第23話 魔女ちゃんとおばけちゃん

 おばけちゃんは気ままなおばけ。今日も呑気にふわふわと飛んでいるよ。ある日、おばけちゃんがいつもの日課の散歩をしていると、道端に誰かが倒れているのを見つけたんだ。

 気になったおばけちゃんは、すぐにその人のところに飛んでいったよ。


「大丈夫?」


 おばけちゃんは普通の人には見えないし声も聞こえないんだけど、いつも何かがあると声をかけてしまうんだ。大抵は反応は戻ってこないんだけどね。

 今回も、おばけちゃんはやっちゃったなとすぐに口を手で塞いだよ。


 倒れていたのは、全身を黒でコーディネートしている黒髪長髪のおねーさん。黒いとんがり帽子がよく似合っていて、バタリとうつ伏せになっていたんだ。

 この姿を見たおばけちゃんは、思わずそのイメージをポロッと口にしてしまったよ。


「魔女さん?」

「!?」


 その一言が耳に届いたのか、おねーさんはいきなり起き上がったんだ。そしてすぐに振り返って、おばけちゃんをじいっと見つめて目を輝かせたよ。


「見つけたあー!」

「な、何っ?」


 彼女は速攻でおばけちゃんの体を掴むと、すぐにどこからか取り出した杖を使って空中に円を描いたよ。するとその軌跡で光の円が作られて、おばけちゃん達を包み込んだんだんだ。

 次の瞬間には、どこかの家の部屋の中に2人はいたよ。どうやらさっきのは転移魔法だったみたいだね。


「うわっ、ここどこ?」

「ここは私の家さね。おばけ君」

「僕はおばけちゃんだよ?」

「じゃあ私は魔女ちゃんと呼んでおくれ」


 こうして、おばけちゃんは魔女ちゃんの家に強制招待されたんだ。おばけ歴が割と長いおばけちゃんだけど、魔女と出会ったのは今日が初めて。だから、すぐに彼女の手から飛び出して向かい合うと、周囲を見渡しながら警戒したよ。


「僕、美味しくないよっ!」

「食べないよっ!」


 魔女はちゃんは帽子のつばを抑えて大きなため息を吐き出すと、右手を腰に当てて左手を前に差し出したんだ。


「安心してくれ。君をここに呼んだのは手伝って欲しい事があるからなんだ。危害を加えるつもりはないよ。強制的に連れてきたのは悪かった」

「僕に何を?」

「話が早くて助かる。私には使い魔がいるんだ。黒猫のニャーちゃん。彼女がいなくなってしまってしまってね。一緒に探して欲しいんだ」


 彼女の話を聞いたおばけちゃんは、ニャーちゃんの事が気になってすぐに協力しようと思ったよ。ただ、魔法があるならそれを使ってすぐに探し出せそうな気もしたので、別の理由があるのかも知れないとも考えたんだ。


「魔女ちゃんなら魔法で探し出せるんじゃないの?」

「それがうまく行かないんだよ。で、魔法で探せる人を占ったら、君だと言う答えが導き出されてね。だからお願いだ。私を助けてくれ」

「そ、そう言う事なら……」


 魔女ちゃんにペコリと頭を下げられて、おばけちゃんはニャーちゃんを探す事にしたよ。壁抜けの出来るおばけちゃんは、魔女ちゃんの家を隅から隅まで念入りに探したんだ。

 だけど、それらしい生き物はどこにも見当たらない。確かに猫がいたらしい痕跡はあったんだけど……。


「魔女ちゃん、この家にニャーちゃんはいないよ」

「やっぱりそうか……。じゃあ家の外かも」


 と言う事で、今度は2人で家の周りを探す事にしたんだ。魔女ちゃんの家は魔女の物語のテンプレ通りに森の中にあって、周りには背の高い木々が沢山。この中で一匹の黒猫を探すのは骨が折れそうだね。


「私はこっちを探すから、おばけちゃんはあっちをお願い」

「分かった!」


 2人は手分けしてニャーちゃんを探すよ。北を探すおばけちゃんと、南を探す魔女ちゃん。占いが正しいならニャーちゃんを探し出せるのはおばけちゃんのはずだから、魔女ちゃんがニャーちゃんを見つけ出せたら占いが外れた事になっちゃうね。


