十五曲目『仮面の男』
けたたましい音を立てながら本棚が倒れ、雪崩のように本が山のように積み重なっていった。
突然襲ってきた謎の黒ローブの男は、本の山に紛れて見えなくなっている。
スタッと俺の隣に着地したサクヤは、拳を構えた。
「……誰?」
「ナイス、サクヤ! 助かった!」
いきなりの襲撃者に首を傾げるサクヤに親指を立てつつ、俺も拳を構える。誰なのかは分からないけど、命を狙ってきたから間違いなく敵だろう。
今は魔装がないから無手でどうにかするしかない。心許なさを感じながらチラッとシリウスさんの方を見ると、シリウスさんは動じた様子もなく椅子に座ったままだった。
「……随分落ち着いていますけど、大丈夫なんですか?」
「咄嗟に動けなかっただけですよ。それに、キミたちがいれば大丈夫でしょう」
咄嗟に動けなかった、と言っているけどその姿は冷静で取り乱している様子もない。これがユニオンを取り纏める総指揮としての器なのかもな。
俺たちがいれば大丈夫と思ってるみたいだけど……。
「俺たち全員、武器持ってないんですけど?」
「……え?」
シリウスさんは予想外だったのか目を丸くして驚いていた。
今の俺たちは全員、会議の前に魔装を没収されている。武器なしでも戦えることは戦えるけど、魔装に頼らない戦闘は初めてに近いからそこまで信頼されても困るんだよな。
「ボクとやよいは戦力外だね」
「うん。魔装があればいいんだけど……」
苦笑いを浮かべる真紅郎に、やよいが頷いて同意する。
真紅郎の戦いは銃を使っての中遠距離だし、やよいはそもそも女子だ。こうなると二人は戦力外だろう。
戦うのは俺とウォレス、特にサクヤは無手での戦闘だから主戦力だ。
誰か一人でもこの資料室から出て、魔装を取りに行けばどうにかなりそうだけど……。
「__無理そうだな」
そうはさせないとばかりに山になっていた本が崩れ、そこから黒ローブの男が這い出てきた。
ボキボキと首の骨を鳴らしながら、目深に被っていたフードを外す。
「隙をついたつもりだったが、存外察しがいい。以前よりも実力は上がっているようだな」
フードを外した男の顔には、見覚えのある骸骨を模した白い仮面。
仮面越しのぐぐもった声で話す男の姿を見て、そいつが誰なのか思い出した。
「お前……レンヴィランスで襲ってきた、王国の__ッ!」
「ほう? 私を覚えていたのか。久しいな、勇者たち」
そいつはレンヴィランス神聖国で出会ったことがある、俺たちを追ってきた王国側の人間。その時は敵同士だった魔族、ヴァイクとの戦闘でいつの間にか消えていた仮面の男だった。
仮面の男はやれやれと肩を竦める。
「あの時は魔族に邪魔されてしまったが……今回こそは、その首をあの方へ献上させて貰う」
そして、仮面の男は腰に両手を回すとそこから二本のナイフを抜き放ち、姿勢を低くしながら構えた。
相手は武器持ちか。舌打ちしたい気持ちを抑えつつ、時間稼ぎに仮面の男に話しかける。
「どうやって本部に入り込んだ!?」
「さて、それを教えるとでも? まぁ、あえて言うなら__正義を掲げるユニオンだとしても全ての者がそうとは限らない、とだけ言っておこう」
それはつまり、ユニオン内部に裏切り者__こいつを本部に潜り込めるように手引きした奴がいるってことか。
ギリッと歯を鳴らすと、後ろに控えていたシリウスさんが俺に声をかけてくる。
「どうしますか、タケル? 武器もなしに倒せますか?」
「やるしかないですよ。そうじゃないと、やられるだけです」
「私も加勢してもいいですが……」
シリウスさんは属性神が見えるほどの風属性の使い手だとさっき話していた。
そのシリウスさんが加勢してくれれば、たしかに楽にあいつを撃退出来るだろう。
でも、とその考えをすぐに否定する。
「シリウスさんは他の人たちに伝令して下さい。ユニオン本部に襲撃者が入り込んでいて、しかも裏切り者がいる、と。すぐにでも対処しないと、被害が広がる可能性があります」
本部に入り込んだのが目の前にいる仮面の男一人とは限らない。それに加え、ユニオン本部に手引きした裏切り者がいる。
これをきっかけにユニオン本部が崩壊すると、王国との戦いどころの話じゃなくなってしまう。
