第46話 ドッジボール!?

 焔は先ほどと同じようにボールを放つ。だが、その威力は先ほどとはケタ違いだった。胸元にきたボールをガッチリ受け止めたシン。


 更に観客の興奮は伝播する。実況の2人も例外ではなかった。


「なんだなんだ焔!! さっきとはまるでボールの威力がケタ違いじゃないか!! よっぽどあの猫目の男に片手で取られたのが悔しかったのか!?」


「いやいや会長!! 焔さんもですけど、あの人もとんでもないじゃないですか!! あのボール平然とキャッチしちゃうんですもん!! いったい何者なんですか!?」


「誰かは分からん……が、焔同様化け物じみていることは確かだ」


 会長の声がグラウンドに響く中、シンはその言葉を聞きニヤッと笑った。


(化け物……か。やっぱり皆も……焔君自信もすでに気づいている。彼が常人とは違うステージに立っているということを。焔君、君は常人ではないことは自覚している。だが、その上のステージにはまだ行かせないよ。まだ……ね。そのためにも君には負けることができない。さっきのボール……同じように胸元を狙ってきた。あくまで力での勝負をお望みか……その賭けのった!!)


 

 シンもさっきとは比べ物にならないような威力のボールを焔の胸元へ投げ返す。しっかり抱え込むようにキャッチした焔は一瞬ニヤッと笑った。


 その後、大きく息を吸い込んだ焔。



 サンキューシンさん……行くぞ!!



 そこからはえげつないキャッチボールが始まった。何度か投げ受けを繰り返すうちに外野陣がざわざわしだした。



「なあ、もし焔がボール避けたら俺たち……」

「……ここはもう危険地帯だ。逃げるぞ!!」


 ボールの脅威に気づいた外野陣はもう外野の体をなすことをやめ、ほぼ観客となり替わった。


 十数回キャッチボールを繰り返したのち、焔は一度投げるのをやめた。


 ダメだ。このままじゃ決着はつかない。となれば……隙はでかくなるが……


 焔はコートの一番後ろまで下がり、しっかりとシンに狙いをつける。


(お! これは今までよりもすごいボールがきそうだね。少し用意しとくか)


 シンも焔の様子からさっきよりも強いボールがくると悟り、構えの姿勢を取る。


 グラウンドは静けさに包まれた。そして、焔に注目が集まる。



 フー……よし!!



 焔は勢いよく飛び出した。観客は今まで溜めていた歓声を焔に注いだ。次第に真ん中の線に近づいてきた焔は大きくステップを踏み、ピタッと真ん中の線で止まった。



 助走から得たエネルギー、止まった時の反動、これ全部をボールに……腰を回せ!! 腕を振りぬけ!!

俺の全力を……!!



「行けー!! 焔ー!!」


 サンキュー会長!! 食らえシンさん!!


 焔の手から放たれたそのボールはうなりを上げシンの元に迫っていく。そんなボールに観客の熱気は最高潮になるが、シンだけはフッと笑い、どこか余裕があった。


(良かった。準備しといて)


 ボッ!!


 大きな破裂音のようなものが聞こえたかと思うと、シンの目の前で今まで勢いのあったボールが嘘だったかのようにシンの目の前で浮いていた。


「な、何が起こったんだー!? さっきまでうなりを上げていた焔のボールがその勢力を失い、あの男の前で漂っているぞー!!」


 会長の言葉で更に観客はざわつくが、焔はしっかりと見た。シンが目の前に迫ったボールの側面を同時に伸ばした手で強い衝撃を与えた途端、ボールの勢いを失くしたのを。


 あの技は……まさか鳴瞑止酔めいめいしすい!!


 一度だけあの技を受けたことがある。本来は両肩に垂直に同等の強い衝撃を与えることで、力が抜けてしまい、一瞬酔ったような感じになる。技のことを理解していないと、何が起こったか分からずそのまま倒れてしまうらしい。俺も倒れてしまった。まさか、こんな応用の仕方があるなんて。


(さあ、気を抜いている場合じゃないよ焔君。ここで畳みかける!!)


