第100話 AI?

 焔を取り囲むように床に倒れている三人は何やら騒がしく話し込んでいた。内容は主にコーネリアがサイモンに文句を言い、リンリンがそれをなだめるというものだった。そんな騒がしい状況に苦笑いを浮かべる焔だったが、少し遠くから視線を感じ、目線をずらす。すると、ハクが手招きをしていることに気がついた。


 焔は会話を邪魔しないようにコッソリと抜け出すかのように三人の元を離れ、すぐにハクの元へ駆け寄る。


「どうしたんすか?」


「いや、ちょっとね」


 そう言い、ハクは話題を振ろうと思ったが、隣であからさまに聞き耳を立てている人物に気づく。


(んー、バレてないと思ってるのかな? この子は鋭そうだからね……)


「ちょっとこっちに来てくれるかな?」


「あ、はい」


 ハクは茜音から少し距離をとるように場所を移した。流石に茜音はついてくことはできなかったが、ますますハクへの不信感は強くなった。


(場所を移したってことは私には聞かれたくないことがあるってことだ! あの人一体何をたくらんで……)


茜音は内容を聞けない分、二人の様子を注意深く観察した。ハクが何かを焔に話すと、焔は目を輝かせながら、何度もうなずく。そして、二人は話し終わったのか、茜音たちの元へ戻ってきた。


「それじゃあ、俺と焔は少しの間だけ席を外すから皆に待っているように言っといてくれるかな?」


(この人、さらっと私に仕事与えて、後を付けさせないようにした! これはもう確信犯ね)


「あの……一体何しに行くんですか?」


 食い下がる茜音にハクはさらっと流すように、


「ああ、ちょっとね」


 そう言われ、まだ食い下がる度胸がなかった茜音はもう何も聞くことが出来なかった。そして、エレベーターに向かう際、ソラがついて行くのを見て、しめしめと思った茜音であった。だが、焔に何かを言われると、すぐにソラは引き返してきて、茜音は崩れ落ちる。


(ソラちゃん……もうちょっと食い下がろうよ)


 いつまでもソラは焔の言うことにはすぐに従うのだった。


 ハクと焔を見送ると、ため息を吐きコーネリアたちに事情を説明しようと、三人がいる方向に目を向ける。三人は焔とハクがどこかに行ったことなどつゆ知らず、今にもコーネリアがサイモンに再戦を仕掛けようとしていた。それをサイモンが全力で拒否し、リンリンも全力で止めに入っていた。


(……教えなくていっか)


 茜音は止めに入ることなく、ただボーっとその光景を眺めていた。


「さあ! あの時、手加減してたのはわかってるんだから! もう一回勝負しなさい!」


「コーネリアちゃん! それは誤解だってー!!」


 必死の弁明虚しく、サイモンはボコボコにされた。


 そして、約10分後。


 焔とハクは茜音の予想よりも早くに帰ってきた。ハクの様子は全く変わってなかったが、焔は先ほどと比べると明らかにテンションが下がっていた。


「さあ! 皆そろそろ自分たちの部屋に行こうか!」


 ハクは帰って来るや否や、すぐに練習場を後にしようと皆に大きな声で伝える。


「おお! これで助かったネ!」


「いや、リンリンちゃん。全然助かってないから……」


 もうすでにサイモンはボコボコにされ切った後だった。


「ふん、口先にもなかったわね」


 そんなことをしゃべりながら、三人はさっさとエレベーターに乗り込んだ。焔との戦闘プラスいらぬ体力まで消費してしまい、すぐにでも休みたかったのだろう。


 焔ものそのそと歩きながら、エレベーターに乗り込もうとしていた。テンションの差があまりにも激しかったため、すかさず茜音は焔に耳打ちをする。


「ねー、焔。何でそんなにテンション低くなってるのよ。ハクさんと何かあった?」


「ハハッ、いやまあ……つくづく俺って才能ないんだなーっと思って……ハハハ」


 何とも覇気のない笑い声で茜音の質問に答える焔。そんな焔にこれ以上突っ込んだ質問はできないと断念した茜音だったが、余計に何があったのか気になってしまった。


(くー!……何があったのか、すごく気になる。今度また絶対に聞いてやる!)


 決意を新たにした茜音は最後にエレベーターに乗り込み、やっと練習場を後にした。廊下を歩き何度かエレベーターを乗り換え、戦闘員たちの居住階層に着いた。左右対称に扉が並んでいる廊下を歩いていると、ハクは急に立ち止まった。


「おっと、ここだな。さあ、着いたよ。ここが皆が今日から住む部屋だ」


 そう言って、ハクは左右の扉を焔たちに示した。すると、2つの扉には『35』、『36』という文字が浮かび上がり、『35』という文字の下には、コーネリア、サイモン、リンリンの名前が、『36』という文字の下には焔、茜音、ソラの名前がフルネームで書かれていた。


 まだ、この未来的な仕様に慣れていない六人は感嘆の声を上げ、毎度新鮮なリアクションをとる。


「じゃ、俺の案内はここまで。明日また連絡が来ると思うから、それまではそれぞれ自由に過ごしてね」


 ハクは軽く別れを言い、その場を離れた。


「おー! まさかこんなに部屋が近いとは思わなかったネ!」


「これだったら、いつでもサイモンを追い出せるわね」


「ちょっ! ひどくないコーネリアちゃん! ま、別に焔がどうしてもというなら遊びに行ってやってもいいが……」


「いや、絶対来んな」


「なっ! あ、茜音ちゃんは……」


「えーっと、あ、アハハハ」


 茜音は何も答えず、目をそらす。その行為にサイモンの涙腺は崩壊する。


「はいはい、泣かない泣かない。それじゃあ、またネ。焔、茜音ちゃん、ソラちゃん」


「おう」


「うん、またね」


「うん」


 焔たちは三人が部屋に入るのを見送ると、自分たちも部屋に入るべく扉の前に足を運んだ。扉は自動で開き焔たちは中に入った。普通なら部屋の大きさなどの感想が頭に浮かぶが、焔たちの意識は別のものに向いていた。


 部屋に入ると、目の前になぜか少女が立っていたのだ。年は焔たちと同じぐらいで、白髪ロング、そしてかなりの美形。


「あれ? 俺たち入る部屋間違えたかな?」


「いや、名前書いてたからそんなはずは……」


 小声で焔と茜音が目の前にいる少女のことについて話していると、少女がゆっくりと近づいてくる。焔と茜音は内緒話を止め、なぜかピシッと起立の姿勢を取る。それを見たソラも訳も分からず、同じ姿勢を取る。


 少女は焔たちの目の前に来ると、深々とお辞儀をし、


「おかえりなさいませ。焔さん」


「え? あ、どうも……え?」


 挨拶を返す焔であったが、ある違和感が頭をよぎった。その違和感は茜音も感じ取っていた。


「あれ? どうして……焔の名前を……もしかして知り合い?」


「いや……俺はこんな人……ちょっと待てよ」


 ある名前が脳裏をよぎり、焔は思わず苦笑いをしてしまう。


「その声……それに俺のことをわざわざ『さん』づけで呼ぶやつってことは……もしかして……AI?」


「……はい」


 そう言って、少女は少し笑った。


「わお、まじかよ」


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