おばけちゃん
にゃべ♪
第1話 見えるちゃんとおばけちゃん
私はおばけ。随分昔からおばけをしているの。おばけの毎日はいつも一緒。気ままにあちこちを見て回って気ままに休んで。そんな事をしていたら毎日があっと言う間に過ぎていった。
人って、日々色んな事をして次々に変わっていくから結構飽きないのよね。山を崩して海を埋めて、戦っては色々と壊されて。それでも街を作って生活して。
私もおばけになる前はそんな人の1人だったのかな。人間だった頃の事は随分昔で忘れちゃった。
男の人だったのかな? 女の人だったのかな? 平穏無事に一生を終えたのかな? 波乱万丈だったのかな? 恋はしたのかな?
私が死んだ時、多分多くの人と同じように死者の国に誘われたんだと思う。この世界は生きているみんなのための世界だからって。
でも、その時は何か理由があって行けなかったんだ。どんな理由だったかは忘れちゃったけど。忘れたけど今もここにいるって事は、まだその理由を果たしていないんだろうなとは思う。
それと、やっぱりこの世界をずっと見ていたいんだろうなって――。
そんな感じで、今日も私は決まったルートをのほほんと散歩していたの。そうしたら可愛い女の子を見つけたわ。私は可愛い女の子って好きだから近付いていったのね。
小さい子の中には霊感があって私が見える子もいるけれど、そう言う子もいつかは私が見えなくなる。見えている間は友達になれたりもするけど、この子はどうなのかな?
その子は多分5~6歳くらいかなって感じで、1人でも危なげなく遊べるって雰囲気だった。おかっぱで可愛い服を来ていて、家を出て公園に向かっているみたい。
その公園はもう目と鼻の先。私は一定の距離を保ってその子を見守っていたわ。
もし見える子だったらいつかは悲しい別れがあるから、気付かれないようにこっそりと気配を消してずうっと見ていたの。やっぱり小さい子が1人だと危なっかしいものね。
そうやって遠巻きに見ていたら、後もうちょっとで公園に辿り着くってところで彼女は思いっきりこけちゃった。
「いったーい!」
すっごく派手に豪快に転んじゃったから、私は心配になって思わず近付いちゃったの。怪我の様子を知りたくなったから。もし大怪我をしていたら誰かに知らせないといけないし。
私、気配を強くする事で周りにいる人を注目させる事が出来るんだ。何となくその場所が気になるって言う時ってあるでしょう、それは私がそうさせているのかも知れないわよ。
とにかく、そんな訳で怪我の様子を確認しようと、擦りむいた膝小僧を私は覗き込んだの。そうしたらその子と私、目が合っちゃった。偶然かなって思ったんだけど、どうやらそうでもなかったみたい。
「おばけちゃん、心配? 私、大丈夫だよ」
「えっ? 私が見えるの?」
「うん」
この子、私の姿がはっきりと見えるみたい。初対面でいきなり話しかけられたのは私のおばけ人生の中でも初めて。だからすごくビックリしちゃった。
彼女がこんなに堂々としているって事は、おばけを見るのも今日が初めてじゃないって事よね。そう言うところが引っかかった私は、この子に興味を持ってしまっていたの。
「あなた、昔から私みたいなのが見えるの?」
「うん」
そう言って笑った笑顔がまぶしくて、私達はお互いに笑い合った。この時、久しぶりに人の友達が出来そうな、そんな予感もしてたんだ。
「ねぇ、おばけちゃん、名前を教えてよ」
この質問に私は困惑しちゃった。だっておばけになって随分と経って、名前を呼ばれる事もなくなっちゃってたから。そう、名前なんて忘れちゃったんだ。
困ってしまった私は、どうせこの子ともそんな長い付き合いでもないだろうしと、軽く考えて――。
「私はね……おばけちゃん」
「変なのー」
女の子は私の返事にクスクスと笑う。良かった、真面目に答えないからって不機嫌にならなくて。
