第108話麗の養子縁組話が進行する。

晃は奈々子との話を終え、考える。


「あの男は何を考えとるんや」

「麗の口座から、送った金を抜き出して、自分の口座に入れてあっただけ」

「ほぼ、手をつけとらん?」

「貯めてから使うつもりやろか」

「使う勇気も無かった、気が小さい男やったし」

「何かを恐れた?」

「俺ではないやろ・・・」

「恵理に使うなとも言われたんやろか」

「そして貯めた段階で、恵理に差し出す?」

「いや、取り上げられる?」


どう考えても、その程度しか浮かばない。

麗の「父役」としてのことは何もなさなかった男である。

麗が赤子の頃から人目を逃れて折檻を繰り返してきた男に、預金を引き出して移し替えることが、「麗のため」であるなどの目的は考えられない。

「現金でもあるまいし、政治家が口にする善意の保管も何もない」

「自分の老後資金か、恵理に差し出す、いや没収される程度やろ」

「恵理も、九条の大旦那に見つかると叱られるから、今は取り上げないだけか」

「となると、九条の大旦那が死んだ途端に、取り上げる寸法やな」


その晃に九条の大旦那から電話がかかってきた。

「おい、晃」

いきなりの怒り口調になっている。

「はあ・・・何ですやろ・・・隆は変わらず」


九条の大旦那の声が厳しい。

「いや、隆やない」

「喪服や、その話や」

晃は、九条の大旦那に、麗の「父」が麗の実家の私物を全て処分してしまったことを伝えてある。

「はぁ・・・もしかして、麗の喪服と?」


九条の大旦那

「そや、今からでは間に合わんかもしれん」

晃は、まだ九条の大旦那の意図が半分程度しか、わからない。

「確かに、今から仕立てるのは・・・吊るしの安い礼服なら、ともかく」

「しかし、隆は危ないけれど・・・まだ・・・」


九条の大旦那はようやく具体的になる。

「麗は、その際には、そのまま、わしの屋敷に泊める」

「そして、わしの喪服を着させる」


晃は、肩の力が抜けた。

「はぁ・・・お任せするとしか・・・」

「もともと・・・」


どう見ても、息子隆は、一週間持つか持たないかの命。

葬儀の際に、京都の口さがない連中から、一番注目されるのは、まずは香料店の跡取りとみなされる麗になる。

その麗が、洋装の簡略な礼服では、極端な格落ちと見られてしまう。

麗が登場する場面も、本当に大事になる。

「九条の大旦那と黒ベンツに同乗して来る」

「一緒に歩いて来て、挨拶を受け」

「一緒に帰る」

「紋付き袴か?九条家の家紋をつけて」

「しかし、その時点で、香料店の跡取りの線は消える」


晃は、実に苦しい。

しかし、九条の大旦那には、「それが一番やと思います」と言うしかない。


「ただ・・・」

晃が気にしたのは、どうやって麗が九条家の家紋入りの紋付袴を着ているか、それを京都の連中に納得させるのか。

麗は、生まれは京都であっても、暮らしたり、育ったりはしていない。

だから、九条家や自分の香料店で顔を見せた相手ぐらいにしか、面識はない。


九条の大旦那

「連休明けに、養子縁組手続きをする」

「すでに役所にも弁護士にも手配済みや」

「後は、わしが説明する」


晃はそう言われてしまうと、「はぁ・・・」と、何も返せない。


九条の大旦那の声が低くなった。

「恵理と、麗の父をやらしたゴクツブシの宗雄」

「どうやら・・・捕まったらしい」


晃は緊張した。

「うわ・・・」

しかし、すぐに気を取りなおす。

「潮目が変わりましたな」


九条の大旦那の、ククッと笑う声が聞こえて来る。

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