十三曲目『突破』

 ユニオンマスターの五人が、巨人に向かって走っていく。

 それを見た巨人はうなり声を上げて威嚇すると、斧を振り被った。


「どうれ、力比べといこうかッ!」


 うねりを上げて振り下ろされた斧に対し、ガンツさんは不敵に笑うとブンブンとモーニングスターの重い鉄球を振り回し始める。


「<我が戦を司る戦神よ、母なる大地に立つ闘神よ、今こそ手を取り我が守りの壁とならん>__<アイアン・ウォール!>」


 ガンツさんが使った魔法は、土属性と雷属性の混合魔法__<磁鉄属性>。

 詠唱を終えたガンツさんは振り回した鉄球を思い切り地面に叩きつけると、磁力によって集めた地中の鉄が黒鉄の大きな壁となって地面からせり上がった。

 そして、巨人が振り下ろした斧と黒鉄の壁がぶつかり合い、鈍い轟音が響き渡る。


「ぬぅ……一撃でワシのアイアン・ウォールに亀裂を入れるとは、中々にやりおるわ」


 巨人の一撃で頑丈な黒鉄の壁に亀裂が走り、斧が深々と突き刺さっていた。

 見た目通りの膂力に、ガンツさんは冷や汗を流しながら口角を歪ませる。


「だけど、これで斧は使えないね。今が好機だよ!」


 黒鉄の壁から斧が抜けなくなっていた巨人の隙を狙って、アレヴィさんは鞭を振り回した。


「<我纏うは鬼神の鎧>__<ファイア・ボルテージ!>」


 アレヴィさんが詠唱すると、その体に炎を纏う。炎はそのまま振り回していた鞭まで伸びていき、頭上に炎の輪が出来上がっていた。


「てぇりゃあぁぁぁ!」


 怒声と共にアレヴィさんは、巨人の斧を持っている腕に向かって投げ放つ。

 炎を纏った鞭は一直線に巨人の腕まで届き、グルグルと巻きついた。


「__うりゃあッ!」


 そして、アレヴィさんは腕に巻きつけた鞭を思い切り引っ張る。

 すると、炎を纏っていた鞭は巨人の腕を焼きながら深々と食い込んでいった。

 黒いヘドロが炎によって焼けていき、徐々に太い腕を締め上げていく。


「アレヴィさん、そのままお願いします!」


 そこで、ドーガさんが風を纏いながら巨人に向かっていった。

 勢いよくジャンプすると風に乗って、巨人の顔の近くまで飛んでいく。


「<我放つは軍神の一撃>__<ウィンド・スラッシュ!>」


 空中で詠唱したドーガさんは手に持った身の丈ほどある大鎌を思い切り振り被り、アレヴィさんが鞭を巻きつけている巨人の腕に振り下ろす。

 風の刃と共に振り下ろした大鎌は巨人の腕を斬り裂き、アレヴィさんの鞭が食い込んでいることも合わさって、そのままなんの抵抗もなく斬り落とした。

 斬り落とされた巨人の腕は地面に落下し、黒いヘドロとなって霧散する。

 片腕を失った巨人はたたらを踏むと、黒いヘドロで構成された体が蠢いて徐々に腕を再生し始めていた。


「やらせないぉ」


 腕が再生する前に、アシッドが動き出す。

 体に雷を纏ったアシッドは、紫電を迸らせながら地上を駆け抜けた。


「__<雷光一閃>」


 アシッドの体が電光を残して消えると、剣を振り抜いた体勢で巨人の足元の背後に現れる。

 そして、遅れて巨人の片足が一文字に斬り裂かれ、地響きを起こしながら斬り落とされた足が倒れた。

 アシッドは剣にこびり付いていた黒いヘドロを一振りして落とすと、バランスを崩して倒れそうになっている巨人を見つめる。


「あと一息だねぇ。トドメは任せようかなぁ?」

「あぁ、任された」


 肩をすくめたアシッドに、ライトさんが答えた。

 ライトさんは右手で持った槍を、弓を引き絞るように体を仰け反らせながら構える。


