六.俺がアルスでアルスが俺で

「六年!」

 俺は愕然とした。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。二人と話してくる!」

「馬鹿者! まだ動くな!」

 引き留めるのを振り切って外に出た。

 靴だのサンダルだのを探す時間も惜しかったので裸足だ。包帯や添え木が邪魔だし、体中が痛むけど、無視して走った。


 俺は初めて、ここの街並全体を見た。施薬院もそうだけど、大体は竹と木と藁で組まれている。ぶっちゃけ、思っていたヨーロッパの街並み風のとは違った。どっちかというとアジア風、かな。昔の日本の村とも似てるかもしれない。写真とかでしか見た事無いけど。


 ダッシュして人もまばらな路地を走る。土地勘がないまま二人を探して走り続け、すぐに迷った。

 やっと人通りの多い大通りに出ると、片方の先には山が見えた。そこにはこれも木や竹の神殿が立ち並んでいる。今俺がいるのは、山の麓の平地にできた町らしい。まあ門前町という所か。

 さらに走ると、街並みの端に出た。行きどまった道は木の壁で塞がれている。いかん、引き返そう、と思ったが。

 木の板が一枚、紐が腐って外れかけてた。その隙間から、向こうが見える。俺は思わずそこに近づき、顔を隙間に押し当てて向こうを覗いてしまった。


 ほんの10メートルくらい先が、もう島の端だった。

 その向こうに広がる下界は、大海原だ。風に終われた白波が流れていき、小さな島が通り過ぎる。その周りに見える小さなものは、漁師の舟だろう。


 美しい光景だ。おーっとは思った。が、まあ圧倒されるというほどではないか。修学旅行とかでは飛行機で旅したこともあって、テレビでもネットでも、こういう光景は見た事があるし、きょうびゲームではもっとファンタジックな光景を高精度なグラフィックで見られるからね。いや、今はもう見えないけど。


 と思った時。

(あれ?)

 視界がぼやけ、瞼の裏が熱くなり、それが頬を流れ落ちた。


 俺、泣いてる?

 いや。いやいやいや。そこまで感動してないぞ。自分に言い聞かせるが、涙は止まらない。


 そうか。

 この体は、アルスのものだ。脳も含めて。どういうふうに俺の意識が脳に宿っているかは分からないが、アルスの記憶が残っているという事は、どこかその人格も残っているんだろう。

 アルスは、こんな高さから海を見下ろしたことがない。もちろん、写真もテレビもない世界だ。そりゃあ、感動するだろう。



「わっ」

 背中をどんと押された。

「うおああっ!」

 飛び上がって振り向くと、ジーナが立っていた。

「なんや、ビビりすぎとー」

「なんだよ。脅かすな!」

「あれ? 泣いとっと?」

 俺は慌てて顔を乱暴にこすった。

「泣いてねえし。風でゴミが目に入っただけだし」

「うわ、子供んごたる」

「お前達を探してたんだよ。支払いの事でさ」

 俺が言うと、ジーナは神妙になった。

「うん。ナドレ様から聞いとっと」

「そっか」

「ミーナも近くにおるけん、落ちおうたら戻らん? うちも話をしたか」

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