第145話「これも計画の一部?」 麗の慎重

「もしかして、これも計画の一部なのか」

麗は、茜や五月、大旦那の真意を推測する。


「源氏やら枕草子やら古文の話を持ち出して、俺の興味を引き、この九条の屋敷に戻し、引き留め続ける計画の一部なのか」

「それに現代文や洋書まで絡め、古文だけに興味があるわけではない俺の興味を更に引く」

「ましてや、大旦那が西洋史専攻などを持ち出し、古代ローマの論議に持ち込む」

「それまでも計画の一部なのか」


麗は、空恐ろしく思う。

「まさに俺は手の平の上で躍らされる小僧なのか」

「これが京都人の知恵なのか」

「ポイントだけをついて、後は好きなように躍らせる」


少し考え込んでいた麗に茜が身体を寄せた。

「なあ、麗ちゃん、よかれと思うてのことや」

「確かにな、この九条家は名家や、日本でも飛び切りや」

「資産も多い、歴史も深い」

「様々な文献資料やらお宝やら、数えきれないほど、蔵にある」

「ただな、恵理と結は、そんなものを毛嫌いして」

「宮様の血だけが偉いと言い張り、見向きもせんかった」


麗も、その恵理と結の「態度」はよく知っている。

「どんな偉い名人の傑作やろうと、帝や宮家に捧げられたもんやなければ、ゴミや」

「下郎の家にあるのは、その下郎が見るもんや、うちら宮家の血を引くものから見れば、捨ててしまってかまわんもんや」

「せいぜい高い値をつけさせて、売り払うのが、この下郎の家にはお似合いや」


茜は黙り込む麗を抱き寄せ、話を続ける。

「そうやって、酷い目にあった遺産を生き返らせたいんや」

「なあ、麗ちゃん、それ、麗ちゃんが適任や」

「それが麗ちゃんの運命やで、宿命やで」


麗は、「また手の平の上で」と思うので、冷静に返す。

「とりあえず、遺産目録を確認して、調べて」

「研究者にもしっかり話を伺って整理するのが第一かな」

「研究者にも、いろんな学閥があるのだろうけれど」


茜が、難しい顔になった。

「まあ、京都から畿内の学者連中は、それあるな」

「学閥同士で足の引っ張り合いや」

「学閥の中でも、その中の大先生に遠慮して、自分の意見もよう言わん」

「その学閥のお仲間としての保身が第一や、みんな」

「東京の先生方は知らんけどな」


麗は、また困惑する。

「大学に入って、まだ一か月」

「そこまではわからない」


茜は、正直な麗を笑う。

「まあ、それはそうやな、当たり前や」

「学者の名簿も作りましょ」

「マジに忙しいわ、面白いけど」



麗と茜が、様々な話をしていると、ドアにノック音。

茜がドアを開けると、鷹司が深々とお辞儀。

「お食事のご用意が整いましたので、食堂までお願いいたします」


茜は、麗に目で促す。

麗はゆっくりと立ち上がり、PCを閉じる。

鷹司が前を歩き出したのを確認して、茜にささやく。

「誰にもわからないPINコードにした」

茜も麗の意図を察した。

「毎日変える?」

麗の顔が厳しい。

「危険な分析は僕のタブレットに入れるかな」

「また別のアドレスになるから」

「財団所有のPCも危険になる場合がある」


その後、茜も麗も、食堂までの廊下で、一言も話すことはなかった。




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