二十曲目『暴れ回る大猿』
「__ゴアァァァァァァァァッ!」
やよいたちの救援に向かうとイエティが天地を震わせるような雄叫びを上げて、太い腕を振り上げる。
十メートルもの体躯から振り下ろされた拳が地面に着弾した瞬間、轟音を響かせて大地を隆起させた。
地割れを引き起こしながらユニオンマスターたちに隆起した地面が向かっていくと、一番前に出たガンツさんが拳同士を打ち付ける。
「行くぞぉぉぉぉッ! <我が戦を司る戦神よ、母なる大地に立つ闘神よ、今こそ手を取り我が守りの壁とならん>」
咆哮しながら詠唱をしたガンツさんは、両拳を振り下ろして地面を殴った。
そして、そのまま両拳をまるで何かを引きずり出すように振り上げる。
「__<アイアン・ウォール!>」
土属性と雷属性の混合魔法__磁鉄属性。
地面が激しく揺れ動くと、そこから黒鉄の大きな壁が迫り上がってきた。
雷によって生まれた磁力で地中深くに眠っていた鉄を集め、壁状の塊にして相手の攻撃を防ぐ防御魔法。
ガンツさんが使った防御魔法は、襲いかかってきた衝撃を完全に防ぎ切った。
「ぬぅぅん! 中々の威力だ……久方ぶりに腕が鳴るわ!」
「折れないように気を付けてねぇ。さぁて、ガンツさん。ちょいと俺のことをあそこまで飛ばしてくれないかなぁ?」
鍛え上げられた筋肉を盛り上がらせながらニヤリと不敵に笑うガンツさんに、アシッドが声をかける。
アシッドが指差したのは、見上げるほど大きいイエティの頭。
ガンツさんは鼻を鳴らすと、手に持っていた魔装__握っている柄から鎖で繋がっている黒塗りの丸い鉄球、モーニングスターを地面に置く。
「あぁ、いいだろう! これに乗れぃ!」
「それじゃ、お邪魔しますよっと」
アシッドは気怠げに地面に置かれた鉄球に両足を乗せる。
乗ったのを確認したガンツさんは、柄を両手で握りしめながらムキムキっと音がしそうなほど筋肉を隆起させた。
「__どぉぉぉぉ、りゃあぁぁぁあぁぁぁぁぁッ!」
そして、野太い雄叫びを上げると一本背負いするように柄を振り下ろし、ジャラジャラと鎖が音を立てながらアシッドを乗せた鉄球が浮かび上がる。
そのまま鉄球は勢いよく振り上げられ、その勢いに乗せてアシッドの体がイエティ目掛けて放り出された。
ロケットのように一気に飛び上がったアシッドは、十メートルあるイエティの顔まで一直線に向かっていく。
「<我貫くは戦神の鎧>__<ライトニング・ストレングス>」
イエティの頭上で詠唱したアシッドの身に、バチバチと紫電が迸る。
アシッドは魔装の両刃剣を構えると、弾丸のような速度のままイエティの顔面に向かって剣を薙ぎ払った。
「ガァァッ!?」
雷属性の身体強化を使い、音が遅れて聞こえるほどの速度で振り払われた剣がイエティの鼻に一文字の傷……いや、いくつもの傷が刻まれる。
雷を纏ったアシッドは一振りに見える速度で、何度も剣を振るっていたようだ。
だけど、僅かに血が噴き出るもののそこまで傷は深くはない。
「ちょ、硬すぎないぃぃぃ……?」
落下しながら硬すぎるイエティの皮膚に文句を言うアシッド。
すると、イエティは怒りに顔を歪めながら落下しているアシッドに向かって拳を振り上げる。
このままだとアシッドが羽虫のように打ち落とされる__そう思っていると、アシッドに向かって下から鞭が伸びてきた。
鞭はグルグルとアシッドの体に巻きつき、グンっと地面に向かってアシッドを引っ張る。
イエティが振り抜いた拳は、目標を失い空を切った。
「グゥゥゥ……ッ!」
鬱陶しげに唸るイエティをよそに、鞭に引っ張られたアシッドは深く降り積もった雪に背中から落ちる。
ボフン、と雪の中にアシッドが消えると、鞭はシュルシュルと意思を持っているかのようにアレヴィさんの元へと戻っていった。
「ちょっとアシッド! あんたねぇ、もう少し考えて戦いなぁ!」
「いやぁ、ごめんごめん。助けてくれてありがとねぇ。でも、もうちょっと優しく落としてくれてもよかったんじゃないかなぁ?」
「甘えたこと言ってるんじゃないよ! 仮にもユニオンを任されている代行なんだから、自分でなんとかしな!」
「厳しいねぇ……」
雪から顔出したアシッドがやれやれと肩を竦めていると、アレヴィさんはジロっとイエティを睨む。
