第109話 初任務

 練習場を出て、帰路を辿る焔とリンリン。その足取りは疲れからか重かった。


「いやー、しかしレオ教官強かったネ」


「ああ、俺たちの攻撃全く当たらなかったしな。そこまで連携は悪くなかったと思うんだけどな」


「それ以上にレオ教官が強かったネ。あの人の動きには全く無駄がなかったヨ」


「確かに……それに、レオさんって溜めとモーションがほとんどなかったしな。なのに、なんであんな速くて威力のある攻撃打てるんだろうな? 前回俺と手合わせしたときは全然本気じゃなかったってことだよな」


 頭を悩ませる焔にリンリンも同じく頭を悩ませながら自身の解釈を述べる。


「多分、レオ教官は力の使い方がすごく上手なのネ」


「力の使い方?」


「そうネ。パンチ力とかキック力は腕力、脚力だけじゃ決まらないネ。レオ教官は力の乗せ方、体重移動、タイミング……他にも色々あると思うけど、そのほとんどが達人レベルネ。一見簡単そうな動きしてたけど、多分あたしたちじゃマネできないほど複雑なことしてたヨ」


「なるほどねー。そりゃ、強いわけだ。何とかしてその技術盗みてえもんだな」


 リンリンの言っていることの意味を全て理解できたわけじゃないが、とんでもなくレベルの高いことをレオがやっていることは焔でもわかった。その後、一旦レオの話を終えた焔たちは身の上話やさっきハクと手合わせしたことなどを話しながら、自分たちの部屋を目指す。



―――「いやー、しかしリンリンの師匠が女の人だったとはな」


「お師匠はめちゃくちゃ強い人だったヨ。素手で熊倒してたからネ。料理もすごくおいしくて……ああ、久しぶりにお師匠の手料理食べたくなってきたネ」


「そうか。今度帰る時は俺も呼んでくれよ」


「おー! みんな招待するヨ!」


 そう言って、リンリンはにっこりと笑う。その表情から師匠のことを自慢に思っていることはすぐにわかった。そんな時だった。スッと焔の背筋を何かがなでる。


「んおッ!!」


 気持ち悪い声を漏らす焔は状況を確認すべく、すぐに振り返る。すると、真後ろにソラ、そして少し離れたところにコーネリアがいた。背筋を撫でた正体がソラだとわかった焔は安堵のため息を漏らし、新たに二人と合流しともに部屋を目指す。


「そう言えば、俺が行った後二人はブラスターの特訓だけしてたの?」


 焔の問いにコーネリアが答える。


「ブラスターの訓練をした後はAR機能を使って地球外生物と戦ったわよ」


「は? マジで!? 俺もその訓練して見たかったな。ハハ、俺たちだけ仲間外れだな」


 笑ってリンリンの方へ顔を向ける焔であったが、リンリンはなぜか申し訳なさそうな顔をしていた。焔はそのリンリンの表情に首をかしげるのだが、


「いやー、実は焔が来る前にあたしもブラスターの訓練と実際に地球外生物と戦っちゃったネ。ごめん、焔」


「おいおい、それじゃあ俺だけ仲間外れかよ」


「でも、焔は二人の教官と手合わせできたんだから。そっちの方が凄いネ!」


 あからさまな元気づけに、少し露骨過ぎたかと焔の反応を伺うリンリン。だが、そんな心配は全然する必要がなかった。


「……それもそうだな。ハハハ!」


 と、普通に嬉しそうに笑う焔を見たリンリンとコーネリアは『こいつ意外とチョロいな』と心の中で思うのであった。ひとしきり笑った焔に今度はコーネリアが耳元で話を持ち掛ける。


「焔、やっぱりあの子凄いわ」


 あの子? と疑問に思ったが、コーネリアの視線からソラについて話していることはすぐに気づいた。焔も同様に小声でコーネリアに言葉をかける。


「どういうことだ?」


「地球外生物、なんか狼とか猛犬みたいな獣型のやつだったんだけど、けっこう生々しくて、斬ったら血とか飛び出したりして」


「ほおほお」


「だけど、あの子全然気にせず一撃で仕留めてたわ。やっぱり頭一つ抜けてるわね」


「なるほどな。まあ、ちょっと心配な面はあるけど、ポジティブに考えれば頼りがいがっていいじゃねえか」


「……それもそうね」


 と、ここで会話が終了した。そこでコーネリアは焔と自身の顔がとても近くにあることに気づく。身長も一緒ぐらいなので内緒話をすれば自然と顔が近づくことにどうやら気づいていなかったらしく、急にその事実に気づき表情を一変させる。


「なに近づいてんのよ! この変態ッ!」


 パチン!


