き人の方」



 俺の扱い雑だな。



「こんにちは。……ここでは何をするんですか?」

「はい、ここではまず勇者様の魔法適正を図ります」



 ああ、異世界モノでおなじみの奴だ。



「ここに足場があるでしょう。こちらに立って、水に指先を付けて、軽く力むようにしてください。すると、貴方の魔力が水に流れます。そうしたら、水の色が変化するので、その色の変化で魔法適正を図るのです」

「ああ、そうなんですね。よーし、やってみます!」

「さあ、勇者様どうぞ。あっ、力み過ぎないように気を付けてくださいね。むかーし力み過ぎて脱糞しちゃった勇者様が居るんですよ~。アッハッハ。」

「い、嫌なことを言わないでくださいよ! 大丈夫ですから!!」

「せっかく異世界に来てテンション上がっても漏らしたらテンション駄々下がりだよな……」



 可哀そうに。

 まあ漏れる時は漏れちゃうもんね。

 俺も、実家で一回やったよ。

 オナラだと思ったらオナラじゃなかったんだよな……。

 でも家で歯を磨いているときのことだったので大したことにならずに済んだ。

 どうでも良いけど。



「じゃ、じゃあやりますからね!」



 そう言って、翠が指先を水に付けた。

 噴いた水が水面に落ちて、水面が揺れている。

 その水面を数秒眺めていると、――水面の波紋が変化した。

 翠の指先を中心に、波紋が広がり、それはやがて波に変わった。

 同時に、波とともに水の色が変化し始めた。

 右側に行くにつれて深い緑に、左側に行くにつれて鮮やかな赤に変化し始めたのだ。



「ほお! 赤と緑の混合色! これは珍しい! 赤は炎! 翠は大地を表しています!! どうやら勇者様には炎と大地の魔法で相性が良いようですな!!」

「すげえ!! かっけえじゃん翠!!」

「これが……『チカラ』」



 おっ、さっそく翠がカッコつけてる。

 まあ小学5年生だもんな。

 色の変化が終わったようなので、翠は水面から指を離した。

 ――しかし、変化は終わらなかった。

 赤と緑に変色していた水が、今度は水銀のような銀色に変化し始めたのだ。



「えっ!? これは!?」

「ふふ、こればかりは皆さん驚かれますなぁ。――これは、精霊です」



 と、神官の老人が自慢げに笑う。



「精霊? 精霊って、炎とか水とか司ったりする、アレですか?」

「ええ、それです。この世界では、誰もが生まれながらに精霊の加護を受けます。勇者様も、この世界に来た際に精霊の加護を受けます。この噴水は、その人が どんな精霊から加護を受けているかも示すのです!! ……しかし、ですな」



 老人の話を聞いているうちに、銀色の噴水は空中で形を作り、それはやがて――鋼鉄の騎士の胸像のようになった。



『……ふむ。現世に顕現したのは久しいな。そうか、貴様が我の加護を受けるものか』



 騎士は重く、しかし響く声でそう言った。

 圧力はあるが、決してこちらを威圧するのではなく、ただオーラが違う、と言う感じだ。



「は、はい。……どうも、そうみたいですね。私は瀞江翠です」

『そうか。吾輩は『鋼鉄の精霊』だ。……フフ、勇者の加護精霊になるのは二度目だが、……貴様は面白そうなやつだな』

「そ、そうですか?」

『ああ、そうだとも。……しかし、俺は長話は好かん。今日は、顔を見て満足した。お前に加護を与えて去るとしよう』



 と言うと、騎士――いや鋼鉄の精霊だったか? は人差し指を翠に向け。



『加護を』



 と言うと、翠の身体が淡い緑の光に包まれた。



「さらばだ。お前が成長すれば また会うこともあるだろう」



 と言うと、鋼鉄の精霊は姿を消し、翠の身体を覆っていた光も消えた。

 ――すると、翠の『髪』と『瞳』が僅かに緑がかった色に変化していた。



「こ、これは……?」

「おめでとうございます! 加護を受けると、髪や瞳の色が変化するのです! これで正式な加護を受けたということですな!」



 神官の老人がそう告げた。

 鋼鉄の精霊は あっという間に去ったが、しかし強いインパクトを残していったな。

 というかアッサリ話したけど精霊の加護を受けると髪とか瞳が変色すんだな。

 びっくりするから予め言っといてくれ。



「お、おおおおおお!!」

「鋼鉄の精霊なんて!! 200年前の勇者様以来だぞ!!」



 周囲のモブ神官達が そう騒いでいる。

 よく分からんが、なんかすごいのかな。


「えっと、これ凄いんですか?」

「ええ! 凄いですとも!! 200年前に鋼鉄の精霊の加護を受けた勇者様は、その強さから伝説になったほどです!!」

「これは素晴らしい!! 我が王にも お伝えせねば!!」



 神官の老人も大臣のナンカも大騒ぎしている。



「おお! カッコいいです! 髪も目も!」



 噴水の水面を鏡代わりにして、翠がそんなことを言っていた。



「それ、大丈夫なのか? 目は問題ない? 痛くないか?」

「大丈夫です! むしろ何だからバッチリ見える気がします!」

 


