第135話アウグストゥスの話 桃香の号泣

古代ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスを好きと言う麗に茜は説明を求めたいようだ。

「どんな人やったっけ」


麗は困った。

「とても、一筋縄ではいかない人で」

「でも、結果的に長期間、ローマ世界を賢明に統治」

「その後の世界を安定に導いた」


大旦那も苦笑。

「そうやな、深謀遠慮と言うのか」

「不思議な人やな」


麗が大旦那の「不思議」を説明する。

「カエサルのように、特に戦争に強いわけではなく」

「と言うよりは彼が指揮をすると負け戦のほうが多い」

「身体も細く弱く、すぐに体調を崩す」

「カエサルのように弁舌巧みでもなく、文章も達者ではない」


茜は首を傾げた。

「そんな人が、世界平和の礎をねえ」


大旦那

「何やろな、政治組織を作る」

「信頼できる仲間を作り、上手に使いこなす」

「外国の敵や政敵を慎重に探り、葬り去る」

「それも強引や手荒ではない、理詰めで、時間をかける必要がある時はしっかりかける」


麗がまた、大旦那を補足する。

「例えば、スッラと言って、カエサルの前に古代ローマで全権を握った人がいます」

「そのスッラは、自分の政敵名簿を作り、その子孫に至るまで、全員を処刑した」

「ローマは血の海になったとも言われています」


「カエサルは、政敵名簿を破り捨てて、政敵も寛容に政権に組み入れた」

「結果として、それがあだになり、暗殺をされた」


「さて、アウグストゥスは、義父となったカエサルを踏襲して、政敵名簿を破り捨てた・・・とは言った」

「しかし、誰も、その現場を見た者はいない」

「そして、結果的に政敵を抑え込んでしまった」


茜は、ゾクッとした顔。

「そのほうが・・・怖い」

「いつでも、殺されるかもしれない恐怖だよね」

「アウグストゥスの気持ち次第で」

「死刑執行を猶予されているだけかな」


そんな話が進んだ時だった。

大旦那が茜に目で合図。

茜はさっそくスマホを操作する。

吉祥寺の料亭への食事終了の連絡と、車の手配だった。


約10分後、まず吉祥寺の料亭から、桃香が食器を受け取りに来た。

大旦那

「ありがとさん、美味しかった」

桃香は、「はい」と頭を下げ、手早く片付けを済ませる。


茜は桃香の肩を軽くたたく。

「今度、ゆっくり話しよ」


桃香は少し頭を上げ、麗を見る。

しかし、麗は横を向いている。


桃香は、麗に声をかけるのは諦めた。

そのまま「ありがとうございました」と頭を下げ、アパートを後にした。


その数分後、手配した車が麗のアパートに到着した。

立派な黒ベンツだった。


「財団の東京支部に頼んであったんや、帰りも私鉄と電車やと少し大変や」

麗は、静かに頷いただけ、大旦那の手を引いて、黒ベンツに乗り込んだ。


黒ベンツが発進して、茜が後ろを振り返ると、桃香が駐車場の隅で立ったまま。

その顔をクシャクシャにして、大泣きになっている。

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