第95話 焔vs35班

 焔は迷わずサイモンに突っ込んでいく。それは槍の対処法について、少しだけ知識があったからだ。



 サイモンの使っている槍は体の大きさほどのでかさだ。長物に対しては、距離を詰める。シンさんから少しだけ聞いたことがある。さあ、行くぞ!



 ある程度の距離まで近づくと、焔は先ほど同様に超加速を見せる。だが……、



 キーン!



「やっぱそう、うまくは行かないわな」


 サイモンはその加速力を見越して、行く手を阻むように鋭い突きで焔の動きを止める。


「なるほど。やはり、見るのと体験するのでは、全然違うな。その突破力……初見で食らっていたら、まず対応できなかっただろう。だが! 不意を突かれることがない限り、その手は通用せんぞ!」


 堂々と宣言するサイモン。静まり返る会場。


「あのバカ」


 呆れかえるコーネリア。流石の茜音、リンリンも『こいつバカなんじゃねえの?』と顔に出ていた。


「えーっと、サイモンさん。あんたの言ったことを整理すると、俺の突進力は普通にやったら通用しないけど、不意をつけば通用するってことだよな」


「……え? 何で分かったの?」


 サイモンは焔の発言に不思議そうに返す。その発言からその場にいる者たちは、サイモンはやはりバカなんだと言うことを改めて理解した。


「アハハ、あの子面白いね」


「まあ、あのペトラが連れてきたんだ。なんら不思議じゃないさ」


 と、シン、ハクの2人はなぜか納得していた。


 サイモンのバカ発言のおかげで、取り敢えずの攻略法はわかった焔であったが、あくまでその攻略法が使えるのは2人以上で戦った場合だった。



 不意を突けば、通用する……ね。だけど、俺はソラみたいな技術はない。ましてや、槍なんて最も不意を突くのが難しい。それに、今は情報が少なすぎる。前にコーネリアとサイモンが戦ってたけど、そん時はシンさんにソラの話を聞いてたから、全然見てなかったんだよな……ま、取り敢えず、攻めてサイモンの反応を探るぐらいしかできそうにないけど……さて、どう攻めようかな。


 焔がサイモン相手にどう立ち回ろうか考えているとき、リンリンは一度戦ったことのあるコーネリアに意見を求めた。


「コーネリアちゃん、サイモン君は焔に勝てるカ?」


 その問いにコーネリアは少し答えを出すのに迷う。


「サイモンは焔に勝てるのか……さあ、どうでしょうね? ただ、槍は……いえ、サイモンはとても厄介よ」


「お? なんでネ?」


「サイモンは普通の槍使いとは少し槍の使い方が違うから」


 その答えにリンリンも少し思い当たる節があるのか、声を上げ、納得したようにうなずく。


「あー、確かにコーネリアちゃんとの戦い見てて思ったヨ。あの使い方は槍じゃなくて、棒術に似てるってネ」


 そんな話をしていると、サイモンの動きに変化があった。



 ブンブンブン



 サイモンは自分の体ほどの槍を器用に体の前でクロスするように回し始めた。


「さあ、どうしたレンジ? お前の攻撃はもうおしまいか?」


 煽るような口調でサイモンは焔を挑発する。


「あ? まだまだこっからだ」


 ごちゃごちゃと攻め方を考えていた焔だったが、その挑発でやはり自分にできることはこれしかないと腹をくくるのだった。


「行くぞ!」


「来い!」


 再び焔はサイモンに向かって一直線に突っ込む。当然、先ほどと同様に防がれる。そんなことは百も承知で焔は突っ込んだ。そこからは目にも止まらぬ怒涛の攻防戦が始まった。何とか間合いを詰めたい焔。絶対に焔を間合いには入れたくないサイモン。両者、一歩も譲らない激しい攻防が続く。焔は素早い攻撃で何とか切り崩そうと攻め込むが、サイモンの異質な攻撃に攻めあぐねていた。


 サイモンは槍を長い棒のように扱い、穂先だけではなく、全体を使い、攻撃を仕掛けてくる。そして、常に槍を高速で回転させ、焔に攻撃の的を絞らせない。


 突き、薙ぎ払い、打撃と攻撃のレパートリーが豊富かつ、常に槍を回転させているため、どの攻撃を使ってくるのか、ギリギリまでわからないため、焔はどうしても防御に意識を集中せざるを得なかった。


