覚悟


 ――遡ること少し前、サンアデステラ教会


「これはこれは女神フィオリナ様。平日にどうされました?」


 フィオリナはダンジョンを出ると、すぐにサンアデステラ教会へと向かった。


「ロメオ司祭。いいえ……アレキシスパーティーがプリーストのロメオ様。我が主からのお願いがあって参上いたしました」

「ハッ。私にできることなれば、なんなりとお申しつけください」


 ロメオは膝突き、フィオリナに一礼した。


「感謝します。なにとぞ、ワタクシとともにダンジョン30階層へお越しください」

「そ、それは……かまいませんが……30階層ともなると……少々時間がかかりますね。あいにくとアレキシスとも連絡が取れませんので」

「そのことで参ったのです。勇者アレキシスは今、30階層に居ます。居ますが、毒に侵され倒れています。ロメオ様にはこれを早急に治癒させて欲しいのです」

「そうなのですか……だから、シドの姿も見えないのか……しかし……」

「迷ってる暇はありません。アリアさんの安否も定かではないのです」

「なるほど。お話は分かりました。すぐに向かいましょう」

「おお、そうですか」


 フィオリナは安堵した。ロメオの説得は簡単にはいかないだろうと思っていたからだ。しかし――


「しかし……パーティーが揃っていない以上、帰還術式セーブコードは使えません」

「それはワタクシがなんとかできます」

「それはできません」

「なぜですか? 緊急の事態なのですよ? あなたの仲間の生死に関わる問題です」

「なればこそです。冒険者である以上、生死の問題は関係ありません。そして私は神の使徒、神の定めた規則を曲げてはならないのです」

「やはり……そうなのですね……」


 フィオリナはため息を吐いた。やはり、一筋縄ではいかない。ロメオは堅物なのだ。


「どうしてもですか?」

「ハイ。規則とは例外なく守られなければなりません。規則は過去と未来、世界のすべてを守るためのもの。ただ個人の都合をもって破られるような規則であれば、世界を守ることなど叶わぬのです」

「そうですか……やはり……それでは我が主からの伝言をお伝えします」

「ハ! 謹んで承ります」


 フィオリナは覚悟を決めた。一度目を閉じると、息を静かに、大きく吸い込み、また大きく目を見開くと叫んだ。


「テメーらのパーティーのケツは、テメーら自身で拭きやがれ!」


「え?」


 思わずロメオは素の声で聞き返してしまった。


「分かりましたか?」

「え?……い、いや……」

「分かったか? と、聞いているのですよ!」

「は、はい、分かりました!」


 フィオリナのあまりの剣幕にロメオは反論することができなかった。


 ――30階層


 フィオリナに手を掴まれてロメオは30階層に来ていた。


「そうか……なるほど……そんなことが……」


 到着して、すぐにアレキシスの治療をすると、アレキシス、シドからことのあらましを聞いた。


「なるほど、それはヒカル氏の判断が正しいやもしれませんね。デュラン……彼こそが教皇が40階層のダンジョンマスターに伝えようとした大罪人かもしれません。しかし……」


 ロメオは考えを巡らせていた。先日会ったヒカルがダンジョンマスターであろうことは予想していたので驚かなかったが、スキルを開放したばかりの、しかも戦い向きでないスキルを開放したばかりのヒカルでは勝負にならないだろう、ということに。


「女神フィオリナ。それではヒカル氏の魂の残りは僅か……ということですか?」

「え、ええ……あと4です」


 フィオリナは自分の胸に浮かんだ刻印を撫でた。


「ふむ。伝え聞いたところによると、ダンジョンマスターというものは冒険者に勝つと、冒険者をダンジョンから追い返すと、その生命を得るという。それは本当ですか?」

「ハイ」

「なるほど……」


 ロメオは中空を見つめると、何やらブツブツとつぶやき始めた。これはロメオの脳がけたたましく動きはじめたサインだった。


「お、おい、ロメオ! 考えてねーで、すぐに助けに行くぞ!」


 シドが呼びかけても振り向きもしない。


「シド。今は話しかけても無駄だ。答えが出るまで待て」

「し、しかし、一刻の猶予もねーんだぜ? アレキシス」

「だからこそだ」


 アレキシスは自分の状態を分かっていた。回復した、とはいうものの、自分はまだ大した戦力になりはしないということを。


「なるほどなるほど、そうかそうか、最速を求めるのなら、五階層ごとにいるダンジョンマスターにも計らわないとならない……ふむふむ、なるほどなるほど」


 答え……までにはさほど時間はかからなかった。


「わかった! わかりましたよ! コレでいけるでしょう!」

「お、おおロメオ。どんな作戦だ?」

「シド、アレキシス、そして女神フィオリナ様。ご協力をお願いできますかな?」

「もちろんです」

「任せろ」

「あったりめーだ!」


 ロメオとアレキシス、シドはフィオリナの開けたゲートでダンジョンを出ていった。



 ――それからしばらくたった頃の30階層


 ハァ ハァ ハァ


 下階層から30階層へと上がってくる者があった。


「よし! 着いた! 着いたぞ! アレキシス!」


 アリアとエレナ、テトの3人だ。しかし……


「ど、どこに行った? だ、誰もいないではないか!」


 アリアにしては珍しく取り乱した。アリアはヒカルに騙されたわけではない。ヒカルの捨て身の覚悟を読んでいた。だからエレナとテトを送ったら、アレキシス、シドとともにすぐさま救援に戻るつもりでいたのだ。そのシドが……アレキシスが……いない。


「こ、これではヒカルは見殺しではないか!」


 アリアは壁を殴りつけた。


 あの、どんな事態であっても威厳と尊厳を保ち続けていたアリアが力なくうなだれ、座り込んでいる。それを目のあたりにしてエリナもテトも何も言えなかった。



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