第129話九条様との面会(9)

大旦那は思った。

「麗にすぐにでも嫁を取らせようとの話をと、思うとったけど」

「先に、兼弘の最後を見た医者を締め上げて吐かせなあかん」

「それに・・・」


大旦那の身体が震えた。

「麗の母の最後を見た医者も・・・同じ医者や・・・」

「何故か、恵理が手はずを取って」

「それには・・・両方とも宗雄が絡む?」


大旦那は怒りがこみあげている。

「何が麗がゴクツブシや・・・」

「お前らやないか、性悪は・・・酷いことをし続け」

「もう、許さん・・・人殺しや、二人とも、俺の・・・九条家の跡取りと・・・跡取りの愛した女を手にかけ・・・その子供まで折檻を続け?」

「何が海外旅行や、人殺しの薬を探しとるんやないか?」

「日本では知らないような薬を?」


その大旦那の変わっていく表情を見て、麗はまた震えた。

大旦那の怒り顔の真意を読み取れない。

「余計なことを言ったのだろうか」

「言わずにはいられなかった」

「大旦那は、とにかく怒っている」

「もしや、養子縁組もこれで、御破算になるかもしれない」


しかし、そう思った時点で、少し落ち着いた。

「まあ、それならそれで、何も変わるわけではない」

「京都に行かなくなる、その方が俺にはいい」

「九条家を継ぐだの、血縁がどうあれ、分を超える話だ」

「田舎育ちの俺が、通用したり認められる世界ではないのだから」

「九条家が男系相続だとか、どうでもいい」

「そもそもが雲の上の世界だ」

と、大旦那からの「養子縁組は、なかった話に」との言葉を期待する。


ところが、茜は麗の手をしっかり握って離さない。

「麗ちゃん、復讐せなあかん」

「よう言ってくれた」


大旦那は麗の顔をしっかりと見た。

「そや、始末はつけなあかんで」

「お前もその始末を最後まで見なあかん」

「それも、九条の家の次期当主の務めや」


麗の心は、またグラグラと揺れる。


「どう考えればいいのか」

「あくまでも、養子縁組は避けられないのか」

「この京都嫌いの、ド田舎育ちの俺を、京都の、しかもその旧弊の極みのような九条家に押し込めるのか?」

「あまりにも場違いではないか、俺には無理だ」

「どうして、この場をやり過ごす?」

「目の前で知らんぷりも出来ない」

「お断りがはっきり言えるとは思えないし」


麗の閉じた目に、「父」兼弘の顔が浮かんだ。

「やさしかった、死顔まで」

「恵理さんと結に殴る蹴るをされていれば、飛び込んで来てかばってくれた」

「それが我が父・・・だったら・・・その身を張って、何故俺と母を守らない?」

「守れなかったのか?それほどに弱い男だったのか?」

「やさしいだけで、妻も自分も、むざむざ殺されてしまうのか?」


茜が言う「復讐」も、大旦那が言う「始末」も、血縁とわかっていても実際に一緒に暮らして来なかった麗には、それほどの実感がない。

そして「母」が殺されたとしても、何も顔を覚えてないので、それも実感がない。


しかし、どれほど時間をかけて考えたところで、返事を求める九条の大旦那と茜は、目の前にいて、待ち構えている。

麗は、ここは、反論は出来そうもないと理解する。

そして、二人の願いに応じる言葉を考え、「表面上」の言葉を放つ。


「わかりました」

「僕も、血のつながる父と母の無念を晴らそうと思います」

「絶対に、許すことはできません」


麗の手を握る茜の手の上に、大旦那の手がしっかりと重なった。

麗は、この時に「絶望」を深く感じた。


「やはり、京都に組み込まれる、いや飲み込まれるしかないのか」

「とても、押しのけられない」

「表面だけの取り繕った言葉だった」

「しかし、どう答えればよかったのか」

「取り繕い以外に、何も浮かばなかった」


麗は、その自分の手の上に、大京都の深く複雑な歴史と、悲喜こもごもの夥しい群衆の顔が、そのままのしかかったような、そんな恐ろしく怖い重みを感じている。

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