 そのサイモンの槍裁きを見て、リンリンは思わず歓声を上げる。


「おお! やっぱり棒術みたいネ! ああ見えて、サイモン君はすごく器用ネ」


「リンリンちゃんってたまに毒吐くわよね……まあ、それにしても本当にすごい使い方するわね。あんなに回転させてたら、頭こんがらがっちゃいそうだけど。ね! コーネリアちゃん」


「……え? ああ、そうね」


 茜音の急な呼びかけにどこか上の空だったコーネリアは、少し反応が遅れ、曖昧な返事を返す。


「どうしたの? 考え事?」


 そんなコーネリアを心配して、茜音が問いかけるも、


「うん。ちょっとね」


 そう言って、すぐに焔とサイモンの戦いに目を向け、少し苦い顔をする。


(あいつ……私との戦いのときはもっと槍の回転の速度は遅かったし、今回みたいに動きにキレもなかった。つまり……手加減されてたってこと!?)


 コーネリアは悔しそうに下唇を噛み、強く拳を握りしめた。


「はあっ!!」


 リーチの長い槍から繰り出された薙ぎ払いは焔の顔面に向かって斜め下から風を切り裂きながら、向かってくる。


「やべっ!?」


 いささか態勢を崩されていた焔は避けることは無理だと判断し、なんとか槍の穂先に自身の刃を滑り込ませ、上方へとサイモンの攻撃をそらし、顔面直撃は免れた。そして、一度体勢を立て直すため、焔はサイモンの槍が届かない位置まで後退する。


 距離をいったんとると、焔は息を整え、額に滲んだ汗を拭った。


「いやあ、マジでさっきのは危なかったわ。しかし、槍ってのは面白いな。穂先だけ警戒してればいいと思ってたけど、全体を使って攻撃するんだな。けっこう勉強になったぜ」


 先ほどの苦しそうな表情とは打って変わり、焔は余裕そうな笑みを浮かべ、サイモンに強がって見せる。そんな焔に対し、サイモンもクールに返す。


「フッ、それはどうも。僕のつたない槍術そうじゅつが役に立ったようでうれしいよ」


 表面的にはサイモンも見栄をはり、強がって見せたが、本当はリンリン同様に焔の異質さを実感していた。


(レンジ……なんて男だ。コーネリアちゃんは斬撃スピードと突きのスピード、そしてその剣技に圧倒されて、中々実力を出し切れなかったが、今回は割とガチで攻撃してる……はずなのだが、どういうことか、この男には全くと言っていいほど当たらない。圧倒的にこちらの方が有利にあるにもかかわらずだ。さっきの攻撃、レンジは刀身をぶつけて防ぐのではなく、刀身を滑り込ませ、軌道を変化させた。正直、とんでもない防御スキルだ……そう、防御に関しては。剣の筋は悪くない……と思う。実際、剣使わないからわからないが。斬撃スピードもコーネリアちゃんのそれと比べてもあまり遜色ない。なのに……)


 そんな時、ふとサイモンは焔のほうに目を向けた。焔はただただその場で突っ立っていた。だが、少し様子が変だった。少し下を向き、手で口を覆いながら、何かをブツブツ呟いていた。その焔の様子を見て、サイモンは何か嫌な感覚を覚える。


「リーチが長くて、近づけない。攻撃は突き、後ろの柄の部分の打撃がメイン。払いは俺の動きを見て、適宜使ってくる。多用はしてこない。モーションがでかいからか? 常に槍を回転させてるから、ギリギリまでどんな攻撃をしてくるかわからない。今までの攻撃は、ここでこうして、こう、こうして、あーして、次で払い、打撃、突きを3回、そして……」


