八.はんなりしてない官房長
翌日、俺たち三人と助手もとい神官さんは、施薬院を出て島の山側に向かった。そこには山腹から山頂まで神殿が立ち並んでいる。
この山を登るのかとうんざりしかけたが、官房は山の入り口、少し脇に入った所で安心した。
建物は日本だったら豪邸くらい、町役場としては小さすぎるだろうっていう程度だ。ただその前に広がる芝生は建物と同じくらいの面積があって、そこに様々な人々がひしめいていた。
皮の服を着た職人、色とりどりに着飾った芸人、ジーナみたいな紺色の服を着たのは衛士か。中高年が多い所を見ると、各業界のお偉方が陳情に来てるんだようだ。官房長の権力が良く分かる。
人ごみをかき分けた俺たち。神官さんが受付の女性(黒髪を結い上げた、キリっとした人だ)に説明すると、彼女は俺たちのそのまま通るように促す。
たちまち人混みから不満の声が上がるが、彼女が強い声で「先約です!」と宣言し、その両脇に二メートルくらいありそうなマッチョマン達が腕組みをして立つと、庭はたちまち静まった。
俺は、この人たちが俺の顔を覚えていませんようにと願って奥に進んだ。
官房長の部屋は、建物の真ん中あたりにあった。当たり前か。
その役職名から、なんとなく円卓か長方形に並べられたテーブルについてお話させていただく、というイメージだったが、そんな事はなかった。
椅子に腰かけてテーブルに向かっているのはその官房長閣下だけ。俺たちは皆そのテーブルの向こう側で、床に敷かれたゴザの上に両膝を着いて頭を下げる立場だった。
時代劇だったらあれだな、『
そしてそこには先客がいた。厳格そうなじいさんと、逞しいおっさんだ。どちらも最前列で、片膝を着いている。
「親方!」
とミーナがじいさんに。
「隊長!」
とジーナがおっさんに。
先客はそれぞれ厳粛な顔でうなずく。なるほど、二人の上司みたいなもんか。
俺たちは二人の後ろに並んで両膝を着いた。
皆が頭を下げると、書類に何やら書き込んでいた官房長閣下が顔を上げた。
「よう来はりましたな」
京言葉だった。俺の認識がそうだってだけだ。アルスの知識でも、どこの言葉かは出てこなかった。でもまあ、そんな雰囲気ではある。
俺は皆に合わせて顔を上げた。
官房長は思ったより若かった。三十台後半くらいか。ややパーマがかった茶色の髪は短め。頭が良さそうで、見かけはわざとらしいくらいに柔和そう。ああ、これアニメなら絶対悪役だ。それがレチェン・ダイオイ官房長の第一印象だった。
「時間はありませんさかい。手短にまとめさせてもらいます」
彼は話し始めた。基本的に人の話を聞く気は無いらしい。
ジーナを救った俺への礼。
死んだと思ったが、ジーナの求めで引き取った事。
魔法医療の代金を、俺たちがどう負担するか。
俺が働くとしても、一緒に引き挙げた神装馬の修理代が更にのしかかる事。
「というとこどすな。わたしにとっては丁度ええ揉め事が飛んで入ったもんですよって、これをうまい事利用したろうと悪だくみを巡らしましてな」
これ、笑っていい所なのだろうか。横目で見ると、親方と隊長は困ったような半端な笑いを浮かべている。
「もう一つ、もっと難儀なんは、空賊の忌まわしい人型や。近いうちにまた襲うてくるやろ。そこでや」
身を乗り出した。
「壊れた神装馬と神装鳥を使うて、奴らに勝てる新たな神装機の試作機を開発する。乗るんは無論、衛士ジルナリンと、今んところ無役のアルス(むかつくなこの言い方)。開発の責任者はミラルネや」
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