 そう言って翠はVサインを返した。

 ……確かに、髪の艶が増して これまで以上に綺麗になっている。

 なるほど、こりゃスゴイな。



「……で、俺はどうすんの?」



 俺の言葉に、大騒ぎしていた連中も「あっ、いけね」みたいな顔をしていた。



「あ、ああ、付き添いのお兄様もされて行かれますかな?」

「いや、やらなくていいならいいすけど……」

「いえいえ! せっかくなので! まあ、ほら、どうぞ やっちゃって下さい!!」



 ジジイ、お前も俺相手だと適当だな。



「じゃあ、さっきと同じ流れで、はい」

「はあ、どうも……」

「お兄ちゃんも気楽にやったらいいですよ。フフッ!」


 翠め! 調子に乗りやがって!! 

 寝る前に お前の苦手な怖い話してやろうか!!



「じゃあ、やります」

「はいはーい、じゃサクッとお願いします」



 ジジイ、マジでやる気ないな。

 シバかれてーのか。

 まあ、良いや。

 俺は所詮 付き添いだし。

 そう思いながら指先を付けて、軽く力を込めてみる。

 すると、しばらくしてから俺の指先を中心に波紋が広がり、水の色が変化していくのだが。



「……波も弱いし、なんか色も薄い上に色々と混じってるんだが」

「あー、はい。波の強さが魔力の強さなんで。この感じだと魔力の強さは平均くらいですな。あと色が混じってるのは、色んな魔法が使えるということですが、その分 鍛えても一つ一つの魔法は強くなりませんな。ま、器用貧乏というやつです」

「……そっすか」



 俺の様子を見て全員ボンヤリした反応だ。

 クッソ腹立つ!! 

 ちなみに翠はテンションが上がって一人でエアギターを演奏している。


「アナザワン・バイツァ・ダスト!!」


 とか歌ってる。

 なんでQUEENのエアギターなんかできるのこの子。



「あと言い忘れてたんですけど。この世界だと魔力が生命維持において重要な機能を果たしてるので、魔力が尽きると死んじゃうんですよね。勇者様でもそうなので、貴方もそうでしょう。気を付けてくださいね」

「「あっさりと凄いこと言ったな!!」」



 俺と翠の驚愕の声が重なった。

 何その爆弾情報!?

 普通にシャレにならん情報だろ!



「まあ大丈夫ですよ。勇者様は魔力量かなりあるのでそんなに心配しなくても魔力が尽きることはそうないでしょう」

「そうなんですか? それは良かった」

「でもお兄様は油断すると死ぬかもしれんので気を付けてください。ハッハッハ!」

「何を笑ってんだジジィ!! シバかれて―のか!?」

「ちなみに魔力が減ってきた時の基準とかあるんですか?」

「ええ、魔力が4分の1を切ると疲労感が、10分の1になると疲労で立てなくなり吐き気を催し、それでも使い続けると汗が止まらなくなって脱水症状に陥り、それでも魔法を使い続けると全身の皮膚が裂けて血塗れになり死にます」

「死に方グロッ!!」


 魔法の使い過ぎには気を付けよう。

 そんなに魔法を使い続けることはないとは思うが。



「ああ。話してるうちに水の質感が変わってきましたな。そろそろ精霊も出るんで。それ見たら魔法の実践訓練に行きましょうか」

「わあ! 行きたいです!」



 お前ら、俺の精霊を何だと思ってるんだ!

 まあ……この様子だとカスみたいなのが出るんだろうな。

 俺は結局のところ付き添いだし。



「……ん? これは……何ですかな?」



 しかし、神官の老人が そこで眉をひそめた。

 彼の視線の先の水面を見てみると、薄いピンク色に変化し、更になんというか――粘度が増していた。



「な、何スかコレ?」

「いや、これは私も初めて見ましたな!」



 おいおいマジか!

 俺もひょっとしてチートか!?

 うひょー! たまんねえな異世界!!

 などと思ってみていると、その薄ピンクの液体は人間のような姿に変化していった。


 艶やかな額、柔らかそうな腕、でっぷりとした腹。

 その姿は、まるで。



「……え? 誰、この太ったオッサン??」


 

 思わず、俺はそう呟いた。

 そこには太って小太りでブーメランパンツを穿いて、そして全身ローション塗れになったかのようなヌルヌルのオッサンが居た。

 そのオッサンは満面の笑みを浮かべて、こう言った。




『うむ! 我こそはヌルヌルの精霊である!!』

「「「「「いやヌルヌルの精霊って何!!!!????」」」」」



 その場にいた誰もが 口をそろえて そう叫んだ。



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