二十五曲目『深まる謎』

 扉の向こうは、広い空間になっていた。

 シリウスさんの魔力に反応したのか<幻光石げんこうせき>という、魔力を送った人の属性によって色が変わる光を放つ石が、空間を緑色に淡く照らす。

 そして、その奥には石造りの祭壇があり、そこに一つの石像が鎮座していた。


 __背中から生えた翼で自分を包み込んでいる女性。


 この人が、この神殿に祀られている属性神なんだろう。

 顔は風化していてどんな容姿なのかは分からない。だけど__。


「……綺麗」


 ボソッと、やよいが石像を見て呟く。

 そう、やよいが言うように祭壇に置かれた石像はどんな容姿をしているのかは分からないけど、綺麗だった。

 風化していても失われていない神々しさが、不思議とその石像からは感じられる。

 俺だけじゃなく、やよいやウォレス、真紅郎はその石像に魅入られていた。


「……うっ」


 ただ一人だけ、サクヤはガクッと膝を折る。辛そうにうめき、頭を抱えていた。

 明らかに様子のおかしいサクヤに気付いた俺は、慌てて体を支える。


「サクヤ! どうした!?」

「……頭が、痛い」

「ちょっと、大丈夫!?」


 やよいもサクヤを心配して駆け寄ってきた。

 苦しそうに頭を抑えるサクヤを見て__気付いた。


「サクヤ、お前……」


 サクヤの黒い瞳が、淡く赤色・・に染まっていることに。

 その赤い瞳は、まるでフェイル__黒い魔力を纏った時のフェイルのようだった。


「きゅー!」


 俺がサクヤにその瞳はどうしたのかと聞こうとすると、キュウちゃんがサクヤに飛び込んで頭の上に乗っかる。

 すると、サクヤは目をパチクリさせながら不思議そうに立ち上がった。


「……あれ? 痛く、ない?」

「きゅきゅー」


 キュウちゃんが頭の上に乗っかった瞬間、なぜか痛みがなくなったサクヤは首を傾げる。 頭の上にいるキュウちゃんは一安心したように鳴いていた。


 今のサクヤの瞳は、元の黒色に戻っていた。


「な、なんだったんだ?」

「……分からない。でも、もう平気」


 突然の異常事態に目を丸くしていると、サクヤは本当にもう大丈夫なようで普通に戻っている。

 気になるけど、平気ならとりあえずいいか。

 サクヤが無事でホッとしていると、シリウスさんが眉をひそめて声をかけてきた。


「どうかしたんですか?」

「いや、ちょっと……でも、もう大丈夫みたいなんで」

「そうですか。それならいいんですが」


 シリウスさんに説明しようと思ったけど、俺自身も何が起きたのかはっきりと分からないから、今は置いておこう。

 シリウスさんは気を取り直して、口を開いた。


「さて、この祭壇に鎮座している石像こそが、この神殿の属性神です。この神殿がいつ出来て、誰が建てたのかは分かりませんし、どの属性なのかも不明。謎だけが残されている場所ですが、唯一分かることがあります」

「分かることですか? それはなんですか?」


 真紅郎の質問に、シリウスさんは両腕を広げる。


「それは、魔力の残痕・・・・・が今も生きているということです」

「魔力の残痕? ヘイ、そんなの感じるか?」


 ウォレスがキョロキョロと周りを見渡しながら、訝しげな表情を浮かべていた。

 他のみんなも感じられないようで、首を横に振る。

 シリウスさんは「ふむ」と顎に手を当てると、説明し始めた。


「裂け目、とでも言いましょうか。あの石像の上に、こことは違うどこかに繋がっているような痕跡が残されているんです。私もかなり不明瞭でどのような魔力なのか、なんの属性なのかは分かりませんが、間違いなくそこに何かが残されています」


