第61話 2.14 乙女たちの交錯(中編)

「大丈夫か焔?」


 机の上でうつぶせになっている焔に、龍二は一応心配そうに話しかける。


「登校早々散々な目にあったぜ全く」


「ところでお前あんな綺麗な人とどうやって知り合ったんだ?」


 この何気なくした龍二の質問に先ほどまで騒がしく話していた男子たちの動きがピタッと止まる。


(ナイスだ龍二!!)


(あのチビの焔でもできたんだ!!)


(カラクリさえわかれば俺たちだって!!)


「ああ、遊園地で彼氏のことを刺し殺そうとしているところを止めた時に何だかんだで連絡しあうようになったってのがきっかけかな」


 ガタ!!


 突如として教室内外で焔の話を聞いていた男子たちがまさに音を立てて崩れ落ちた。


(な……なんじゃそりゃ……!!)


「はあ、もう突っ込む気力すら起こらないな」


「は? どういうこと?」


「お前は分からなくてもいいんだよ」


 そうして、焔と龍二は他愛もないやり取りを続けていると、目の前に絹子が現れた。


「おはよう焔君、龍二君」


「おはよう絹子ちゃん」


「ああ、おはよう」


 挨拶を済ませると、絹子は持っていた紙袋からクッキーの入っている透明袋を取り出す。


「はい、龍二君」


「お!! マジで!! ありがとう絹子ちゃん」


 そして、もう一度紙袋から透明袋を取り出すと、


「はい、焔君」


「あんがと」


 龍二は嬉しそうに貰ったクッキーを見た後、焔の貰ったクッキーを見る。その後、少し固まった後、自分のものと焔がもらったものを何度も見た後、


(え? 俺のやつより焔の方が量多くね?)


 再度確認し、改めて龍二は確信した。


(うん。やっぱり焔の方が多いわ。しかも、種類もあいつの方が多い。俺、プレーンとチョコしかないのに対し、あいつはプレーン、チョコ、イチゴ、抹茶……しかも、ハート形がやけに多い)


 チラッと絹子のことを確認する龍二。絹子の顔は特にいつもと変りなかったが、


(なるほど。顔には出してないが、挙動や視線からもう丸わかりだな。それに気づかないこいつもどうかと思うがな)


 そんなことに全く気付く様子がなく、普通に絹子と話す焔に、少々龍二は煩わしい気持ちになる。それと同時に、こんな気持ちになる人物がもう1人いることを思い出し、その人物に目線を向ける。


 すると、龍二は額に手をやりめんどくさそうにため息を漏らした。龍二の目線の先には、紙袋を大事そうに抱え、目を泳がせながら、明らかにそわそわしている少女がいた。


(はあ、見てられないな……仕方ない、助け舟でも出してやるか)



―――(ど、どうしよう!! 持ってきたはいいものの……どのタイミングで渡せばいいか全然わからない!! はあ……これならいつものように―――)


