第63話 会長

 3月も残りあとわずかとなり、いよいよ今日は卒業式である。卒業と言っても、俺が卒業するわけではなく、3年の先輩方の卒業式だ。俺は特に部活とか入っていなかったから、3年生に知り合いはほとんどいない。でも、ただ1人だけ滅茶苦茶に騒がしい人がいるけど。


 焔は体育館の後ろ側、在学生席に座りながら、ちゃちゃかしい先輩のことを思い浮かべる。思えば、たったの1年でとても記憶に残った人だったなぁと焔もしみじみと思う。焔もいつもはこんなことは考えないが、そうさせてしまうものが卒業式と言うものにはある。


 いや、卒業式と言うよりもある人物にあるのだが、そのことに焔は気付くことはなかった。


 その後、式は順調に進み、副会長、つまり現会長の緊張に満ちた、でも心のこもった送辞が終わり、前会長の答辞が始まった。


 舞台に上がり、演台の前に立つと答辞の準備をし、マイクを整えた。少しの間を置くと静けさの中、短く息の吸う音とともに、答辞は始まった。


「冬の寒さも和らぎ、春の温かさを感じられるようになってきたこの日、私たち3年は無事、卒業式を迎えることが出来ました。本日はご多忙の中、ご来賓の皆様・保護者の皆様、また校長先生をはじめ、日々私たちを支えてくださった先生方、このような素晴らしい卒業式を挙げて頂きありがとうございます。卒業生一同、心よりお礼申し上げます」


 ここまで言うと、会長(前会長)は一度お辞儀をし、手に持っている原稿を確認すると、再び前を向いて話し始める。


「この学校で過ごした3年間、本当にたくさんのことがありました。ですが、やはり最後のこの1年が私にとって一番記憶に残るものだったと感じています。私はこの約1年間、生徒会長に立候補し、就任しました。何で立候補したのかは選挙演説で話したと思いますが、よりこの学校を楽しく、そして面白いものにしたいという思いで生徒会長になりました。しかし、会長になったのは初めてのことだったので、とても不安でした。更に、生徒会の役職は会長・副会長しかありませんでした。その副会長が1年生で、少し頼りなさそうなのも私を不安にさせる材料の1つでした。」


 そう、きっぱり言い切る会長に緊張が張り詰めていた卒業生、そして、また在校生も吹き出し、会場は一瞬、笑いで包まれる。一方、その中で1人だけその言葉を聞き、今にも泣きだしそうにしてた。


「……会長~」


 副会長(現会長)は会長の本音に情けない声を出し、下を向きうなだれてしまった。だが、笑いが止むと、笑顔で会長は、


「ですが、彼は1年生ながらにして立派に働いてくれました。少し、不器用なところはありましたが、とても真面目な申し分ない副会長でした。彼は私の自慢の後輩です」


「会長ー!!」


 この言葉を聞き、半泣きだった副会長は涙腺が崩壊し、大号泣し始めた。その様子を見て、クスっと会長は笑うと、再び言葉を続けた。


「私が会長に就任してから、大きなイベント事が2つありました。1つ目は体育祭、そして2つ目は文化祭です。私はこれらのイベントを例年よりももっと楽しく、面白いものにしたかったので、体育祭では面白い企画を考えたり、ずっと実況をして盛り上げたり、文化祭では、どうにか学校と交渉して、今までの堅苦しいルールを取っ払い、もっと自由度を高めたより楽しいイベントを実施することができました。私は今年度の体育祭、文化祭は今までの高校生活の中で最も楽しいイベントだったと自負しておりますが……皆さんはいかがだったでしょうか?」


 突然の問いかけに卒業生・在校生一同、一瞬キョトンとしていたが、すぐさま拍手の嵐が巻き起こった。


「この3年間で一番楽しかったぞー!!」

「最高でしたー!!」

「あんたが会長で本当に良かったよ!!」

「結婚してくれー!!」


 拍手とともに無数の会長を称える声が会場を埋め尽くした。会長もこれは予想外だったようで、一瞬驚くが、すぐに笑顔になり、深々とお辞儀をする。


「ありがとうございます!」


 そう会長が声をかけると、徐々に声は止んでいき、再び会場に静けさが戻ると、会長は口を開いた。


「私はこの2つのイベントが大成功に終わったのには3つの理由があると考えています。1つ目はもちろん、私たち生徒会の力だと思います。いえ、断言できます。私たち生徒会がいなければ、成功しなかったと」


 自身溢れる様子で言い切った会長に、その場にいた生徒たちもほとんど全員が首を縦に振り、納得していた。


「そして、2つ目は……ある1人の生徒の力が大いに関係していると思います」


 そう言い切った後、一瞬遠くの方に目をやり、クスっと会長は笑った。


「その生徒は体育祭での私の無茶苦茶な実況に合わせるかのように見事に事を進め、会場を沸かせ、最後のリレーでは会場のボルテージをマックスまで上げ、体育祭を盛り上げるのにとても貢献してくれました。文化祭では、私の考えた無茶な企画に嫌な顔1つせず、引き受けてくれました。そのおかげで、ちびっこたち、小学生、中学生、それからその親御さんや、地域の人たち、たくさんの集客に尽力してくれ、またその多くを楽しませてくれました。この生徒がいなければ、こんなにもイベントは盛り上がらなかったのではないかと私は思っています。本当にありがとう」