「こうも見下されていると癪だねぇ。ちょっと、倒れて貰おうか!」
そう言うとアレヴィさんは鞭をブンブンと振り回した。
「<我纏うは鬼神の鎧>__<ファイア・ボルテージ!>」
流れるように詠唱するとアレヴィさんの体が炎を纏い、その炎は風を切って回っている鞭にまで伸びていく。
「__うりゃあ!」
声を張り上げながら、アレヴィさんはグルグルと回していた鞭をイエティに向かって伸ばした。
炎を纏いながら一直線に伸びていく鞭は、イエティの太い右足首に巻きついていく。
ジュゥゥ、と鞭が巻かれた足首から焼かれた音が聞こえると、イエティは悲痛の叫びを上げながら僅かに右足を上げた。
「__そぉぉれぇぇぇぇい!」
そして、アレヴィさんは軽く持ち上げられたイエティの右足を見て、思い切り鞭を引っ張る。
すると、火属性の身体強化されたアレヴィさんの力により、イエティは右足を取られて後ろに仰け反っていった。
「ゴアッ!?」
「ぐぅ……この、馬鹿力が……ッ!」
バランスを崩したイエティは慌てて倒れないように左足に力を込める。
さすがに身体強化していても、女性のアレヴィさん一人の筋力じゃイエティを倒れさせるまでには至らなかった。
アレヴィさんが鞭を引っ張りながらギリッと憎たらしげに歯を鳴らしていると、その横を一陣の風か通り過ぎる。
「__助太刀します」
それは、ドーガさんだった。
ドーガさんは風を纏い、まるで死神が持っているような大きな鎌を両手で握りしめながら、倒れまいと堪えているイエティの足元へと走っていく。
そして、ドーガさんは大鎌を思い切り振り被り、詠唱を始めた。
「<我放つは軍神の一撃>__<ウィンド・スラッシュ!>」
流れるように詠唱を終えたドーガさんが大鎌を力強く振り抜くと、大鎌から巨大な風の刃が放たれる。
風の刃はイエティの左足に直撃し、鋭い傷が刻まれた。
「ガァァァァッ!?」
悲痛の叫び声を上げたイエティは、とうとう背中から倒れる。
大きな衝撃が地面を揺らし、降り積もっていた雪が大きく舞い散った。
「__今が好機!」
倒れたイエティを見たライトさんは、手にしていた槍の穂先をイエティに向けて一気に駆け出す。
イエティは背中に受けた衝撃に苦悶の表情を浮かべていると、向かってくるライトさんに気付いたようだ。
「ウォォォォォォォォォォォォォォンッ!」
ビリビリと大気を震わせてイエティが雄叫びを上げる。
そして、その巨体からは考えられないほど俊敏な動きで体を起こすと、走り寄ってくるライトさんに向かって右腕を振り上げた。
「むぅッ!?」
轟音を響かせて振り上げられた右腕が暴風を生み、風と雪の壁がライトさんを襲う。
あまりの暴風雪にライトさんは顔をしかめながら足を止め、そのまま吹き飛ばされてしまった。
空中で一回転してから華麗に着地を決めたライトさんは、イエティの俊敏さに眉をひそめる。
「厄介だな……倒したぐらいでは動きを止められないか」
「大技を出してもあの敏捷性なら、軽々と避けられてしまいますね」
その隣に立っていたドーガさんも、厄介そうにイエティを見つめていた。
ユニオンマスターたちが使う魔法は他と比べても火力があるだろう。だけど、あのイエティ相手に使うには、隙が多すぎる。
かと言って小技ではイエティの硬い体毛と筋肉に阻まれ、軽い傷しか与えることが出来ない。
動きを止めたくても、イエティの膂力と敏捷性ですぐに体勢を立て直される。
このまま戦闘が長引けば、さすがのユニオンマスターたちでも体力が保たないだろう。
「決め手に欠けるな」
「少しでもいいから、あいつの動きが止まれば戦いやすいんだけどねぇ……」
腕組みしながら呟くガンツさん。アシッドは面倒臭そうに後頭部をガシガシと掻きながらため息を吐いている。
動きを止める、か……。
「それなら、俺たちがやる!」
ユニオンマスターたちが戦う邪魔にならないようにタイミングを見計らっていた俺は、動きを止める役目を立候補する。
俺の言葉にユニオンマスターたちは目を丸くしていた。
「タケル? あのダークエルフ族の男との戦いは終わったのか?」
「……終わったというか、見逃されたというか」
ライトさんの言葉に俺はフェイルとの戦いを思い出して、苦虫を噛み締めたような顔で答える。
