第224話佐保と鎌倉香料店取材(5)

佐保が出版社の社員として、話をまとめた。

「先ほど、教えていただきました、店の歴史、置いてある香料類の種類」

「最近の流行、試していただきたい香料、香料の基本的な使い方とマナー」

「それらにつきまして、麗君とも相談して、文章を仕上げます」

「それと、先ほど撮影した写真も合わせて、原稿が出来上がりましたら、再確認としてお持ちいたします」


瞳は、頷くけれど、美里は欲求不満。

麗にやり込められた悔しさが消えていない。

それに、佐保も麗も、このまま帰ってしまいそうな雰囲気に満ちている。

とにかく、何とかして麗と一対一の場面を作りたいけれど、出版社の佐保も邪魔、母の瞳さえ、邪魔に思ってしまう。


その美里の想いを感じ取ったのか、瞳が動いた。

佐保を誘って、再び店の営業スペースに姿を消した。

美里の商品説明だけでは、少し不安があったのかもしれない。


さて、ようやく麗と二人きりになった美里ではあるけれど、いざ、そうなると緊張してしまって声を出せない。


少し重苦しい雰囲気になる中、口を開いたのは、意外にも麗だった。

「美里さん、すごくきれいになった」


美里には、全く予想外の言葉。

その言葉に、耳まで赤くする。

「麗ちゃん・・・いや・・・すみません・・・麗様・・・おたわむれを・・・」

その声まで、震えている。


麗は、静かな顔のまま。

「いや、本当に美人と思うよ」

「この前に見た時は、わからなかった」

「美人過ぎて、ドキドキして」

「子供の頃の美里さんから見ると、まるで別人」


美里は、どう答えていいのか、わからない。

「ほめられているとは思うけれど・・・じゃあ、子供の頃は?」

「でも美人と言われたから、良しとすべきかなあ」



麗は、横を向いた。

「あとで瞳さんにも聞くけれど、経営はどう?」

いきなり現実的な話になり、美里は「えっと・・・」と答えられない。


麗は、美里の顔をしっかりと見た。

「将来に渡って、ここの店が経営に困らないようなことを考えている」

「だから、心配はいらない」


美里は、ますます意味不明。


麗は、少しだけ、顔をやわらげた。

「僕にはできる、僕にしかできないことがあるから」

「信じていいよ、美里さん」


瞳と佐保が戻って来た。

麗は、美里に言った通りに、瞳に声をかけて部屋の隅に行き、小声で内緒の話を少々。

瞳は、麗の何かの言葉で、身体を震わせた。

「麗様・・・ありがたいことで・・・」

「なんと・・・おやさしい・・・感謝してもし切れません」

その声も湿っている。


麗と、涙目の瞳が戻って来た。

瞳は、まだ気持が高ぶっているようで、胸を押さえている。


佐保が、取材を締めた。

「それでは、全ての取材を終えました」

「ご協力、本当にありがとうございました、必ず素晴らしい記事にいたします」

麗も佐保に並んで、頭を下げる。

そして、二人とも、香料店から、その姿を消してしまった。


麗にやり込められたり、予想外にほめられたり、また意味不明なことを言われて、母の涙まで見た美里は、心が複雑、何を言っていいのか、言葉が見つからない。


そんな美里を見ることもなく、瞳は顔を押さえて泣き出した。

「麗ちゃん・・・いや・・・麗様は・・・神様仏様や・・・」

「ほんま・・・ありがたい・・・」


美里は、しばらく、母の瞳に声をかけられなかった。

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