 サイモンの距離でも、何を言っているのかわからないほどの声量でブツブツ呟く焔。その異変に茜音たちも気づく。焔に注目が集まる中、教官2人も同様に焔に注目する。


「どうしたんだ? さっきから何かを呟いているのか?」


 ハクが意見を求めるようにして、シンの方に顔を向ける。案の定、シンはわかっているようだった。


「そうだね……おそらく、集中力を高めてるんだろうね」


「集中力……ソラちゃんの時のような感じになるってことか?」


「流石に、終焔モードにはならないと思うけど……まあ、おそらく狂焔モードと終焔モードの狭間ぐらいにはなるんじゃないかな? そりゃ、同年代でここまで強いやつらと初めてやりあったんだ。男なら燃えないわけないだろ? なあ、焔?」


 シンの呼びかけに応えるように焔は顔を上げた。その顔を見た瞬間、サイモンは息をのんだ。そのサイモンただ一人しか見ていないような、一点を見つめる瞳に。


 そして、次の瞬間、焔は超加速で一気にサイモンとの間合いを詰める。ほんの少しだけ反応が遅れたサイモン。だが、特に問題なく、焔の動きに合わせ槍の穂先を向け、焔の進行を妨げる。


 だが、そんなことは焔は百も承知だった。防がれた焔はまた加速し、サイモンに突っ込む。その繰り返しだ。何度も何度も突っ込む。先ほどまではサイモンの方が優勢だったが、今度は焔が攻め入る。


(くっ!? スピードも威力もさっきと変わってないはずなのに、どうしてここまで押し切られるんだ!?)


 焔のスピードも攻撃の威力も特に変化していなかった。それなのに、サイモンは次第に焔の攻撃にじりじりと押させていく。その理由をサイモンは焔の次の動きでようやく理解した。


 サイモンは焔の顔面に鋭い短い突きを一発牽制のために入れる。その攻撃に焔はほんの少しだけ顔を横にずらすだけで対処する。


(なっ!? こいつ、さっきまでならもう少しアバウトに避けていたはずだ! 本当に最小限の動き。少しでもずれれば当たるぞ!? マジかよ……レンジ)


 普通ならできない。技術的にも、そして精神的にも。少しでも反応が遅れれば、顔をずらす位置がずれれば、かなりの怪我を負うことになる。そんな誰もが恐怖し、委縮するようなことを平然と何度もやってのける焔に、サイモンは自然と口角が上がる。


 そして、ついに……



 カーン!



 少し大振りになったサイモンの攻撃を弾くと、ついに焔は自身の間合いにサイモンを引きずり出した。振り上げられた一本の剣。振り下ろせば、サイモンの体に届く。


(負けたか……)


 そんなことを悟った瞬間だった。焔は攻撃を中止し、一歩体を後ろにそらす。焔のいた場所には一本の剣が2人の間を縫うように割って入る。戸惑うサイモンをよそに剣が横に通り過ぎると同時に、三つ編みの少女がサイモンの前に現れる。


 その少女は連続で高速の突きを焔に繰り出す。最初はかわし、いなしていた焔だったが、次第に対応するのが困難となり、やむを得ず後退する。


「……あれ? コーネリアちゃん?」


 その三つ編み姿の少女がコーネリアだと言うことに気づき、サイモンはその後姿に呼び掛ける。振り返るコーネリアは何も言わずにサイモンのみぞおちに拳を埋め込む。


「ぐふっ!? い、いきなり何をするんだ!?」


「おい、サイモン。あんた最後、もう負けたと思って諦めてたでしょ?」


「ぎくっ!?」


 図星だったのか、思わず声に出してしまうサイモン。そんなサイモンにコーネリアはきっぱりと言い放つ。


「そんないくじのない男なんて、うちの班には要らないわ」


「……」


 何も言い返せずに黙り込んでしまうサイモン。2人の間に少し重い沈黙がのしかかる。その沈黙を破ったのはリンリンだった。


「まあまあ、2人とも仲良くするネ。さっきのは焔の方が一枚上手うわてだったネ」


「リンリンちゃん……」


 自身のことを擁護するような発言にサイモンは神様を見るような目でリンリンを見つめるが、


「でも、諦めてなかったら相打ちぐらいはできたネ。やっぱり男としてサイモン君よりも焔のほうが全然上ネ」


「ぐはっ!?」


 特に何の攻撃を受けていないのに、サイモンはひどく苦しそうな表情になる。遠目から見ていた茜音も声は聞こえなかったが、大体の事情はすぐにわかり、かわいそうな目でサイモンを見やる。そんなサイモンに、更にリンリンは畳みかけようとする。


