第17話 陰陽師とおばけちゃん
おばけちゃんは気ままなおばけ。今日もフラフラと気の向くままに散歩をしているよ。そんな日課の散歩を楽しんでいたら、どこからともなく御札が飛んできた。御札が効果を発揮してしまうと、おばけちゃんは昇天しちゃう。おばけちゃんはびっくりして避けようとしたものの、間に合わなかった。
「うわああー! もうダメだー!」
おばけちゃんはその小さい腕で必死に顔面をガード。だけど、御札はおばけちゃんの体をスルッと通過する。どうやら御札自体に効力がなかったようだ。危機が去って、おばけちゃんはガードを解くと大きくため息を吐き出した。
「ふ~。良かったあ」
「良くないぞ!」
「わわっ、誰っ!」
突然怒鳴られたおばけちゃんはすぐにその声の主を探そうと顔をキョロキョロ。すると、見慣れない陰陽師のコスプレをした小学生くらいの少年が目に飛び込んできた。この辺でそう言う人を見るのが初めてだったおばけちゃんは、改めて彼の顔をじっと見つめる。
「君がさっきの御札を飛ばしたの?」
「ああそうだ。今度こそお前を退治する!」
少年は手にまた別の御札を持っていて、その御札にじっとりと念を込めている。対するおばけちゃんは、さっきの件もあってすぐには逃げ出さずにしっかりと状況を見極めていた。そう、もしかしたらそこまで怖くないのかも知れないと思い始めていたんだ。
「逃げないのか?」
「ヤバいと思ったら逃げるよ」
「つまり、今の僕はヤバくないと? 舐めるなっ!」
おばけちゃんの言葉にカッとなった彼は、右手に挟んでいた御札をまたおばけちゃんに向かって投げつける。御札はまっすぐおばけちゃんに向かって飛んだものの、またしてもおばけちゃんの体を素通りしてしまった。
「ふう……助かった」
「うわ、嘘だー!」
この結果に少年はがっくりと項垂れ、分かりやすく落胆。服装はそれっぽいものの、見た目はまだ10歳くらいの小さな子供。きっと頑張って背伸びしているのだろう。落ち込んでいる姿を見て哀れに思ったおばけちゃんは、彼を慰めようとフラフラと近付いていった。
「大丈夫?」
「うっさい! 僕はまだやれるんだ!」
おばけちゃんに心配されたのが逆に気に障ったのか、少年は勢いよく顔を上げる。そうして、すぐに次の御札を袖から取り出した。今度は念だけじゃなくて呪文のような言葉を唱え始めたものだから、何かを感じたおばけちゃんは焦ってその場をすぐに離脱する。
「ちょ、それはヤバいから~」
「もう遅い! 急急如律令!」
必死に飛んだおかげで御札はそのまま地面に落ちて、おばけちゃんは無傷で逃げ切る事が出来た。退治出来なかった事で少年は更に自信をなくして、トボトボと来た道を帰っていく。こうして、おばけちゃんは突然の災難を無事に回避出来たのだった。
そんな事があったので、おばけちゃんは翌日から散歩ルートを変更。今まで行った事のない道を選んで飛んでいく。初めて通る道は新鮮で、知らない建物や知らない人々を見る度におばけちゃんは目を輝かせていた。
「へ~、こんな場所があったのかあ。あっ」
おばけちゃんがキョロキョロと周りを珍しそうに見ていると、昨日の陰陽師の少年が普段着で歩いてくるのが目に飛び込んでくる。昨日の今日なので、おばけちゃんはすぐに逃げ出した。
「うわああ~っ!」
お互いが目に見える範囲まで近付いたと言う事は、少年もおばけちゃんに気付いたはず。なのに、彼は昨日と違って追いかけてくる素振りも見せはしない。追いかけてくると思っていたおばけちゃんはそれが気になってUターンすると、敢えて少年に近付いていった。
「今日はどうしたの? 僕が見えてるんでしょ?」
「僕はやっぱりダメなんだ……だからもう辞める」
「何で? あきらめるのは早いよ」
退治されるのが嫌だったおばけちゃんだけど、あきらめの良すぎる彼の事が気になって思わず励ましてしまう。少年は顔を上げると、おばけちゃんじゃなくてその向こうの澄み切った青空を見上げた。
「父さんは、僕の歳には式神を使役して各地の悪霊を退治していたんだ」