「ニャーちゃーん」

「ニャーコー!」


 魔女ちゃんはニャーちゃんをニャーコと呼んでいるみたい。おばけちゃんは木々をすり抜けながらローラー作戦で探してる。一方の魔女ちゃんは、探索魔法を使って魔法の力で探していたよ。

 探索魔法はまぶたを閉じて精神を集中させなくちゃいけない。この時、木の陰からじいっと彼女を見ていた存在があったんだ。


「これを待っていたぜええ!」


 それは全身が真っ黒な悪霊。悪霊は魔女ちゃんに襲いかかる。どうやら探索魔法で出来た隙を狙っていたみたい。このままだと彼女が危ない!

 けれど、悪霊が襲いかかろうとした瞬間、魔女ちゃんの目がパッと見開いたんだ。


「待ってたのはこっちだよ!」

「な、何ィ!」


 彼女は杖も使わずに悪霊に向かって手をかざす。ただそれだけで悪霊は呆気なく浄化されてしまったんだ。


「う、嘘だろ……。この俺様が……」

「あんたは自分を過大評価しすぎたねえ」


 その頃、おばけちゃんは悪霊の気配を感じて急いで魔女ちゃんのところに向かっていたんだ。駆けつけた時にはもう勝負はついた後だったけど。


「あれ? 魔女ちゃん1人?」

「ああ、いいところに来たね。じゃあ一緒について来ておくれ」

「えっ?」


 おばけちゃんは訳が分からなかったけど、彼女の言葉に従ったんだ。どうやら襲ってきた悪霊はニャーちゃんを捕まえた一味の手先で、残留思念を辿ればニャーちゃんのもとに辿り着けるらしいんだって。


「僕必要だったの~?」

「おばけちゃん、今からが本番だよ!」

「どう言う事?」


 魔女ちゃんは質問に答えずにおばけちゃんの手をしっかりと握る。そうして超高速で飛んでいくよ。そのあまりの速さに、おばけちゃんも全然喋る事が出来なかったんだ。

 行き着いた先は大きな洞窟。その奥にニャーちゃんはいるらしい。狭く薄暗い洞窟は必要最低限の明かりが灯っていたんだ。それは人が手を加えている証拠だね。


 洞窟の一番奥は広い空洞になっていて、そこの中央に作られた祭壇っぽい場所に一匹の黒猫が張り付けにされていたよ。祭壇の前には、魔女ちゃんと同じような黒い服を着た人が何かに祈りを捧げていたんだ。

 この光景、ニャーちゃんを生贄にした怪しげな儀式みたいだね。


「見つけたよ!」

「アレ、何やってんの?」

「魔王の魂をニャーちゃんに宿らせようとしているんだ」

「ええーっ!」


 魔女ちゃんの説明に、おばけちゃんは大きく口を開けてオーバーリアクション。魔王がニャーちゃんに宿ったらこの世界に魔王が顕現しちゃう。そうなったらどうなるのかは、おばけちゃんでもすぐに想像がつくよ。

 こんな大変な時だけど、魔女ちゃんはすごく冷静だったんだ。


「でもまた儀式は終わってない。間に合ったよ」

「どうするの?」

「おばけちゃん、君の出番だーっ!」


 彼女はおばけちゃんをむんずと掴むと、ニャーちゃんに向かって思いっきり投げつけたよ。それもメジャーリーガー級の剛速球で。おばけちゃんは投げられながら気を失うほどだったんだ。


「うわああああああーっ」


 多分、その投法には魔法的な力も込められていたんだろうね。おばけちゃんはニャーちゃんにちゃんとぶつかったんだ。そして軽くバウンドしたかと思うと、小さな黒猫の体におばけちゃんは吸い込まれるように飲み込まれたよ。多分使い魔の猫だからこそ、そう言う事が出来たんだろうね。

