第123話九条様との面会(3)

大旦那は、その豆の種類に、すぐに気がついたようだ。

「コロンビアやな、好きな豆や」


麗は驚いた。

まさか和風文化の極みの大旦那が、コロンビア豆を挽く香りだけで判別できるとは思っていなかったから。

「はい、その通りで」

と答えて、フレンチプレスで珈琲を淹れる。


大旦那は頷いた。

「麗もわしと同じやな、フレンチプレス、それが一番美味しい」

「珈琲豆の甘味とコクがしっかりと味わえる」


また驚いた顔の麗に茜。

「一緒に暮らしとると、面白いんや、大旦那」

「人前と全然違う」


麗は、温めた珈琲カップにゆっくりと珈琲を注ぎ、それぞれの前に置く。


大旦那は目を閉じて、一口。

「ああ・・・美味しいな・・・落ち着いた」

「うれしいわ・・・麗に淹れてもらった珈琲や」


麗も落ち着いた。

「安心しました、お口に合うかと」


茜も美味しそうに味わって飲む。

「さすが、味覚もすごいね、麗ちゃん」


麗も一口飲んだ時点で、大旦那の話が始まった。

「さて、無理やり押しかけてご免な、麗」


「いえ・・・かまいません」

麗は頭を下げた。


大旦那は、麗を真っ直ぐに見た。

「まずは、いきなりやけど、麗、本当のことを言わなあかん」


「はい」

麗は姿勢を真っ直ぐにする。


大旦那は、ゆっくりと話しだした。

「麗は、実はわしの孫や、唯一の男の孫や」

「事情があって、麗は奈々子と宗雄に預けた」

「両方とも、実の母と父ではない」

「その預け先のどうしようもない不手際は、わしから謝る」

「本当に申し訳ない」

大旦那は、麗に深く頭を下げた。


麗は、予想もしない言葉に、何も返すことができない。

ただただ、頭が混乱するばかり。


大旦那の表情が厳しいような、哀感に満ちたようなものに変わった。

「麗はわしの長男の兼弘と、由美という香料店の店員の子や」

「兼弘は、結婚はしたものの、旧宮家を鼻にかけ、小馬鹿にしてくる嫁の恵理に苦しんでいた」

「それで、愛らしく兼弘を慕ってくる由美と結ばれた」


「まあ、その時の五月と茜も、九条の屋敷を離れておった」

「兼弘も寂しかったんや、恵理はまともに話せる相手ではない」

「それに恵理は嫉妬に狂うと、何をしでかすかわからん女や」

「妾の五月も茜の命さえ、危なくなる、そんな兆候もあった」

その言葉に、茜も涙ぐむ。


「しかし、由美は、麗が赤子の時に、この世を去った」

「・・・自然死ではない・・・」

「警察も毒殺やと・・・しかし犯人につながる証拠はない」

「おそらく、あの恵理が絡んでいると、わしは思うた」

「とにかく怒り出すと何をしでかすかわからん女や」

「それが嫉妬の狂いで、お前の母を毒殺したと」

「それは、香料店の晃も感じておった」

「それやから、次の狙いは麗やと」


麗は、頭がクラクラとなりながら、ようやく言葉を出した。

「それで・・・里子に・・・」


恐ろしいような悔しいような、殺された母の無念も思う。

正月や折に触れて京都の九条屋敷で見た、「父」兼弘を思い出す。

「恵理さんの俺に対する態度とは全然違っていた」

「恵理さんは、蹴飛ばしてきたり、頬を張ってきたけど、兼弘さんは必死に俺をかばってくれた」


そして「叔父」晃と「母」奈々子が言った「麗様」の意味を、ようやく理解することになった。

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