第294話麗は「育ての母奈々子」への対応に悩む。

高輪の新居での昼食は、佳子が手早く作った。

チーズとバジルが鮮烈なトマトパスタと、濃厚なエスプレッソ。


佳子は、不安そうな顔。

「どうでしょうか、お口に合います?」

麗は、本当に美味しいので、食が進む。

「トマトが鮮烈、チーズも濃厚、バジルの風味も素晴らしくて」

麻友も感心。

「こういう強烈なイタリアンは目が覚めます」

佳子は、ホッとした顔。

「はぁ・・・料理係の直美さんの後ですので、不安だらけで」

麗は、この食が進む味付けは、おそらく直美の「指導」と考えた。

その意味で、麗の好みが相当分析されていると思うし、直美にも感謝の気持ちを伝えようと思う。


それでも昼食が終わり、麗と麻友は佳子を残して高輪の新居を出た。

そのまま区役所に立ち寄り、転入届を済ませる。

事前に九条不動産から連絡をしておいたらしい、実にスムーズな処理となった。


区役所を出たところで麻友。

「大学にも出向きます」

「学生課で住所変更なのですが、葵様とも、そこで」


麗は、そういえばと思い出した。

「葵さんも久我山のアパートに住むんですよね」

麻友は頷く。

「はい、あそこのアパートには、奈々子さんと蘭さん、花園美幸様」

「それから葵様も」


麗は、その話となり、不安を覚える。

「うつ病気味の奈々子が、花園家の美幸さんに迷惑をかけないだろうか」

「確かに美幸さんは、奈々子のカウンセラーとして、わざわざ久我山に住むけれど」

「すでに縁が切れた奈々子ではあるけれど、申し訳ないような気がする」

「いずれにせよ、美幸さんの報告を聞かないと、わからないけれど」

「葵さんにしろ、蘭はともかく、奈々子を見て、どんな感情を持つのか」


麗は、考えた。

例えば、麗が奈々子の面倒を見るとして、平日に、大学に通いながらでは無理。

奈々子のうつ病状態が酷くなれば、大学にも通えなくなる可能性が高い。

その状態には関わらず、京都では自分を待ち構えている。

九条家の後継として、週末に京都に帰らないわけにはいかないことは、自覚している。

それを「奈々子の世話」で断るなど、大旦那、五月、茜も困惑するし、期待してくれている京都の人たちに、どう説明できるのか。


「育ての母がうつ病になったので、その面倒を付き切りで見なくてはならない」

「九条家の後継としての仕事は、当分休みます」

「いつ、状況が改善するかわからないので、京都に戻る時は、全く未定になります」


どう考えても、残念がられる前に、呆れられる、悲しまれる説明になる。

それに、そんな説明は、奈々子の実の兄の晃も、蘭も、奈々子自身も納得しないと思う。


麻友が、そんな麗の気持ちを読んだらしい。

山手線で話しかけてきた。

「麗様、ご心配な気持ちはわかります」

「ただ、私たちにも頼ってください」

「麗様だけを苦しませるわけには、いかないのですから」


麗は、苦しみながら、ようやく口を開いた。

「症状の重さがわからないけれど」

「もし、一人にしておけない状態になって、施設に入れるとして」

「蘭が心配です、まだ高校生なので」


麻友は、苦しむ麗の手を握った。

「仮にそうなってしまった場合は、私が蘭さんと一緒に住んでも構いません」

「蘭さんも、九条家と深くて長い付き合いの香料店の血を引いています」

「私も、蘭さんの悲しい顔も不安な顔も見たくないので」


ただ、麗は、麻友と蘭が一緒に住むことは、感謝以上に「格違い」と思う。

九条家に一番近い「関係筋」と「香料店の流れ」では、格差は厳然とある。

それをわかる蘭は、麻友に遠慮してしまうと思う。

また、麻友があまりにも突出して、麗と関係を深めると、他の関係筋の娘からの嫉妬が発生することは、避けられない。


「香苗さんと桃香、瞳さんと美里、そのレベルの人に相談したほうがいいかな」

「まずは香苗さんに、吉祥寺で近い・・・しかし香苗さんにも迷惑だろうか」


麗は、結局悩みが続く、憂鬱な表情が晴れることはない。

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