ただ、彼女があまりにも愉快に笑うものだから、私も悪戯心が芽生えてきちゃった。そこで反撃とばかりに質問を返したの。
「じゃあ、あなたは?」
「うんとねー。……じゃあ、私は見えるちゃん!」
「変なのー」
私がおばけだからおばけちゃんで、彼女はおばけが見えるから見えるちゃん。お互いの大雑把すぎるネーミングセンスに気の合うものを感じて、私達は更に笑い合ったわ。こうして私達は仲良しになっていったの。
私達はそれからよく一緒に遊ぶようになった。家の中は流石に私が気が引けたから初めて出会った公園で遊ぶ事が多かったわね。
見えるちゃんは他に友達がいないのか、1人でいる事が多かったかな。たまに彼女の通う幼稚園に顔を出してみたけど、いつも1人でいるみたいだったし。
私に話しかけてきたのも、もしかしたら淋しかったからなのかもね。
公園で一緒にいる時に話かけると、彼女は明るく色々と話してくれる。その時に得た情報によると、どうやら今度小学校に上がるみたい。ブランコに座ってこの事を話す見えるちゃんの顔が少し淋しげに見えたから、私は励まそうとニッコリ微笑んだの。
「そっか、じゃあ友達もたくさん出来るね」
「でも、一番の友達はおばけちゃんだよ」
「そっか、ありがとう」
見えるちゃんのその優しい心遣いに私は心がほっこり。この時は本当に彼女といつまでも仲良くいられるんだろうな、なんてそんな夢を見たりもしたわ。
けれど、いつだって普通と違う子供は親にとっては心配の種でしかなくて、やがて見えるちゃんの秘密はお母さんに知られる事となってしまったの。
見えるちゃんのお母さんは他のお母さん達と同じで、1人で遊んでいるように見える我が娘を心配し始めていたわね。私と2人で公園にいるのを見かけた彼女のお母さんは、口に手を当てて声をかけてきたの。
「また1人で遊んでる。遊ぶならみんながいるところに行きましょ」
「おばけちゃんがいるもん」
「どこにいるの?」
「ここにいるよ!」
見える見えるちゃんと見えないお母さん、2人の会話が成立する事はなくて、先に不機嫌になったのは見えるちゃんの方だったわ。
声を荒げる我が娘に困ったお母さんは、額に手を当ててキョロキョロと顔を左右に動かしてた。
「どこ? お母さんには見えないよ?」
「いるのに……。お母さんのバカー!」
自分の言葉が信用されなくて、見えるちゃんは泣きながら公園を出て走っていっちゃった。多分自分の家に帰って行ったのね。それで、お母さんも焦って彼女を追いかけていったわ。
私は公園に1人残されて、来る時が来たんだなって思ったの。
見えないものが見えるって実際、あんまりいい事はない。それは見えない人の方が圧倒的に数が多いから。特殊な家系なら見える事が重宝されたりもするかもだけど、普通は見えるのを見えないようにしちゃう。そうしないと嘘つきと思われて傷ついちゃうから。
子を思う親なら、そう言う事態は避けようと思うのが普通よね。
私達みたいな存在が見えるのは感覚が研ぎ澄まされているからなの。それはとても繊細なもので、本当はいないんだよって言われ続けるだけで見えなくなってしまう。
大抵は親がそう言う風に誘導して見えなくなっていくものだけど、見えるちゃんの場合は、私と仲良くしていた時間が長いから……。きっと簡単には納得しない気がするの。
困ったな。私だって見えるちゃんと仲良くしたいけど、彼女がいじめに遭う姿も見たくない。やっぱり私から身を引かないとだよね。
辛いけど、そう言う別れは今までにも何度もあったから――。
決断した以上、私はどうやって見えるちゃんに納得させればいいかを考えたわ。手っ取り早いのはこの街から私がいなくなる事だけど、それをすればあの子はきっと私を探して更に傷ついてしまうかも知れない。
彼女を出来るだけ傷つけないようにしながらおばけを見えなくする方法――何かいいアイディアはないものかしら?