「<我掲げるは龍神の一閃>__<アクア・スラッシュ>」


 静かに詠唱すると槍の先端から柄にかけて、渦のように水が集まっていった。


「__テリャアァァァァァァァァァッ!」


 ライトさんは地面を砕きながら足を踏み込み、声を張り上げて勢いよく槍を投げ放つ。

 水の尾を引きながら投げられた槍は一直線に巨人の胸元に向かっていき、螺旋を描いていた水の刃がドリルのように巨人の体を削っていく。

 そして、そのまま槍は巨人の体を穿ち、胸元に大きな風穴を開けて貫いた。


「オ、オォォ、ォォォン……」


 胸に風穴を開けられ、片腕と片足を失った巨人はうめき声を上げて背中から倒れていく。

 敵陣営の方に倒れかかった巨人はモンスターや黒い騎士たちを巻き込みながら、大地を大きく揺らして倒れ伏した。

 ライトさんがクンッと右腕を振ると、水の糸で繋がっていた槍が勢いよく戻ってくる。

 戻ってきた槍を掴んでクルリと回してから石突を地面に突き立てたライトさんは、俺たちの方に目を向けた。


「あれならばそう簡単には再生しないだろう。タケルたちは今のうちに、先に進んでくれ」

「ありがとう、ライトさん! みんなも!」

「礼などいらないさ。結局、私たちはキミたちに世界の命運を押し付けているようなものだからな」


 自嘲するように笑ったライトさんは、槍を構えて押し寄せてくるモンスターの軍勢を睨みつける。


「有象無象は私たちに任せてくれ。キミたちは早く城下町へ」

「分かりました! ケンさん!」


 俺の呼びかけにケンさんは静かに頷くと、地面を蹴って走り出した。

 その後ろでロスさんに乗った真紅郎が、ライトさんに声をかける。


「ありがとうございます! えっと……に、兄さん!」


 あれだけ恥ずかしがっていた真紅郎が、ライトさんのことを兄さんと呼んだ。

 ライトさんは目を丸くすると、カラカラと笑い出す。


「アッハハハハ! あぁ、行ってこい! 我が弟よ!」


 ライトさんに見送られて、俺たちはまた戦場を駆け抜ける。

 向かってくるモンスターはガンツさんやドーガさん、アレヴィさんやアシッドが片付けてくれた。

 心強い援護のおかげで、城下町まであと約三百メートルのところまで来た。

 だけど、敵の数が多くてそう簡単に突破出来ない。


「くッ、数が多いな……ミリア! 敵陣の薄いところは!?」


 敵の攻撃を避けて走るケンさんから振り落とされないように堪えながら、イヤリングに向かってミリアに声をかけた。

 すると、イヤリングから聞こえるのは雑音と激しい戦闘音。


「後方にワイバーン! 右に旋回して回避! 右船体砲撃用意! 申し訳ありません、タケル様! 今は少し、余裕が……ッ!」


 上空を見上げてみると、旗艦の機竜艇がワイバーンの群れに取り囲まれていた。

 今のミリアに指示を出す余裕はない。なら、とにかくこの数の敵を突破するしかなさそうだ。


「ケンさん、かなり無理させちゃうかも……」

「あぁ、分かっている。振り落とされるな」


 この敵の数を相手に、無傷で突破することは出来ない。

 それはケンさんも分かっているようで、覚悟を決めた表情で剣を構えながら敵に向かっていった。

 後ろにいる、やよいたちを乗せたケンタウロス族たちも決死の覚悟で敵と戦っている。

 すると、狼型モンスターがサクヤを乗せたケンタウロス族の足に噛み付いた。


「ぐあッ!?」

「うわぁぁッ!?」

「……くッ」

「きゅきゅー!?」


 足を噛みつかれたケンタウロス族はバランスを崩し、地面を滑りながら倒れ込む。