「でも、それ嘘かも知れないじゃん」
おばけちゃんは人が話をする時に内容を盛る事をよく知っている。そうやって励まそうとしたものの、彼はあきらめたように首を左右に振った。
「父さんの式神がそう言ってた。式神は嘘をつかないよ」
「君には式神はいないの?」
「いたらとっくに使ってる」
「じゃあまず式神を手に入れないとね! 何を隠そう、僕は詳しいんだ」
おばけちゃんは少年を勇気付けようと、その小さい手をギュッと握って見せつける。このポーズが受けたのか、彼は突然アハハハと笑い出した。笑いが起こった事で場が和んで、2人は素直な気持ちで見つめ合う。
「力を貸してくれるの? 昨日あんなにひどい事をしたのに」
「子供が落ち込んでいるのは見てられないんだよ。さあ、善は急げだ」
「後で後悔しても知らないからね!」
こうして、おばけちゃんと少年の陰陽術トレーニングが始まった。彼の名前は光星。代々陰陽術を使って悪霊を退治している一族の末裔らしい。両親や親族から手ほどきは受けているものの、どうやらその教育が彼には合っていなかったようだ。
おばけちゃんは生きている時に陰陽道のトレーナーみたいな事をしていて、その知識を生かして死後もこの世に留まっていたんだ。
おばけちゃんの指導を受けた光星はその実力を見事に開花させ、メキメキと陰陽術の精度を上達させていった。御札の使い方を学び直し、今の実力に見合った祭文を覚え、強くなっていく手応えを感じる度に彼の顔は自信に満ち溢れていく。
おばけちゃんの指導が始まって3ヶ月後には、式神を作れるほどの経験を積んでいたのだった。
「うん、これだけ力をつければ式神も作れるよ」
「本当? おばけちゃんありがとう」
光星はここまで指導してくれたおばけちゃんにペコリと頭を下げる。と言う訳で、ついに式神作りの工程に入った。式神の作り方は野良悪霊を使役するか、自分で念を込めて1から作るかの二択。実力的に準備が整ったと言う事で、おばけちゃんは目をキラキラと輝かせている彼に微笑みかけた。
「どっちで行こっか?」
「野良悪霊は怖いから自分で作るよ」
「分かった。それで行こう」
式神を自分で作る場合、まずは媒体に念を込める事になる。光星は使い慣れている御札を選び、そこに念を込め始めた。念を込める作業自体は今までの修行でもやっていた事なので、順調にそれは進んでいく。ここまでは特に苦労する事もなく、御札は彼の念を順調に充填させていった。
その溜まり具合を見守っていたおばけちゃんは、頑張る光星に微笑みかける。
「後もうちょっとだよ。頑張れ!」
「うん」
念が十分に溜まった御札は発光し始めた。ここまで来れば最終段階。最後にトドメの念を入れて完成だ。光星は深呼吸を繰り返して心を鎮め、式神に命を宿らせる最後の念を打ち込もうと気合を入れる。と、そこでこの様子を注意深く見定めていた野良悪霊が御札に向かって突進。トドメの念の代わりに御札に宿ってしまう。
その瞬間に御札は爆発音と共に弾け、ここまでずっと握っていた彼は反射的にそれを手放した。
「うわっ!」
「キヒヒ、いい体を手に入れたぜ!」
最後のツメで失敗した事により、御札は悪霊の望む姿で実体化する。それはもう式神ではなく、実体を得た悪霊そのものだった。当然、そいつが光星の言葉を聞くはずもなく、逆に生みの親に向かって襲いかかる。
「お前、陰陽師なんだってな。なら俺の敵だ。死ね!」
「うわあああ!」
悪霊がその手を振りかぶった時、光星もそれまでの修行で使っていた御札をでたらめに投げて反射的に攻撃する。けれど、しっかり狙いの定まってないそれは悪霊には効果が薄く、少しばかりの時間稼ぎにしかならなかった。
パニックになった彼を見たおばけちゃんは、この状況を打破しようと叫ぶ。
「僕を使って!」
「え?」
「僕も野良悪霊みたいなものだよ。だから君の式神になれる!」
「わ、分かった!」