 シンは右足を後ろにズザーっとずらし、焔に照準を合わせるように左手を伸ばすのと同時に、右手を掌底の形でわきの下まで引く。


 その姿を見た焔は見る見るうちに顔を歪ませていく。



 やばいやばい!! 早く体勢を……



合点衝突がてんしょうとつ


 シンは小さく呟くとボールに掌底を食らわせ、強い衝撃を与える。ボールは無回転のまま、まだ体勢の整っていない焔に向かって飛んでいく。



 どうする!? まず受けるのは無理だ。避けるか!? いや、それはダメだ。真っ向勝負から逃げることになる。だったら……!!



 焔にボールが直撃すると思った瞬間、焔の左拳はボールの真下を捉えていた。


「いっけー!!」


 そのまま焔は左拳を突き上げる。ボールは大きく打ちあがった。



 クソ!! 勢いに負けた。少し後ろにボールがそれた。だが、十分だ。



 焔は素早く後ろに下がった。ボールの様子をジーっと見ていた。そんな焔の行動にもう一度構える。


(さあ、次は何を見せてくれるのかな? ま、絶対に止めて見せるけどね)


 ボールが最高点に到達したとき、焔はクラウチングスタートの構えを取る。観客も何をするのかと焔に注目が集まる。


「何だなんだ!? これはドッジボールだよな!! 何をしようと言うんだ焔よ!!」



 今から見せてやるよ……さて、そろそろだな。借りるぞシンさん!!



 ボールが落ちてくる途中、焔は溜に溜めていた力を一気に放出した。


 一気に加速する焔は落ちてくるボールに勢いよく飛び込む。



 さあ、えぐり込め!! 全力のパンチを!!



 焔は力を溜めていた右拳を全力でボールに打ち込む。それはこれまでの中で一番の速さと威力でシンの元へ向かう。


 流石のシンもこれには苦笑いを浮かべた。


(あ、これは取れない……)


 取れないと悟ったシンは胸元に向かってくるボールに対し、右方向に体をずらした。この行動を見た焔は一気に表情が明るくなった。



 よっしゃー!! これは勝ったとみていいんだよな!? 初めて……シンさんに……!!



 焔は勝利を確信していた。しかし、まだ終わっていはいなかった。シンは体をずらすのと同時に後ろにくるっと回転していた。焔はこのことに特に疑問に思っていなかった、というか気にしていなかったが、シンが一回転し正面を向いた時、焔は絶句した。


 何で……何で……何でシンさんがボールを持ってるんだ!? いつだ!! 回ってる最中にボールを取ったのか!? いや、違う。軌道を変えたのか!? いやいやこれは笑うしかないわ。


(いやー、うまくいって良かった。そんじゃ、己が放ったボールの強さを自身で確かめるんだね。ま、ちょっとだけ俺の力も上乗せするけど!!)


「よいしょー!!」


シンの手元から離れたボールは未だ上空にいる焔の元へ飛んでいく。焔も何とか捕球体制に入るが……


「ぐはっ……!!」


 ボールは焔の腹に直撃。ボールを取ることはできず、焔は後ろに倒れ込む。


 ボールは跳ね返り、シンの足元に転がっていく。ボールはゆっくりと拾い上げると、高々と頭上に掲げると、ビックリして無言だった観客たちが次第に大きな歓声を上げていく。


「決着あり―!! 勝者は謎の猫目男だー!! いやはや、私としたことがあまりのレベルの高さに黙って見入ってしまった。焔の強さも次元を超えていたが、あの男は更にそれを上回っていたー!! というか何!? 最後のやつ!? 訳が分からなかったんだけど!? てかそもそもドッジボールだよね!?」


 グラウンド、実況が大盛り上がりの中、龍二と綾香は苦笑いを浮かべていた。


「いやいや、焔の師匠ヤバすぎだろ……お手並み拝見とか言ってた自分が恥ずかしいぜ」


「確かに……でも、安心だよね」


「……だな(いい師匠を見つけたな、焔)」


熱気に包まれているグラウンドで、シンはゆっくりと倒れている焔の元へ歩いて行った。


「中々いいボールだったよ、焔君」


 そう言って、手を差し伸べるシンに焔は素直に手を借りる。


「どうだか。まんまとしてやられたって感じですけどね」


 負けた焔も決して悔しそうな表情は浮かべてはいなかった。むしろ、清々しかった。


「ま、早々に壁は超えられませんね」


「そういうこと。これを機にもっともっと自分を磨くんだね」


「……当然」


 焔とシンはお互いの手をガッチリと握りあった。



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