 ニャーちゃんの体の中は魂の座が空洞になっていて、おばけちゃんはそこにすっぽりとフィットしたんだ。


「え? 僕これからどうしたらいいの?」

「おばけちゃんはそこにずっといてくれればいいよ。私がニャーちゃんの本来の魂を呼び戻すまで」

「何もしなくていいの?」

「その代わり、そこから出ちゃダメだからね」


 魔女ちゃんはそう言って、おばけちゃんに大事な役目を任したよ。おばけちゃんが中にいる限り、ニャーちゃんの体に他のものが宿る事は出来ないみたいだね。それこそが、彼女がおばけちゃんを呼んだ真の理由だったんだ。

 おばけちゃん自身はその事に気付いていなかったけれど、魔女ちゃんからのお願いはしっかり果たそうと気合を入れたよ。


「よーし、がんばるぞい!」


 この一連の出来事はほんの一瞬の出来事だったから、魔王に祈りを捧げていた黒い魔道士服の人は気付いていなかったんだ。

 祈りの儀式はその後も続いて、最後にその人は持っていた杖を頭上に高く掲げたよ。


「今こそ、我が魔王よ姿を表したまえっ!」

「残念、表さないんだなあ」

「だ、誰だ!」

「私はその使い魔の主さ。それ以上の事は知らなくていい」


 振り返った魔道士はそこに現れた魔女ちゃんを目にして、儀式が邪魔された事実を知ったんだ。彼は顔をみるみる邪悪な色に染めて、魔女ちゃんに向かって杖をかざしたよ。


「ゴーストはしくじったか。使えないやつだ。まぁいい。よくも私の夢を砕いてくれたな!」

「悪夢は叶っちゃいけないねぇ」


 野望を止められて怒り狂う魔道士と、この状況でも余裕たっぷりの魔女ちゃん。2人は薄暗い洞窟の中でにらみあったんだ。どちらも魔法を使う者同士、この勝負は魔法でつける事になる。

 お互いに相手に杖を向けあって、それぞれ高速脳内呪文詠唱を始めたんだ。


「ようやく見つけた魂の器を穢した罰、受けてもらうぞ!」

「じゃあこっちはニャーちゃんをヒドい目に遭わせた罰を受けてもらおうかね!」


 魔法使同士の戦いは威力が大きいために一瞬で勝負がつく事が多い。相手の不意を突けば防御が間に合わず敵を一発で倒せるからね。この対決を目の当たりにしたニャーちゃんの体に入ったおばけちゃんは、緊張感で一歩も動けなかったよ。

 そして、先に動いたのは既に準備が出来ていた魔女ちゃんだった。


「悪・即・めーつ!」

「ぎゃぴりーん!」


 魔道士が大魔術の詠唱を終える前に、魔女ちゃんの目に見えない魔法が炸裂。次の瞬間に彼は思いっきりふっとばされたんだ。あまりの一瞬の出来事に、おばけちゃんは目をパチクリとさせたよ。

 その後でニャーちゃんの魂も無事に見つかって、おばけちゃんは開放されたんだ。


「おばけちゃん、私の体の留守を守ってくれてありがとにゃ」

「僕は何もしてないよ。ただ投げられただけ」

「「「あはははは」」」


 こうして事件は解決。おばけちゃん達は洞窟を出て魔女ちゃんの家に戻ったよ。彼女は倒した魔道士を魔法のロープでぐるぐる巻きにして連れ帰っていたんだ。


「この人はどうするの?」

「色々悪事をやらかしているだろうし、魔道士協会に引き取ってもらうよ」


 魔女ちゃんのその言葉の通り、この魔道士は魔王をこの世界に呼ぶために様々な犯罪をやらかしていたらしい。彼は気を失ったまま魔道士協会に引き取られていったよ。更生施設で犯した罪の分だけの罰を受けるんだって。


 魔女ちゃんの家で盛大なお疲れパーティーを楽しんだ後、おばけちゃんはこの不思議な世界を堪能する旅を始めたんだ。様々な地域で色々な出来事に遭遇して、それはそれは楽しい日々を送ったって話だよ。


 めでたしめでたし。

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