おばけちゃんの呼びかけに応えた光星は、すぐに別の御札を取り出した。まだ何の念も入っていない、紙に文字が書かれただけの短冊。おばけちゃんはその中にすうっと入っていく。こうして、おばけちゃんは彼の式神になった。
式神を従えた光星は早速退魔の儀式に入る。御札に自分の念を込め、式神になったおばけちゃんに命令を下した。
「急急如律令! 悪霊たいさーん!」
「うおおお! おばけちゃんパーン……」
「うっせえ!」
おばけちゃんは悪霊に向かってパンチを打ち込もうとしたものの、軽く片手で弾かれてしまう。あっけなくふっ飛ばされるおばけちゃんを目で追いながら、光星はがっくりと項垂れた。
「やっぱりダメなんだ……僕なんかじゃ……」
「お前、かなり雑魚だな」
「うう……」
「まぁすぐに逃げ出さないのだけは褒めてやろう。だが、終わりだ。死ね」
完全に悪霊の勢いに飲まれてしまった彼は、その場を動けなかった。そう、逃げないのではなく逃げられなかったのだ。式神と言う武器を失った陰陽師にもはや反撃の手段はない。悪霊はゲヘヘへといやらしい笑みを浮かべながら、凶悪な爪の伸びた右手を振りかぶる。
「まだだッ! 僕はここにいるぞっ!」
「お前、死んでなかったのか」
「あの攻撃くらいで死ぬ訳がないだろっ!」
「何ィ?」
光星の絶体絶命のピンチに現れたのは、さっきふっ飛ばされたはずのおばけちゃんだ。おばけちゃんは彼をガードしつつ、悪霊を煽る。殴りかけていた悪霊も、この意外な展開に軽く動揺して動きが止まった。
この僅かに出来た隙を使って、おばけちゃんはくるりと振り返る。そうして、放心状態の光星の顔をじっと見つめた。
「お、おばけちゃん?」
「さっきは僕が式神になったばかりで信頼が足りてないから実力が発揮出来なかったんだよ。光星君、僕を信じて」
おばけちゃんはマジ顔になって真剣に訴える。その強い意志の宿る目を見た彼は、自分の体の内側から燃え上がる力を感じ、それに賭ける事にした。
「分かった。反撃だ!」
「そうこなくっちゃ!」
こうして2人は意気投合して、改めておばけちゃんに念を送る。正しく強い念の力を与えられたおばけちゃんの体は光り、式神らしい姿に変わっていく。その様子を目にした悪霊は、またすぐに襲いかかってきた。
「何度やったって同じなんだよおおお!」
「それはどうかなあ!」
真の力を発揮したおばけちゃんは、悪霊のパワーを押し止める。力の差はほぼ互角で、簡単には決着がつかない。ここから持久戦が始まった。
「ぐぬぬ……」
「お前、なりたての式神の癖にやるじゃねーか」
「昔、色々あったんでね」
悪霊とおばけちゃんはお互いに押しあった後に埒が明かないと、一旦離れて距離を取る。そこからはスピード勝負のドつき合いに発展した。目にも見えない攻防に、光星はおばけちゃんの勝利を祈る事しか出来なかった。
「おばけちゃん……がんばれ……っ」
超スピードの戦闘もやはり決着のつかないまま続いていく。やがて、今度は実体化したばかりの悪霊の方が息切れをしてしまった。そのチャンスを逃さなかったおばけちゃんは、ここですぐに攻撃に転じる。
「おばけちゃんパーンチ!」
「うわああーっ!」
この渾身の一撃が見事にヒットして、悪霊は断末魔の叫びを上げながら霧散。光星の式神を使った初仕事は、こうして無事にやり遂げる事が出来たのだった。
仕事をやり終えたおばけちゃんは、改めて彼のもとに戻る。感極まった2人は思わず抱き合ってお互いに勝利を喜びあった。
「勝ったよー!」
「やったー!」
しばらく抱き合った後、2人は自然に離れる。そうして、光星はマジ顔になっておばけちゃんに向かって右手を差し出した。
「おばけちゃん、正式に僕の式神になってよ」
「もちろん。こちらこそよろしくね!」
こうして光星とおばけちゃんはコンビになり、悪霊退治の実績を積んでいく。やがて一族でもその実力を認められ、次第に退魔業界にその名前が知られていくのだった。
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