第37話 MVP選手

 音楽がかかり、全員の声援も大きくなる。


 第一走者は蓮と言うこともあり、1着で次の走者にバトンを渡す。走り終わった蓮もすぐに応援に回る。


 流石、こういう時だけはスポーツマンなんだな。


 蓮が1着で渡したバトンも虚しく、じわじわと他3組に追いつめられる。龍二にバトンが渡った時、一気に3組に抜かれてしまう。


 だが、龍二はこれまででけっこう体を酷使していたから仕方ない。


 それからはずっとビリだったが、俺たちのクラスは後半に運動神経良い組を残していたから段々とその差を縮めていく。


 そして、とうとうラスト3組で僅差ではあったがようやく1位に躍り出る。


 俺たちの応援にも熱がこもる。


 順位は1位のまま綾香にバトンが渡る……はずだった。


 バトンミス。更にはそのことで焦ってしまったんだろう。助走をとっていた綾香が立ち止まってしまい、前の走者とぶつかりこけてしまった。その瞬間、焔たちのクラスから大きなため息が漏れる。


 すぐさま、落ちてしまったバトンを拾い上げ走り出す綾香だったが、その差は歴然だった。


 焔は自動的にレーンの一番外側に回る。次々と走り出すアンカーをしり目に焔はバトンが受け取れる一番手前まで下がり、綾香が来るのを待つ。


(やばい!! 最悪だ!! 私のせいで……私がバトンを受け取るミスったから……このままじゃ……このままじゃ……)


 焦る綾香だったが、何かを思い立ったように焔の顔を見る。


 焔の顔はあまり見えなかったが、何か言っているのはわかった。言い終わった後、焔はニヤッと笑い前を向く。


 "大丈夫"


 さっきまで焦っていた顔の綾香だったが、焔の言葉を聞き……いや、正確には聞いていないが……ともかく嘘のように表情が晴れやかになった。


 そして、体育祭を離れていた所からシンもその様子を見ていた。


「さあ、フィナーレだ。最後は派手に決めろよ……青蓮寺焔!!」


 

 しっかり前を見据えた焔に対し、今度はちゃんと綾香はバトンを渡す。


 大丈夫だ綾香。このため息、全部歓声に変えてやるよ!!


「行けー!! 焔ー!!」


 会長の声が会場に響く。


 サンキュー会長。最高のアシストだ!!


 その言葉をきっかけに焔は一気に加速する。見る見るうちに速度を上げていく。


 焔の速度が上がるにつれ、会場も一気にボルテージを上げた。


 アンカーは全員陸上部の短距離走者だったが、その差をぐんぐんと縮めていく。アンカーは1週、つまり200メートルを走り切らなければならない。普通は体力を持たすために序盤は全力で走らない。もしくは序盤に全力を出し、後半失速するかのいずれかだ。


 だが、焔違った。最初から最後まで全力で走り切る体力があった。


 1人抜かし、また1人と抜かしていった。


「焔ー!! いけいけー!! 後1人じゃー!!」


 やばいな。後1人なのはわかってる。わかってるけど、このままじゃ俺がゴールに届く手前で逃げ切られる。


 これは無理……なわけねーだろ!! こんぐらいの逆境跳ね返せないで何がヒーローになるだ!? 


 過去の自分と諦めは置いてきただろ!! だったらあがけ!! 出し切れ!!


「うぉぉおおおおお!!」


 更に加速する焔。そして、最後の最後にラストのアンカーと並んだ。


「さあ!! 最初にゴールテープを切るのはどっちだ!?」



 パン!!



「オォオオオオ!!」


 今日一番の歓声だった。



 閉会式



 ―――「えー、ではこれより順位発表に参りたいと思います。会長よろしくお願いします」


 副会長がこう言うと、会長は朝礼台の上に乗ぼる。


「では、これより順位の発表を行いたいと思います。4位白組、3位青組、2位黄組、1位赤組!!」


 赤組、つまり1組からは大きな歓声が聞こえてきた。


 そして、赤組の代表が会長から賞状をもらった。それが終わると、もう一度副会長がしゃべりだす。


「えー、次に今回の体育祭で一番得点が多かったクラス、つまりグランプリの発表に参りたいと思います。会長よろしくお願いします」


「えー、ごほん。今回のグランプリは……2年1組だー!! おめでとう!!」


 焔たちのクラスからは大きな歓声が上がる。それから委員長が前まで行き、トロフィーと賞状をもらってくる。グランプリだけにはトロフィーがある。


 戻って来るや否や、焔のクラスではトロフィーの回しあいが始まった。ざわざわしている中、会長が最後の締めを行った。


「いやー今回の体育祭面白かったですかー!?」


「イエーイ!!」


「そう思ってもらって本当に良かったです。私も少々テンションが上がってしまいました」


 少々って程じゃないと思うがな。


「そこで今回、特例ではあるがMVP選手賞というものを作ってみた」


 会場がざわつく。初めて聞いた賞だからだ。


「MVP選手賞とは、今回の体育祭を盛り上げ、大いに会場を沸かせた選手に贈りたいと思う。私の独断ではあるが、きっと皆も納得してくれるだろう。その選手の名は……青蓮寺焔!! さあ、前に来い」


 会場の皆が一気に焔に注目する。最初はためらっていた焔だったが、クラスの皆、龍二や、綾香、絹子の後押しもあり、照れながら壇上の前に向かう。


 会長も壇上から降りてきて、副会長から賞状を貰い焔の前に立つ。


「いやー青蓮寺焔君。見事だったよ。君のおかげで体育祭は大盛況のまま終えることができたよ」


「そりゃどうも。というか会長、さっきまでの雰囲気とだいぶ違いますね。さっきまで俺呼び捨てで呼ばれてたのに」


「ハハハハ!! ついついイベント事には熱が入ってしまうのでな。では、改めて……青蓮寺焔、君を今回の体育祭のMVP選手として表彰したいと思う。おめでとう!!」


「ありがとうございます」


 会長から両手で賞状を受け取る焔。受け取り、礼をした瞬間、会場からは大きな拍手が焔に押し寄せる。振り返ると、そこに嫌な表情をしている生徒は1人もいなかった。


「楽しかったぜ焔!!」

「マジでお前のおかげで盛り上がったわ!!」

「最後のリレーは痺れたぜ!!」

「お疲れ焔君!!」



 ああ、体育祭ってこんなに楽しいイベント事だったんだ。全力出してよかった。本気でやってよかった。


 

 その後、焔のクラスにはトロフィーと写真が飾られた。


 

 写真には小さな男が真ん中でトロフィーを高々と掲げていた。




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