 会長が深々とお辞儀をしたのを見て、1人の生徒は困り果てたように手で頭を掻いていた。


(まったく、あの会長は……はぁ……どういたしまして)


 心の中で照れ臭そうに言葉を返すと、その言葉をさも聞いていたかのように、会長はニコッと笑うと、続ける。


「そして3つ目は……皆さんです」


 この言葉を聞き、会場は静けさを保ったままだったが、生徒の顔には疑問の様子がうかがえた。


「正直、この3つ目が一番大事だと私は思っています。どれだけ私が盛り上がるような企画を立てようが、努力をしようが、皆さんが盛り上がらないとそれは意味がありません。ですが、皆さんは私のタジタジの実況を暖かく見守ってくださり、意味不明な言葉も何だそれはと笑い飛ばしてくれた。文化祭だって、私が指示をしなくとも、皆さんが率先して行動し、よりいいものを作ろうとしてくれた。私だけがどれだけ熱量を上げようと、皆さんの熱量が伴わなければ絶対にいいものは作れません。ですが、皆さんは私と同じ熱量でついてきてくれました。これは中々できることではありません。皆さん一人ひとりがイベントを盛り上げようと、そして良い雰囲気を保つよう心がけてくれたから、この2つのイベントは大大大成功に終わったのだと思っています。私は誇りに思います。このような生徒の人たちと一緒に過ごせたことを、そして、これは今後の私の人生で絶対に糧になります。皆さんのおかげで、私は自信をつけることが出来ました。これから人の上に立つとき、必ずこのことを思い出すでしょう。会長として経験したこと、そして皆さんから貰ったこの気持ちを糧にして、これからの人生を歩んで行きたいと思います。皆さんのような素晴らしい方々と共に過ごせたことを誇りに思っています……それでは、皆々様の益々のご活躍を心からお祈りし、答辞とさせていただきます。卒業生代表、福本鈴音」


 答辞が終わり、しばらくの間、静寂がその場を支配するが、その拘束を解くように一気に拍手の音が押し寄せる。みんなその後は特に会長に声をかけることなどはしなかったし、歓声などはなかった。だが、その顔は自信に満ち溢れ、自分自身を誇っているように見て取れた。


 そんな中、焔だけは大きく感嘆の息をもらす。


(いやはや、ずる賢い会長だ。最後の最後に好感度ぶち上げやがって)


 とは、心の中で思ってはいたものの、実際には本当にすごい人だと感じている焔であった。


 そうして、卒業式は無事に終了した。



―――ガラガラ


「おー!! 来てやったぞ副会長!!」


 副会長に生徒会室に呼び出された会長は勢いよく扉を開け、中に入ると、


「あ、どうも」


「ッ……!! え!? 焔!? 何で?」


 その中には副会長だけでなく、焔も一緒にいたのだった。


「いや、僕が呼んだんですよ。最後に会長送迎会みたいなのを開くから一緒に来ませんかって」


「あ、そ、そうだったのか……って、送迎会!?」


「はい! 会長には本当にお世話になったので」


「お、お前……」


 会長は今にも泣きそうになっていた。


「まったくもって、良い後輩に恵まれたな、会長」


 そう、焔が笑顔で問いかけると、会長はブレザーの袖で目元を拭い、


「そうみたいだな!!」


 と、笑顔で答えた。


「さ!! 今日は食いまくるぞ!!」


「はい!!」


 テーブルには所狭しと、ピザやら寿司、チキン、ケーキ、お菓子など色んなものが並べられており、3人は好きなものを手に取り、この1年間のこと、しょうもないことや他愛もないことなど色んなことを笑いながら話した。


 そして、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。もう日が傾いてきたころ、焔が会長に話しかける。


「そういや、会長って、何学部に行くんですか?」


「……私は心理学を学ぶつもりだ」


「へー、心理学ですか」


「そうだ。心理学をマスターした後、絶対にお前の心を掌握して、私の虜にしてやる……そ、そんときは!! 覚悟しとけよ焔!!」


 急に恥ずかしくなったのか、最後に頬を赤らめ、勢い任せで宣言する会長。一瞬、驚きを示す焔だったが、すぐさまニヤッとし、


「会長が俺を? ハハッ……そんじゃ、もしそん時が来たら……正々堂々相手になりますよ」


「ッ……!! 言ったな!! 絶対だからな!! お、おま!! 絶対だぞ!!」


 軽くあしらわれてしまうと思っていた会長は、焔の思いもよらぬ言葉に鼻息を荒立て、テーブル越しに焔に詰め寄る。


「ええ、そん時がくればね」


 その言葉を聞き、会長は力が抜けたようにソファーにもたれかかり、嬉しそうな顔をしながら、ブツブツ独り言を呟き、そして、そのやり取りを見た副会長は泣きながらサイレント拍手をしていた。焔はジュースに手を伸ばし、そのまま喉へ流し込む。その最中、何かを思い出したのか、飲み終わるとおもむろに制服のポケットに手を入れる。


