第184話麗と直美の上京

お屋敷内ではほとんど話をしたことがないと言うよりは、話す機会そのものがなかった直美は、麗が判断する限り、話が好きのようだ。

とにかく、新幹線内で、いろいろと話しかけてくる。


「麗様とご一緒できるなんて、幸せでなりません」

「それも一番手で」

また笑顔が愛らしい。


麗は、答えに困るけれど、最低限の返事をする。

「最初で大変かもしれません」

「大した生活ではないですが、聞いていただければ答えます」

直美

「とにかくお世話係と五月様で話し合って決めたのですが」

「私もワクワクしますけれど、みんな心待ちに」


麗は表情を変えない。

「それはありがたいことです」

との無難な答え。


直美

「三条様もおっしゃっておりましたけれど、お屋敷の雰囲気が明るくなって」

「麗様は厳しいところもあるけれど、実は情けが深い」

「みんなのことを考えてくれるんです」

麗は、首を横に振る。

「あまり、ほめられても、困ります」

「まだ始まったばかりで」


そんな話をしながら、珈琲を一緒に飲んだり、寄り添ってウツラウツラしながら、新幹線は品川駅に到着した。

直美が少々不安気な顔になるので、麗はその手を握る。

「直美さん、まずは山手線に、渋谷まで」

と声をかけ、手を引き歩き出す。


直美は、真っ赤な顔。

「麗様、申し訳ありません」

「うれしくて」

と言うけれど、麗は「人も多いので、落ち着いて」との言葉。

ますます直美の顔が赤らむ。


山手線に乗り込むと、直美は車内を見渡したり、駅名に驚いて見たり。

「はぁ・・・中吊りも広告も京都と相当違います」

「全てが都会ゆう気がします」

「五反田・・・恵比寿・・・本とかテレビでしか見たことのない駅が」


山手線は、渋谷に到着。

ここで降りて、京王井の頭線の駅まで進む。

そして品川駅とは比べ物にならないほどの雑踏を歩く。


「道は単純ですが、とにかく人が多いので、しっかりつかまって」

直美は、あまりの人の多さに緊張している。

「はい!離しません!」

と、少し大きめの声、それも恥ずかしいようで、また顔を赤くする。


直美の顔が落ち着いたのは、井の頭線に乗り込んだ時から。

ようやく自然に言葉を出すようになる。

「おきれいな車両ですね」

「学生さんも多くて、他に乗っておられる人も品がいい」

「そうですか、ここがあの下北沢」

「ほんま、住宅街の中を」

「全然、見知らぬ街で、ワクワクします」


井の頭線は久我山駅に到着。

そこからは徒歩となる。


「少々道は狭いけれど、手はつないだままで」

直美は、顔を真っ赤にして、通りのあちこちを見ながら歩く。


約10分後、二人はアパートに到着した。

麗は、「ここになります、相当狭いけれど」と、直美を招き入れる。

直美は「はい」と小さな声、顔を赤らめたまま、アパートの中に入った。


麗が、アパートのドアを閉めた直後だった。


「麗様・・・よろしゅうに・・・」

直美は、麗の真正面に立った。

そのまま麗に抱きついている。


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