一生懸命考えた私はある作戦を思いつく。うまくいくかは分からないけど、見えるちゃんの未来のために頑張らなくちゃ。
こうして、私は気合を入れて次に彼女に会える日に備えたの。
次の日、いつものように見えるちゃんが公園に遊びに来たわ。まるで昨日の事が何事でもなかったみたいにね。
でも、この日もやっぱり1人だった。お母さんとは仲直り出来たのかしら。色々聞きたい事はあるけど、ここでまたフレンドリーに接すると今までと何も変わらない。
だから、私は心を鬼にして、昨日考えた作戦をしっかり実行しようと強く心に誓ったの。
「おばけちゃーん」
彼女はブンブンと右手を激しく振って私にアピールしてる。私も昨日までは笑顔でそれに応えていたんだけど、今日の私はマジ顔だ。
そうして、やってきた見えるちゃんに向かって、私は両手を腰に当ててずいっと身を乗り出したの。
「見えるちゃん、私は……。私は、本当はいないんだよ」
「えっ?」
「だからおばけじゃない友達と遊んで。きっと仲良くなれるから」
「ううん、おばけちゃんはいるよ! 目の前にいるよ!」
心を鬼にして突き放したけれど、彼女からは予想通りの答えが返ってきた。昨日まで仲良くしていたから、やっぱりすぐに話は聞いてくれないわよね。
なので、私は早速昨日考えたとっておきの話を切り出したの。
「じゃあ、私に触れる?」
「触れるもん!」
最初は見えるちゃんが意地を張っているだけだと、そう思っていたわ。だって私はおばけ。この世界に身体はない。触れるはずなんてないんだもの。
きっと彼女は私を触ろうとして触れなくて、それで現実を知るんだ。それが私の考えた作戦。これで見えないちゃんは現実を知る――はずだったの。
もうすぐ小学校に上がるその可愛い女の子は私をじっと見つめると、そのままギュッと力強く抱きしめた。抱きしめられてしまったのだ、おばけである私が。
おばけ歴何百年の私、霊能者に消されそうになった事ならあるけど、抱きしめられたのは初めての経験。
こんな事になってしまうだなんて。私に触れる人がいるだなんて――。
「おばけちゃん、あったかいね」
「嘘……? どうして抱きしめられるの……?」
私はこの予想外の展開に困惑してしまったわ。あきらめさせるために始めた作戦がこんな真逆の結果になってしまうだなんて。計画が狂ってしまった私は、頭の中が真っ白になってしまったのよ。
私が何も考えられないでいると、見えるちゃんが私の顔をじいっと見つめてきたわ。
「私、知ってるの」
「え?」
「私が抱きしめたら、おばけはみんな消えちゃうって」
「えっ……?」
つまり、その話が本当なら、見えるちゃんは抱きしめる事で浄霊が出来ると言う事――なんだと思う。この衝撃の事実を知った私は思わず見えるちゃんを反射的に突き飛ばしてしまった。
普通ならそんな事をしても透き通ってしまって意味はないのだけれど、おばけに触れる見えないちゃんはそのまま突き飛ばされて尻餅をついてしまったの。
「あ、ごめ……」
「ううん、いいの。大丈夫だよ、すぐには消えないから。触れるって言いたかっただけ」
「見えるちゃん……」
「だから一緒にいて、これからもずっと」
懇願する見えるちゃんの顔はとても真剣だったわ。そんな顔をされてしまったら私も心が揺れ動いてしまう。彼女のためを思えば、私と交流し続けるのは良くない事に決まっているのに……。
「でも……」
「お母さんの言いたい事も分かるけど、私はこうなんだもん。これが私なんだもん!」
見えるちゃんはすべてを分かっていたのね。分かった上で私といつまでも一緒にいたいと願っている。
私が返事を先延ばしにしていると、とうとう彼女は大粒の涙を流し始めてしまったの。泣かれてしまったら、もう白旗を上げるしかないじゃない。
「分かった。一緒にいるよ。ずうっと見守っていてあげる」
「うん、これからもよろしくね!」
こうして、私と見えるちゃんはずうっと仲良しでずうっと友達でいる事を約束したの。彼女が私を必要とする限り、ずっと一緒にいようって。困った時は助けになろうって。そう、私は心に誓ったんだ。
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