第16話 麗は桃香による三井芳香の分析を聞く。

麗の逃げ腰に呆れたのか、桃香の右手は麗を襲わなかった。

ただ、その代わりに、長口舌が始まった。

「そんな青白い瀕死の麗ちゃんを引っぱたいて死んじゃっても困る」

「子供の頃は、ふっくらしていて、ハツラツ麗ちゃんだったから、思いっきり引っぱたいても心配なかった」

「でも何?今の顔、まるで生気がない欠食児童や」

「いつからそうなったん?」

「うちの了解も無しに」


麗は「大きなお世話」と思うけれど、とにかく桃香の勢いがすごいので、「うんうん」と頷くばかり。


桃香は、そんな麗の何も言えない情けない顔に、落胆。

それでも、対策を考えるようだ。

「そやなあ・・・引っ込み思案で地味な麗ちゃんや」

「おまけに面倒くさがりの極みの麗ちゃんや」

「朝は寝坊して何も食べず、昼は行列するのが嫌で、珈琲飲むだけや」

「夜は、それでコンビニで弁当買って食べてベッドにゴロンや」

「まあ、味気ない生活や、麗ちゃんらしいけどな」


麗はうるさくて仕方がないけれど、口を挟む勇気はない。


桃香は、また様々言い始める。

「何とかして、食べさせる算段やなあ」

「うちが作りに来てもええけどな」

「料亭のバイトもあるしな、毎日は無理や」

「うーん・・・香苗さんに相談するかなあ」

「でも、相談したら、香苗さんかて、泣いて怒るよ、麗ちゃん」


麗は、ここでようやく口を挟む。

「いいよ、そんな心配、僕のことだから」

「おなかすいたら、何か食べるし、たいしたことではない」


桃香の目が丸くなった。

「マジに約束する?」

「嘘つかない?」


麗としては、「うん」と応えるしかない。

そして、そう答えれば、桃香はスンナリと帰ると思った。


・・・が・・・桃香はまだ帰らない。

「あのな、さっきの三井さんって人な」


麗がすでに忘れていた三井嬢の名前が、飛び出した。

麗は、二度と逢わないと決めているので、どうでもいい話だけれど、桃香は語りたいらしい。


桃香

「彼女な、前にもお店に来たんよ」

「でもな、あんな酒の飲み方しとらん」


麗は「へえ・・・よく見ている」程度で、桃香の顔を見る。


桃香

「あのな、三井さんって人な、見ていてずっと麗ちゃんを意識しとった」

「まあ、チラチラとな、麗ちゃんが箸を動かすたび、何かを食べるたび、とかや」


麗は全く気がついていないし、「それが俺に何の関係が?」と思う程度。


桃香

「細かい理由はわからん、ただな、女の直感やで、あの三井って人、麗ちゃんが気になって仕方がない、恋とか何とか、そこまでは言わんけれど」

「それで麗ちゃんの興味も引きたい、だからお酌をしてもらいたい、実は酒に弱いけれど、それでも麗ちゃんのお酌で飲みたい」

「それで結局飲み過ぎて、バタンキューや」

「目覚めても、興味ある男に、そんな恥ずかしい姿を見せて、マジに後悔の極みや」

「おまけに、車で麗ちゃんに迫れば、麗ちゃんは、そんな気がないから逃げられる」

「うちもマジで見ていて面白かった」

「麗ちゃんの麗という字は間違いやと思った」


意味不明な麗が「え?」と聞き返すと桃香はニヤリと笑う。

「うん、冷酷の冷が似合う、まさにあの時は冷酷の冷ちゃんや」


麗は、ここでも答えようがない、話しまくる桃香を眺めるだけになっている。

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