一話 あの日の記憶

 夕焼けのような朱い炎が目の前で踊っていた。

 日も暮れかけた丘の上から目の当たりにするのは、住んでいた村が炎に包まれている悪夢染みた光景。炎がそのかいなを激しく振るうたびに、木造の家屋がその熱に耐えきれず一つまた一つと燃え崩れていく。

 村が燃え落ちていく様を少年は信じられない面持ちで見つめている。


「⋯⋯なんだよ、これ⋯⋯」


 ギリっと血が滲むほど奥歯を噛み締め、少年は燃え盛る村に走っていく。

 走りながら少年は周囲を見回した。村の皆が集まる広場が、陽気な酒飲みが集う酒場が、村の女性達が水を汲みたわいない話を咲かせていた井戸が、朱い炎に纏われ憑かれ黒い悲鳴をあげていた。


 広場を走り過ぎると村で唯一の教会が見えてくる。

 屋根に特徴的な尖塔がついている教会に火の手はまだ上がっておらず、安堵した少年は急いで教会の扉を開け、大声で呼びかけた。


「ルーゼ! ケビン爺さん! 火事だ! 早く逃げるぞ! 」


 幼馴染の少女と牧師の名を呼びかけるが返事は無い。無人の教会に少年の叫び声だけが吸い込まれていく。

 もう逃げた後なのか? と少年が中に足を踏み入れたその時。


「⋯⋯え」


 爆炎と共に教会が一瞬で炎に包まれた。


「ゲホッ、煙で目が⋯⋯」


 瞬間的な高熱で燃え広がる炎から黒煙が吹き出し、けして広くはない教会内部を炎が燃え移り、瞬く間に充満する煙で呼吸は息苦しく徐々に視界もぼやけていく。

 少年はなんとか教会から出ようと後ろを振り返り扉に向かって歩き出すが、足がもつれ倒れてしまった。


「こんなところで⋯⋯」


 必死に扉まで這って進むが既に扉は完全に炎に包まれており、高熱が徐々に身体を蝕んでいく。

 ここまでなのか? と少年が諦め意識を失いかけたその時だった。

 突然、猛烈な突風が外から教会の中に向かって吹き荒れる。その激しい風によって燃え盛る扉が吹き飛ばされた。


「しっかりしろ!!  ⋯⋯今助けるからな!」


 風とともに教会の中に駆け込んできたのは薄茶色のロングコートをはためかせ、赤紫色の髪を肩まで伸ばした女性だった。

 女性は少年を抱きかかえて、急いで外に駆け出す。その右手には金属製の手首までを覆う籠手がはめられており緑色の宝玉が嵌められていた。


「ゲホッ、ゲホッ、はぁはぁ⋯⋯、師匠⋯⋯」


「⋯⋯意識はあるな、このまま逃げるぞ!」


 女性が少年を抱いたまま村外れまで駆け出す。

 小柄とはいえ少年を抱いて走っている為スピードは遅いかと思いきや、女性の両足から緑色の風が湧き上がるかのように渦巻いており、走る速度の底上げと重力を緩和していた。


 走ること五分程。ようやく村外れの道が見えてきて女性が緊張を緩める。⋯⋯が前方より隠すつもりのない強烈な殺気を感じ走る速度を落とした。


「⋯⋯まだ生き残りがいたか」


 村はずれへの道を塞ぐように燃えカスのような色合いのフードをかぶった人物が立ち塞がっていた。


「その出で立ち⋯⋯聖葬人せいそうにんか?」


 女性の問いかけにフードの人物は何も答えない。そして返答の代わりに高温で溶けた鉄のような色をした長剣を剣帯から抜き、その切っ先を女性に向ける。


「教義に背いた背教者、粛清する」


「チッ⋯⋯戦うしかなさそうだね」


 女性は少年をそっと地面に置くと、右手をかざす。少年の周囲に可視化出来るほどの風が渦を巻き、まるで結界のように大気の熱と炎の侵食を防ぐ。


「⋯⋯師匠?」


「待ってろ、こんな奴⋯⋯直ぐに片付けるからな」


 薄れゆく意識の中、長剣を構えたフードの人物に向かって駆け出す女性の姿が霞んで見えた。

 

 そして少年は静かに目を閉じ、意識は暗闇のなかに落ちていった。

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