「理不尽にもほどがあんだろ!」


 頬をはたかれた焔はそう言い捨てた。後にソラを真ん中に置き再び歩き始める。


「くっそー、こういうのはサイモンの役割だろ。こんな時に何であいつはいねえんだよ」


 頬をさすりながら愚痴をこぼす焔に、コーネリアはため息を漏らしながら嫌そうな表情で、


「サイモンならいるわよ」


 その言葉に焔のみならず、リンリンも驚きの声を上げる。


「マジで!?」


「どこネ? どこにもいないヨ?」


 あたりを見渡す二人にコーネリアは何かを二人の前に掲げて見せる。それはしおしおになった大きな布のように二人の目には映ったが、近づいてみてようやくわかった。


「さ……サイモン!?」


 それはペラペラになった生気のないサイモンの姿であった。


「どうしたネ!? サイモン君!?」


「……怖い怖い怖い。もうおうち帰りたい」


 リンリンの呼びかけに応じず、サイモンはただか細い声でそう呟き続けていた。


「どこで拾ったんだ? このボロ雑巾は?」


 焔はサイモンが今話をできる状態ではないと察し、コーネリアから事情を聞く。


「ソラちゃんと帰ってる途中でペトラ教官に会って、そこで満面の笑みでこれ渡された。『ついでにお願い』って」


「おお……(そういや、ペトラさんは武器持つと人格変わるんだっけ。確か二つ名が……狂姫、狂い姫だったか……頑張れ、サイモン)」


 素の状態のペトラと腕相撲をし、辛勝だったことを思い出した焔。そんなペトラが武器を持った時のことを考え思わず鳥肌が立つ。焔はそんな人を相手に教えを受けているサイモンに同情の目を向けるのであった。


「着いた着いた」


 そんなこんなでやっと自分たちの住処へ到着する。


「あっ」


 安心したのか、コーネリアは誤ってサイモンを掴んでいた手を放してしまった。ペラペラの身体と空調設備も相まってサイモンはみるみるどこか遠くへ飛んでいった。


「た、助けてくれ~……」


 か細い声でそう言い残し、サイモンは焔たちの視界から消えていった。『やっちまったー』とばかりにコーネリアは口をあんぐりさせていた。他の皆も同様に困惑した表情を浮かべる。


「ど、どうする?」


 コーネリアは焔たちに向かってサイモンの対処について伺う。本来ならば放っておく一択だが、今回その選択をしてしまったら、あまりにもサイモンが可哀そすぎるとコーネリアも思ったのだろう。


「……流石になー」


「……可哀そすぎるネ」


 一同は頷くと、100メートル先まで飛ばされたサイモンを回収しに行った。コーネリア、リンリンの二人にサイモンを預けると、それぞれ四人は自分たちの部屋へ入る。


「お帰りなさいませ」


「ほい、ただいま」


「ただいま」


 二人を迎えるAI。焔はそのままソファーへもたれかかり、ソラは焔から最初に風呂に入って来たらと言われたため、そのまま風呂へ直行した。焔もさっさと風呂に入りたかったが、なんとなく女子より先に入るのはどうなのかと思ったのだろう。


「おい、AI。『ぶっ飛びちゃん』って何だよ。ブラスターじゃねえか」


 キッチンで夕食の準備をしているAIに愚痴をこぼす焔。AIは手を止めることなく、


「別に嘘は言ってないですよ」


「チッ……しかし、総督は中々のワードセンスしてるよな」


「……」


 焔の返答に応じないAI。変だと思った焔は振り返って、AIの方に顔を向ける。


「おい、お前はどう思うよ、AI……え?」


 振り返ると、なぜか自分の真後ろに誰かが立っていた。誰か確認するため、見上げる焔。後ろに立っている人物が誰か分かった瞬間、焔の顔色は一気に悪くなる。それもそのはず、焔が今話題にしている人物が立っていたのだから。