 そう言うシリウスさんに、やよいたちは石像の上を見つめる。だけどやっぱり感じられないのか、首を傾げていた。

 たしかに、見た感じ何もあるようには思えないだろう。


 だけど__俺だけ・・・は、そこに何かがあるのを感じていた。


 シリウスさんが言うようにどこかに繋がっている裂け目のような、見えない渦のような魔力があるのが、五感じゃない感覚で分かる。

 すると、俺の様子を見てシリウスさんは「ほう」と声を漏らす。


「どうやらタケルは何かを感じているようですね。いや、もしかすると私以上に見えている・・・・・のでは?」

「え、そうなのタケル?」


 やよいが声をかけてくるのが聞こえた。

 だけど、俺にはそれが遠くに聞こえた気がした。

 魔力の渦、裂け目を見つめているとまるで吸い込まれそうな感覚になる。


「タケル? ちょっと、タケル! ねぇってば!」


 やよいがいきなり俺の肩を掴んで止めてくる。

 そこでようやく俺は、我に帰った。


「……ん? どうした、やよい?」

「どうしたじゃないでしょ!? いきなり返事しないし、歩き出すし! どうしたって聞きたいのはあたしの方だから!?」

「俺が?」


 やよいに言われて、さっきまでいたところから祭壇に向かって進んでいたことに気付く。

 目をパチクリさせていると、真紅郎とウォレス、サクヤも俺に近づいてきた。


「そうだよ、タケル。ボクもびっくりしたよ?」

「ヘイ、大丈夫かタケル?」

「……寝てた?」


 どうやらやっぱり、俺は無意識に祭壇に向かって歩いていたようだ。 まるで祭壇に……石像に吸い寄せられるように。

 ふと、シリウスさんがまるで観察するように俺を見つめていること気付いた。


「ふむ、興味深いですね。やはり私の見立て通り、キミたちならこの神殿の謎を解き明かすことが__」


 ブツブツと独り言を呟いているシリウスさんを横目に、俺は石像を見据える。

 石像は特に変わった様子もなく、ただ祭壇に鎮座しているままだった。

 あれがなんなのかは分からないけど、別に悪い雰囲気は感じない。


 むしろ、歓迎するように__。


「……誰?」


 ふと、サクヤが勢いよく振り返って声を上げた。

 その瞬間、ピシピシと神殿が悲鳴を上げるような音が聞こえてくる。

 そして、俺たちも振り返るとそこには__一人の男が立っていた。


「お前は……どうしてここに!?」


 そこにいたのは、ユニオン本部を集撃してきた仮面の男。だけど仮面は外され、骸骨のような素顔を露わにしていた。

 俺とウォレスによって傷を負い、全身に包帯を巻いた状態でいつの間にかそこに立っている男は、肩を震わせて笑い出す。


「ようやく、見つけたぞ……」

「答えろ! どうしてお前がここにいるんだ!?」

「クックック……ずっとお前たちを尾行していた。そして、ようやく見つけた……」


 男は歓喜に震え、三日月のようにニヤリと口角を上げながら両腕を広げて天井を見上げた。


「あぁ、ガーディ様! 貴方様がこの私に与えたもう一つの使命・・・・・・・を果たすことが出来そうです!」


 俺の問いを無視して、男は高らかに叫ぶ。

 もう一つの使命? まさか__ッ!?

 ピシピシという音は徐々に大きくなり、天井から砕けた石がポロポロと落ちてきた。 

 そして、男は狂ったように笑いながら、全身から黒い魔力を迸らせる。


「我が命に賭けて、ようやく見つけたこの神殿・・・・を滅ぼします! 貴方様の覇道の礎となりましょう!」


 やっぱり、こいつの目的はこの神殿か!

 男はそのまま黒い魔力をわざと暴発させ、自爆するつもりのようだ。

 止めようとしても、もう遅かった。


「みんな、逃げ__ッ!」

「我が偉大なる覇王ガーディ様に仇なす者は、ここで滅びろォォオォォォォッ!」


 俺の声を遮るように男は叫び、とうとう黒い魔力が男を飲み込みながら爆発する。

 轟音と黒い魔力の爆風が俺たちを襲いかかってきた。

 俺の中に眠っている白い魔力を引き出そうとしても、間に合いそうにない。

 このままだと爆風に飲みこまれ、倒壊する神殿の下敷きになってしまう。


 どうする__ッ!?


「__きゅきゅきゅー!」


 サクヤの頭の上にいたキュウちゃんの鳴き声が、響き渡った。

 すると、視界が眩い光に包まれる。


「……え?」


 そして、視界が晴れると……俺たちはいつの間にか神殿の外に立っていた。

 黒い光が神殿の隙間から漏れ出し、音を立てて崩壊していく光景を、俺たちは外から呆然と眺める。


「今、のは……?」


 神殿内部から外へ転送された現象。それはまるで、フェイルが消える時と似たようなものだ。

 だけど、この異世界の魔法には転送、転移する魔法は存在しないはず。

 神殿が崩れ終わると、キュウちゃんがパタっと倒れた。


「きゅ、キュウちゃん!?」


 慌ててやよいが抱き上げると、キュウちゃんは寝息を立てながら眠っている。

 特に怪我をしている様子もなく、ただ眠っているキュウちゃんを見てやよいは安心したように深いため息を吐いた。


「今のはいったい……?」


 シリウスさんも予想外の現象だったのか、唖然としている。

 何が起きたのかは分からないけど、間違いなく俺たちの危機を救ってくれたのは……。


「キュウちゃん、お前が助けてくれたのか?」


 キュウちゃんが助けてくれたんだろう。だけど、当の本人は眠っていて答えてはくれない。

 謎を残したまま、完全に倒壊してしまっていた神殿を見つめる。

 黒い魔力を暴発させて自爆した男は、多分もう死んでいるだろう。


「貴重な神殿が……」


 真紅郎が悔しげに崩れ去った神殿を見て呟く。

 あの男の目的、ガーディが命令したことは、あの神殿を破壊することだったようだ。


 つまりそれは、ガーディにとってあの神殿が邪魔だったということ。


 ますます神殿の謎が深まったまま、俺たちは倒壊した神殿を眺めて立ち尽くすのだった。


 

 

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