 その背中に乗っていたエルフ族、そしてサクヤとキュウちゃんが空中に投げ出され、落馬した。

 エルフ族は地面を転がり、サクヤはどうにか空中で姿勢を整えて足から着地する。


「サクヤ!」

「む、マズイ……ぐぅッ!?」


 すぐにケンさんがサクヤを助けに行こうとすると、邪魔するようにモンスターが襲いかかってきた。

 一人取り残されたサクヤは周りの敵を殴り飛ばしながら、困ったように眉をひそめる。


「……さすがに、ヤバい」

「きゅー!?」


 膨大な数の敵に囲まれたサクヤは冷や汗を流しながら拳を構え、頭の上にいるキュウちゃんはワタワタと慌てていた。

 ケンさんも、やよいたちを乗せたケンタウロス族も敵に邪魔されて助けに行けずにいる。

 そして、サクヤに向かってモンスターが飛びかかった。


「__フンッ!」


 その瞬間、モンスターの群れを縫うように駆け抜けた人影が、サクヤに飛びかかったモンスターを殴り飛ばす。

 続けて、後ろ回し蹴りでモンスターを蹴り飛ばした。

 サクヤを守るように現れたのは、一人のダークエルフ族。


「……お父さん?」

「大丈夫か、オリン! 助けに来たぞ!」


 サクヤの父親、デルトだった。

 デルトはニヤリと笑いながら、サクヤと背中合わせになって拳を構える。


「……後ろはお願い」

「あぁ、任せろ! 息子には指一本触れさせんぞ!」


 サクヤが敵を殴り飛ばすと、デルトは蹴りで敵を薙ぎ払った。

 そして、二人は前と後ろを入れ替えると同時に拳を敵に叩き込む。


「オリン!」

「……うん」


 デルトがしゃがみながら声をかけると、跳び上がったサクヤは空中で後ろ回し蹴りを放って敵を蹴り飛ばした。

 頭上をサクヤが通り過ぎたタイミングでデルトはしゃがんだまま足払いで敵を倒し、サクヤは着地と同時に倒れた敵の頭を踏みつける。

 親子の息の合ったコンビネーションで、二人は襲いかかってくる敵を片付けていた。


「未来の旦那様の危機だよ! 全員、かかれぇぇぇぇッ!」


 そこで、ダークエルフ族たちを引き連れたキリが、敵に向かっていく。

 突然現れた援軍によって、ケンさんはサクヤの近くまで来れた。


「……キリ、ありがと」


 サクヤがお礼を言うと、キリは花が咲いたような笑顔で駆け寄り、ギュッとサクヤを抱きしめる。


「未来の旦那様のためだもん! 当たり前でしょ!」

「むぐ……苦しい」


 キリはむふふーと笑いながらサクヤを抱きしめてから、チュッと頬にキスを落としてサクヤの手を握る。


「あんまり無理しちゃダメだからね? 無事に、帰ってくるんだよ?」

「……分かってる。キリも、無理しないで」

「うん!」


 キリと言葉を交わしたサクヤに手を貸し、俺の後ろに乗せた。

 俺とサクヤ、リフの三人を乗せたケンさんは剣を一振りしてから蹄を鳴らす。


「あと少しだ。一気に突き進む」

「あぁ、頼む!」


 ケンさんは地面を蹴り、蠢いている敵の群れに向かって行った。

 城下町まで、残り約二百メートル。城下町の門が、ようやく見えてきた。

 あと少し、あと少しでたどり着く__。


「__タケル様! 逃げて!」


 そこで、ミリアの叫び声がイヤリングから聞こえてきた。

 同時に__走っていたケンさんの目の前で、爆発が起きる。

 爆風と砂煙、衝撃に包まれた俺の視界が、ブレーカーを落としたように真っ暗になった。


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