第52話茜は、麗の不幸な事件を思い出す。
茜は大旦那を寝かしつけた後、自室に戻った。
珍しく見た大旦那の涙で、まだ動揺している。
「ほんまや・・・大旦那様のお辛い気持もようわかる」
「うちも、驚いたというより、怖ろしかったもの」
「父様の本妻の恵理さんも、姉さんの結さんも、麗君にあんなことをするとは・・・」
その時のことを思い出した茜も、やはり涙ぐむ。
「うちは・・・妾の子や、同じ屋敷には住んでおったけれど」
「でも恵理様も、結姉さんも、いつも・・・うちには嫌みばかりで・・・」
「食べる物も、着る物も、いつも一つ下の物」
「うちの母さんやって、どれほど苛められたか・・・わからん」
「その苛めが、何故か遊びに来ていただけの、麗君に向かった」
「あの時の麗君は、中学三年や、まだまだ子供やった」
「お盆の集いで、お屋敷に来ていた麗君が結姉さんに手招きをされて、違う部屋に入った」
「うちは、何か不安を感じて後を追った」
「麗君の『やめて!』って声が聞こえたので、うちは走った」
「そして、少しだけ障子を開けて見たのは、結姉さんが、麗君に馬乗りになっている姿」
「結姉さんは、お尻丸出し、麗君も・・・下半身は全て脱がされ」
「麗君は、懸命に逃げようとしている」
「その麗君の頬をを結姉さんが、思いっきり引っぱたく」
「この!度胸なし!根性なし!それでも男か!」
「役立たず!・・・麗君は顔を抑えて泣いとった」
「うちは、もう我慢できんかった」
「障子を思いっきり開けて、結姉さんに迫った」
「結姉さん!何しとるんや!」
「結姉さんは、それでも腰を振り続けた」
「は?何を言うんや、茜!妾の子やろ!」
「うちの好きなことに、口出しはさせんよ!」
「なあ、そうやろ?麗」
「うちに抱かれたいやろ?」
「でも麗君は、泣きながら首を横に振る」
「いやだーーーって、叫んで・・・」
「そうしたら、結姉さんが激怒」
「麗君から、いきなり離れて、麗君を思いっきり蹴飛ばした」
「この!役立たず!不能男!」
茜の顔が厳しくなった。
「そして麗君は、下着とズボンをはいて、うちの所に逃げて来た」
「その時や、結姉さんが、また切れて、部屋の壺を思いっきり叩きつけて割ってしまった」
「絶対に手をつけてはならない、九条家累代の壺を」
「その音を聞きつけて、本妻の恵理さんが、廊下を走って来た」
「その恵理さんは、割れた壺を見て、顔面蒼白」
「誰や!って叫んだ」
「そしたら結姉さんが、麗君を指さした」
「麗がやった!麗が暴れて壺を割ったって」
「恵理さんも、結姉さんの言葉を信じて、激怒」
「そのまま、麗君の首根っこをつかんで、割れた壺の前で押し倒した」
「そして麗君に馬乗りになって、麗君の首を両手で締めあげる」
「麗君も、うちも、懸命に『違う』って言っても、恵理さんは聞く耳を持たない」
「結姉さんは、勝ち誇ったかのようにケラケラと笑っているだけ」
「麗君は首を思いっきり絞められて、ビクビク震えだした」
「うちも、これでは我慢できなかった」
「妾の娘でも何でもない、人としての道やと思うた」
「だから、恵理さんを麗君から、どけようとした」
「突き飛ばしてもいい、そう思って恵理さんの肩に手をかけた時やった」
茜の顔が苦渋にゆがむ。
「大旦那様が、血相を変えて部屋に入って来られたんや」
「途中から全部見ておったって、お叱りになり・・・」
茜の目には、その時の恵理と結の、怖れ震える顔が浮かんでいる。
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