「お、お世話になっております! 総督殿!」


 持ち前の反射能力ですぐに土下座する焔。しかし、総督は全然怒っている風には見えず、逆になぜか微笑んでいた。それがかえって焔の目には不気味に見えた。


「なぜ謝る? お前は中々のワードセンスだと褒めていたではないか?」


 その言葉に焔の目には再び希望の光が灯る。



 もしかして、総督ってすごく素直な人なのか? なら、ここは下手なことは言わずにいけば……。



「いやー、そうなんですよ! 感服しましたよ!」


「そうかそうか! それは良かった……で、焔、お前強くなりたいか?」


 いきなりの話題変更に焔はかなりドキッとしていた。



 これは……どっちなんだ? 普通にこの質問を俺にしたくてここに来たのか? それともこれは罠か? でも、ここで強くなりたくないなんて言えるわけねえ。ここは普通に……。



「いや、もちろん強くなりたいです!」


「そうか、そうだよな。強くなりたいよな」


「はい!(これは大丈夫そうかな)」


 何もないと安心した焔であったが、次の瞬間、総督の口角が更に上がった。


「それは良かった。さっき、ハクに続き、レオに声を掛けたら快く引き受けてくれたぞ。お前の訓練相手にな。だから、明日からはハクとの特訓が終わったらレオの特訓にも参加しろ。今回はお試しみたいな感じで軽い訓練だったが、明日からはビシバシいくからな」


「え? マジすか」


「大マジだ。どうした? 喜べ焔」


「わ、わーい。やったー。これで強くなれるぞー」


 そう言って、涙を流しながら焔は喜んだのだとか。そして、絶対に総督の話はしないことを心から誓った。


「で、何か用でもあるんですか? もうないですよね!」


「ある!」


「なんですか!?」


「いやー、拾い物をしたんでな。届けに来た」


 そう言って、総督はソファーに何かを寝かせる。それはほぼサイモン状態になっていた茜音であった。


「茜音か!? 大丈夫か!?」


「だ、大丈夫……じゃない……」


「お、おう。そうか……しかし、サイモンもそうでしたけど、ここのお姫様はずいぶん恐ろしいですね」


「少々お転婆が過ぎるだけだ。可愛いものだぞ」


「ハハ、そうすか(そんなこと言い切るあんたが一番恐ろしいよ)」


「では、これからも精進しろよ。青蓮寺焔」


 総督は茜音を届けると颯爽と去っていく。


「あざす! 頑張ります!」


 焔は去りゆく後ろ姿に頭を下げる。応えるように総督は前を見たまま手を上げ、別れを告げる。本当に去ったのを確認すると、焔は深く息を吐き、今度はソファーではなく食卓の椅子に腰をかける。


「ふー……で、ぶっちゃけお前は総督のワードセンスどう思う?」


「凝りませんね。焔さんも」


「いやいや、冗談冗談。しかし、何とも綺麗で凛とした人だよな。しかもかなり気さくだし。あれは慕われるわ」


「そうですね。しかもあの人はかなり頭がキレますから。変な駆け引きはしない方が身のためですよ」


「本当に先に言ってほしい情報をお前はいつも後から言うよな」


「はいはい。今日は焔さんの好きなカレーにしますので」


「マジで!? いやー、久しぶりだなー! よし! さっさと茜音起こして支度するぞ!」


 流石、二年一緒にいたAI。焔の扱いを完全に分かっているのであった。そして、茜音は風呂に入ると復活した。



―――その後、一週間が過ぎた。その一週間の間、毎日36班には二枚のボロ雑巾が届けられた。


 朝ごはんを食べ、支度を終えた焔たち。


「さて、今日もボロボロになってきますか」


「はあー。朝からそんなこと言わないでよね。そろそろ鬱になるわよ」


「焔がボロボロになっても大丈夫。ソラがお世話するから」


「ああ、頼りにしてる」


「ソラちゃん私は?」


 そんなこんなで部屋から出て、訓練に向かおうとする三人。



 ウィーン



 そんな三人の元にある人物が訪れる。


「おいーっす! みんな元気ー?」


 元気いっぱいに部屋に入ってくる見覚えのある男。その男が誰か分かった瞬間、焔はため息を漏らす。


「……何だ。シンさんか」


「え? 元気なくない、焔? もっとテンション上げてこうよ!」


「いや、だって本当に訓練きついんですもん。というか、シンさんってそんなキャラでしたっけ?」


「シン教官何か用ですか? 私たち急いでるんで」


 茜音の物言いと顔から本当にイライラしていることが伺える。その剣幕に冷や汗を流すシンは軽く謝ると、


「そんじゃあ、本題行こうか。36班、青蓮寺焔、野田茜音、ソラ。今から君たちに任務を与える」


 その言葉に焔と茜音の目の色が変わる。


「初任務すか!?」


「そうだよ、36班の初任務だ。さー、鬼退治と洒落込もうじゃないか」


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