「そういや会長……はいこれ」


 焔は片手に収まるほどの小包を会長の前に差し出す。


「ん? 焔、それって……」


「俺からの卒業祝いって感じですかね」


「え!? 焔が……私に?」


「そうですね」


「マジで!? ヤッター!! ありがとな焔!!」


「どういたしまして」


 小包を受け取ると、会長は嬉しそうに小包を眺めながら足をバタバタ動かし始めた。しばらく眺めると、


「焔! 開けてもいいか?」


「いいですけど、そんな大層なもんじゃないですよ」


「良いの良いの、別に物にはそんなに期待してないから」


「あっ、そうすか」


「ぼ、僕も見てもいいですか!? 焔さん」


「お好きにどうぞ」


 会長の言葉に少しだけふて腐れてしまった焔は残った食べ物をパクパク食べ始めた。そんな焔とは対照的に副会長は小走りで会長が座っているソファーの後ろに回り込み、それを確認した会長はゆっくり小包を開け、中のものを自分の掌に出す。その中身の品を見た副会長は表情を曇らせる。


「こ、これは……」


「……何か文句でもあんの?」


「ヒッ! い、いえ何でもないです」


『女の子への渡し物としてはセンスが……』なんてことは口が裂けても言えるはずもない副会長、そこで会長の様子を伺おうと目を移す。だが、当の会長は掌をジッと見たままで、何も言わないし、どんな表情をしているかもわからなかった。


 しばらくすると、手をギュッと握り、焔の方へ顔を向ける。


「やっぱり焔は面白いやつだな」


「それってどういう意味でですか?」


「そのままの意味さ。私はけっこう好きだぜ、これ。あっち行ったら早速使わせてもらうかな」


「ご自由にどうぞ」


「それじゃあ、使わせてもらうぜ。さーて……何に付けようかな、フフッ」


 嬉しそうな顔を見て、焔もまた同じように頬を緩めた。



―――それから、会長への送迎会はお開きになり、3人は帰路につく。夕日が差し込む中、校門を通り過ぎようとした時、副会長が記念写真を撮ろうと提案する。


「名案だ副会長よ」


「そうだな、撮るか。それじゃ、先生か誰かに撮って……」


「あっ!! 僕は良いので、お二人の写真を……」


「え? お前はそれでいいのか?」


「はい! 会長との写真はもう僕は何枚もありますし、焔さんとはもう1年一緒にいられますし」


「ふーん……会長もそれでオッケー?」


「え? 私は……」


 少し動揺を見せる会長だったが、副会長から笑顔でうなずく様子から何かを察し、


「ああ!! そうだな!! 副会長との思い出はたくさんあるしな!!」



―――「取りますよー! はい! チーズ!」


 カシャ


 校門をバックに2人は1枚、普通に写真を撮るが、どうも納得いかなかったのか、しばらく考え込む仕草を見せる会長。すると、何かを思いついたのか焔に向かって話を振る。


「おい焔! 文化祭の時、私にやったあれをやれ!」


「は? 文化祭の時、私にやったあれ……え? あれですか? 何で今……」


「そっちのほうがもっと面白い写真が撮れるだろ。さ! 会長命令だ!! 今すぐやれ!!」


「会長命令ねー。そりゃ、逆らえねーわ。そんじゃ……よっこいしょ!」


「わお……よっしゃ! 副会長! もう一回撮ってくれー!」


「それじゃ、取りますよー! はい! チーズ!」


 カシャ



―――「んー……こんなもんでいっかな」


 姿見を見ながら髪やら服をいじり終わると、スマホで時間を確認する。


「ヤバッ!! もうこんな時間!!」


 ベッドに置かれていたリュックを背負うと小走りで玄関に向かい、すぐさま靴を履き終えると、ドアの取っ手に手をかける。その時、何かを思い出したように、横の玄関棚に目を向ける。


 そこにはある写真が飾られていた。


 ある少女がある少年にお姫様抱っこをされている写真だった。その少女はカメラに向かってピースをし、満面の笑みを浮かべ、また、その少年もカメラに向かって笑顔を向けていた。


「……よし!」


 小さな声ではあったが、ハッキリと口にし、ドアの取っ手を回す。そして、ある少女は走り出す。


『会長』という文字が書かれたストラップを揺らしながら、今日も笑顔で大学へと。


 また、ある少年も走り出す。


『師』という大きな壁に少しでも傷跡を残すためにと。


 

 

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