いや、今はいい。とにかく、まずはあいつをどうにかしないと。
「ライブ魔法であのイエティの動きを止めます。それまで皆さんには援護をお願いしたいんです」
「噂には聞いてるけど本当に出来るの、タケル?」「うむ、あれだけの巨体の動きを止めるとなると、相当だぞ?」
ライブ魔法を見たことがないアシッド、ガンツさん、言葉にはしないけどドーガさんもあまり信じていないようだ。
だけど、見たことがあるライトさんとアレヴィさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「タケルたちのライブ魔法は、かなりのものだ。あれぐらいのモンスターならば、動きを止めることなど簡単だろう。私が保証する」
「そうさね。それに、タケルがやるって言うんだ……だったら、出来るさ」
ライトさんとアレヴィさんの言葉で納得したのか、アシッドとガンツさん、ドーガさんは俺を見て頷く。
それなら早速、とイエティを戦っているやよいたちに声をかけようとした時……。
「タケル。キミがイエティをどうにかすると聞きましたが、本当ですか?」
話を聞いていたシリウスさんが俺に問いかける。
真っ直ぐに見つめてくる瞳は、まるで俺を試しているように見えた。
「はい。俺たちなら、出来ます」
「ふむ、そうですか……」
ゆっくりと深呼吸してから答えると、シリウスさんは頬を緩ませながら顎に手を当てて考え込む。
そして、ニヤリと口角を上げた。
「なら、私に見せて下さい__キミたちの力を。話に聞いている、おんがくという未知の文化が生み出す無限の可能性を」
シリウスさんも音楽のことを知っていたようだ。多分、ライトさんかアレヴィさん辺りが報告していたんだろう。
だけど、それはあくまで話で聞いただけ。実際にはまだ聴いたことがない。
だったら、全力で見せてやろう__俺たちの力を。俺たちの音楽を。
「__Realize、集合!」
思い切り息を吸って、イエティと戦っていたやよいたちに向かって叫ぶ。
俺の声を聞いたやよいたちは、すぐに集まってきた。
「タケル、戻ってたの!? 大丈夫!?」
「ハッハッハ! どうしたタケル?」
「……おかえり」
「何か策でもあるの?」
やよいは俺に怪我がないか心配し、ウォレスはニヤリと不敵に笑い、サクヤはマイペースに出迎え、真紅郎は俺の顔を見てすぐに察したのか頬を緩ませる。
みんなの視線を受け止めた俺は、剣を雪に突き立てた。
「__ライブやるぞ」
その一言で全員が笑みを浮かべ、何も言わずに定位置に着く。
察しがいいな。思わず笑みをこぼしてから、剣の柄先に取り付けてあるマイクを口元に持っていく。
「ライブ魔法であいつの動きを止めるぞ! ユニオンマスターたちはそれまで時間稼ぎを! 発動したらすぐに退避して下さい!」
俺の指示にこの場にいる全員が頷いた。それから俺はチラッと振り返って、やよいたちの様子を確かめる。
やよいは赤いエレキギターを、真紅郎は木目調のベースを構えて俺に向かって目配せした。
ウォレスは目の前にドラムセットを模した紫色の魔法陣を、サクヤは魔導書から魔力で出来たキーボードの鍵盤を展開し、待ちきれないとばかりに俺を見つめる。
全員の準備が出来てから、俺はうなり声を上げながら威嚇しているイエティを真っ直ぐに睨みつけた。
__久しぶりのライブ魔法……ライブだ。気合を入れて、やるぞ。
息を思い切り吸い込み、マイクに向かって声を叩きつける。
「__ハロー、そこの巨大イエティ! そのでっかい耳でしっかりと聴け!」
マイクを通した俺の声が、ドルストバーン山脈全体に響き渡っていく。
その大音量を聞いたイエティは目を丸くして驚きながら、警戒するようにこちらの動きを観察していた。
「雪山の覇者だかなんだか知らないけど、お前みたいな山奥で暮らしているような奴が聴いたことがないのを、特別に聴かせてやる! その小さい脳に理解出来るかは分からないけどなぁ!」
動きを止めるライブ魔法。二曲あるけど、まずは__ッ!
「__<僕は君の風になる>」
曲名を告げ、ライブ魔法を始めた。
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