トントン


「ヒッ!!」


 不意に肩を叩かれた綾香は情けない声を上げた後、バッと後ろに顔を向け、安堵のため息をつく。


「あっ、何だ龍二かー」


「よっ。急に変な声出すからこっちもビビったぜ。で、何をソワソワしてるのかね綾香さんは?」


「い、いや別にソワソワなんか……」


 素直にならない綾香にやれやれとため息をつく龍二。


「そんじゃ、その紙袋何?」


「え、こ、これはー……チョコレートですけど!! 何か!?」


「焔にはもう渡したのか?」


「まだですけど!!……あっ」


 口を滑らせた綾香はすぐに両手で口元を覆い、恐る恐る龍二の方に目を向ける。すると、


 ニタァ……


 何とも馬鹿にしたような笑みを浮かべており、綾香の顔は見る見るうちに赤くなる。


「龍二……あんたいい趣味してるわね」


「そうなんだよ。俺っていい趣味してんのよほんと」


 否定しない龍二に益々腹を立てる綾香。その顔を見てひとしきり笑った龍二はこれまでとは違い、普通のトーンで話し始めた。


「こういうのは早めに渡しといたほうがいいと思うぞ。というか、何をそんなに恥ずかしがってんの? 毎年焔にチョコ作ってんじゃないの?」


「作ってるは作ってるけど……いざ、渡そうと思うと……その……何と言いますか……」


 いつまでももじもじしている綾香に、さてどうしたものかと龍二が思考を凝らしていると、急に何かを思い出したように紙袋の中身をゴソゴソ探る綾香。


「はい、龍二。忘れないうちに渡しとくね。義理チョコ」


「義理チョコね~。そりゃ、ご丁寧にどうも」


 チョコを受け取る際、ピタッと動きが止まる。


「ん? どうしたの龍二?」


「あ!! 俺と焔両方同時に渡せば、焔にも普通にチョコ渡せるんじゃないか?」


「……あ」



―――昼休み、昼ご飯を食べ終わり、焔と龍二は他愛もない話をしながら、焔はスマホをいじり、龍二は購買で買ってきたおやつのパンを食べていた。そんな2人の元に、


「やあやあ、お二人さん!! 相変わらず仲がいいねー!!」


「ん? 綾香か。なんかテンションおかしくないか?」


 いつもと様子が違う綾香に率直に尋ねる焔。


「え、そ、そんなことないよ!!」


「そうかー?」


 不審な目を向ける焔に困惑の表情を浮かべる綾香だったが、それに気づいた龍二がすかさず、


「ま、まあそんな時もあるだろ……で、何か俺たちに用事でもあるのか?」


 この言葉をきっかけに我に返った綾香は思い出したかのように持っていた紙袋の中をあさり始めた。


「あ、そうそう。今日はバレンタインデーだからチョコ作ってきたんだ。はい龍二」


「こりゃ親切にどうも」


「そして……」


 綾香がもう一つ紙袋から取り出したものは龍二に渡したものとは違い、綺麗にラッピングされた箱型のものだった。


(うん、だと思った)


 心の中でツッコミを終えた龍二だったが、横にいるはずであろう焔の反応を伺うため振り向くと、そのまま固まってしまった。


「はい焔……え?」


 チョコを差し出した先にいたのは焔ではなく、なぜか銀次だった。突然のことで龍二と綾香はその場で固まってしまったが、それは銀次も同じであった。


 おそらくこういう事をされるのは初めてだったのだろう。


「ドゥヒッ! わ、私でございましょうか!?」


 とても気持ちの悪い照れ方を披露した銀次は続けて、


「そ、それじゃあ、遠慮なく……」


 その後、遠慮しがちに、そして鼻の下を伸ばしながら嬉しそうにチョコに手を伸ばす銀次だったが、そこにあったはずのチョコがなく空振りしてしまい、


「あれ?」


 銀次は困惑の表情を浮かべつつ、綾香の方に顔を向けると、


「あんたじゃないよっ!!」


 バチン!!


「すんません!!」


 少々強めのツッコミを頬に貰った銀次でした。



―――「ごめん銀次君!! つい感情が高ぶっちゃって」


「あ、もういいよ」


「うんうん。確かにあの顔は腹が立ったからなあ。殴っちまうのも無理ないって綾香」


「やっぱり龍二もそう思った? あの顔見たら何か無性に殴りたくなっちゃって……はっ!!」


 思わぬ発言をしてしまい、綾香は咄嗟に口を押さえ、恐る恐る銀次の方に顔をやると、


「どうせ……どうせ俺なんか……」


 銀次はブツブツと小言を言いながらいじけてしまい、綾香は銀次を慰めつつ、強く龍二を睨みつける。笑っていた龍二もその視線に気づき、すぐさま綾香のフォローに入る。綾香の余っていたチョコを上げることで何とか機嫌を直してもらった。


「そんで、何で銀次がここにいて、焔がいねえんだ?」


 嬉しそうにチョコを眺める銀次に早速龍二が話題を切り出す。


「ん? ああ、俺はただ単に焔の近くにいれば、何かチョコ貰えそうな感じがしたから来たんだけど、あいつ誰かと電話してて慌てて出てくもんだから、来るまで待とうかなと席に座ってたら……まあ、こんなことに」


 再びキモ笑いを始めた銀次は差し置いて、龍二と綾香は顔を見合せ、思い当たる人物がいないか話し始めたが、とうとう結論を出すことが出来ぬまま、昼休みも終わりに近づいていた時だった。


 教室のドアがガラガラっと開いたと思ったら、そこには少々くたびれた様子の焔の姿があった。



 

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