第5話 揺れるユレル

 いつもと同じ時間、同じ車両、同じ自動ドアから入るあの人は、常に耳に白い有線タイプのイヤホンをしていて、電車なかでは目をつぶる。

 一目惚れなのだろうか。あの人を目で追いかける自分がいる。見ていることを悟られないように、スマホを見るふりをしてあの人を、窓に写るあの人をチラ見する。

 ストーカーなのだろうか。あの人を探す自分がいる。いないときは病気なのか心配になる。勉強しているときは一緒に頑張っている気がして嬉しくなる。

 電車に揺られて右へ左へ。心の臓が右へ左へ揺れる揺れる。

 勇気をだして少し近くであの人を待った。バレないようにあの人より先に並んで電車待った。電車に乗り込むと後ろから押されて、中に入れられる。いつもは、後ろから乗るのでびっくりした。

 気づけば当たりはギュウギュウで、英単語本が取り出せない。無理やり取り出そうとして、後ろの人にぶつかった。

「ごめんなさい」

 すぐに謝った。そこには軽く頷くあの人がいた。即座に前に振り向き直し英単語本を開く。内側からドンドン音がする。急に体温がはね上がる。身体が熱くてクラクラする。

 電車が右へ左へ揺れる揺れる。一緒に揺れるユレル。

 英単語本など開いているが、意識は背中に集中していて、空気を介して景色を探る。何をしているかわからない。バレないように、適当にページをめくる。

 この距離なら、友達同士なら会話するんだろうな、恋人同士なら手を繋ぐだろうか。でも、自分は赤の他人この距離感が限界で、この続きは通行止め。

 電車が前へ後ろへ揺れる揺れる。ユレルユレル。


 名前も知らないあの人に、声も知らないあの人に電車の揺れと共に伝わるかな…。


「次は◯◯、次は◯◯に停まります。△△線をご利用の方はこの駅で乗り換えとなります」


 電車が停まり、ドアが開く、あの人は遠ざかる。揺れはまだ収まりそうにない。

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