「あとは……」


「ひいっ!」


 サイモンは小さな悲鳴を上げ、耳をふさぐ。その容赦ないリンリンの言動に流石のコーネリアも止めに入る。


「ちょ、リンリンちゃん。その辺でいいんじゃない?」


「そうネ?」


「ええ……というか、その禍々しいもの何?」


 そう言い、コーネリアはリンリンの両手足に目線を落とす。リンリンは腕に肘の手前ほどの長さの金属製のガントレット、同様に膝ほどまである金属製の装甲を脚に身にまとっていた。


「ん? ああ、これカ? どうネ? とっても強そうネ?」


 リンリンはその場で、軽くパンチ、キックをしてみせる。その動きはまったくもって装備の重みを感じさせなかった。


「ええ……確かに強そうね(これがリンリンちゃんの装備かしら?……当たったらすごく痛そうね)」


「アハハ! まあ、練習用だから破壊力は全然ないんだけど……これだったら焔の剣にも対応できるネ」


「……リンリンちゃん」


 リンリンは先ほどの明るい表情から打って変わり、真剣なトーンで話始める。


「あたし、あんなに自分の攻撃が通用しないのは初めてだったネ……だから、ちょっと悔しいネ。サイモンもおそらく同じ気持ちネ」


「まあ……悔しいことに」


 先ほどまで泡を吹いて倒れていたはずのサイモンだったが、いつの間にか復活し、皆から顔を隠すようにして短く言葉を紡いだ。少し、重苦しい空気が流れる3人の間にリンリンがある提案をする。


「でも、あたしどうしても焔に一撃くわえたいネ! だから、今度は1人じゃなくて、3人で……35班の3人で焔に挑戦するネ!」


「え!? 3人はいくらなんでも……」


 その提案に一回は躊躇するコーネリア。だが、さっきの2人の戦いを見て、さっき焔と少し剣を交えてみたことで、コーネリア自身でも薄々気付いていた。焔に1人で挑んだとしても2人のような結末が待っているんだということを。


「わかったわ。こんなこと本当はやりたくないけど、仕方ないわね……やりましょう!」


「おー! コーネリアちゃん!」


 ダメかと思っていたコーネリアの了解を得ることができ、パッと明るい表情に戻る。そして、サイモンもニヤリと笑い、両手を挙げ、勢いよく槍を回す。


「よし! こっからは汚名返上といこうかな!……レンジ!」


 焔の名前を叫ぶと、サイモンは強く槍を地面に突き立てる。


「我々、35班……一度にお相手、お願いしても……いいかな?」


 その問いに焔は黙ったまま顔を下に向けていた。


「これは流石に……」


「焔でも勝てないね」


 茜音が口から出そうになった言葉をハクがきっぱりと言い放つ。その言葉を聞き、改めて茜音も焔の勝利が薄いことを確信する。


「シンはどう見る?」


 ハクは長年焔を見ていたシンに意見を伺う。だが、シンも、


「まあ、そら十中八九勝てないだろうね。前に多人数戦闘をした時はかなりの数相手にも無傷で勝利したけど、あの3人はレベルが違いすぎる。いくら防ぐのが得意だと言っても、3人の猛攻を防ぎ続けるほどの力は流石に持ち合わせていないし、そんなことは焔もわかってるだろうさ」


「てことは……この提案、流石の焔も乗らないってことか」


 シンの説明で納得したようにハクが結論を出すが、シンはその答えを聞きニヤリと笑う。


「まあ、普通だったら、自分の実力に見合わない挑戦は受けないのが道理なんだろうけど、焔はけっこう強がりだからね。ましてや、初めての火傷しそうなほどの熱々のシチュエーションなんだ……燃えないわけないよな、焔?」


 シンの呼びかけに応えるように焔はゆっくりと顔を上げた。


「……上等」


 そう言って、焔は冷たくも、今までで最も威圧感を感じる……そんな目つきで3人の姿を捉えた。


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