だからこそユニオンの総指揮、シリウスさんには戦うよりも先にこの非常事態をどうにかして貰った方がいいだろう。
「真紅郎とやよいはシリウスさんについて行ってくれ。ここは俺とウォレス、サクヤでどうにかする。出来れば魔装を探して持ってきてくれると助かる」
「うん、分かったよ」
「……無理はしちゃダメだからね?」
俺の指示に真紅郎は頷き、やよいは心配そうにしながら俺を見つめてくる。
返事の代わりにやよいに笑いかけてから、俺は仮面の男を見据えた。
「作戦会議は終わったか? ならば__ここで死ぬといい」
律儀にも俺たちが話終えるのを待っていた仮面の男。いや、余裕から来るものか。
仮面の男はグッと足に力を込めると、一気に飛び込んでくる。
両手に持ったナイフを逆手に構え、地面を這うように姿勢を低くしながら走り寄ってくる仮面の男に対して、俺も拳を構えながら走り出した。
「__行け、真紅郎! やよい!」
俺の叫び声に真紅郎とやよいは弾かれたように動き出す。シリウスさんを守るように資料室から出ていく真紅郎たちを横目に、仮面の男に向かって拳を突き出した。
風を切って突き出した拳を仮面の男はさらに体勢を低くして避けると、下から掬い上げるようにナイフを振り上げてくる。
「__くッ!?」
拳を振り切る前に止め、すぐに仰け反りながらナイフを避けた。ナイフは俺の顎先を掠め、返す刃で俺の首を狙って薙ぎ払われる。
だけど、その前に仮面の男の横からサクヤが足を振り上げていた。
「__シッ!」
「む!?」
短く息を吐いたサクヤは、仮面の男を俺から離れさせるように足を振り下ろして踵落としをする。
すぐに反応した仮面の男はタンっと床を蹴って距離を取って躱した。
「__オラァァァァッ!」
「ぐッ!?」
距離を取った仮面の男に、ウォレスが怒声を上げながら飛び蹴りを放つ。
どうにか腕で防御した仮面の男だったが、ただでさえ長身のウォレスが全体重を乗せて放った飛び蹴りを喰らって吹っ飛んだ。
だけど、吹き飛びながら仮面の男はウォレスに向かって右手に持っていたナイフを投げる。
投げられたナイフはまだ着地出来ていないウォレスの顔面に一直線に向かい__。
「させるか!」
突き刺さる前に、俺は前蹴りでナイフを蹴って弾いた。
蹴ったナイフはクルクルと勢いよく回りながら、壁に突き刺さる。
「サンキュー、タケル!」
「油断するなよ、ウォレス!」
着地してから俺にお礼を言ってくるウォレスに返事をしつつ、吹っ飛んだ仮面の男を目で追う。
仮面の男は右手で床に着地すると、そのままグルリと片手でバク転して体勢を戻していた。
「……武器も持たずにここまで戦えるとは。さすがは勇者と言ったところか?」
「勇者だからじゃない! 今まで戦ってきた俺たちだからだ!」
「ふん、そう簡単には首を取らせないか」
左手のナイフをクルリと手元で回すと、また仮面の男は走り出す。
狙いは__俺だった。
「__フッ!」
鋭く息を吐きながら、仮面の男は左手のナイフを突き出してくる。
喉元を狙ってきたナイフを首を傾けることで避け、お返しとばかりに右拳を突き出した。
だけど、仮面の男は俺の拳を右手で受け止め、背中を向けるように半回転しながら俺を投げる。
抵抗も出来ずに俺の足は床から離れ、ふわりと宙を舞った。このままだと背中から床に叩きつけられる。
「こ、のぉ……ッ!」
そうはさせない。
背中から叩きつけられる前に足で着地し、掴まれていた手を振り解く。
それからブリッジのような体勢から右足を軸にその場で無理やりに横回転し、仮面の男の足を蹴り払った。
「ぐ……ッ!?」
予想外の反撃だったのか、足払いされた仮面の男は背中から倒れる。受け身は取っただろうけど、背中に受けた衝撃に動けずにいた。
__その隙を狙い、ウォレスが仮面の男に向かって飛びかかる。
「__ハッハァァァッ!」
飛び上がったウォレスは仰向けで倒れている仮面の男へダイブ。
プロレス技のフライングボディプレスを仕掛けるウォレスに、仮面の男は舌打ちしながら転がりながらその場から逃げた。
目標を失ったウォレスは床に向かって腹から着地する。
「うげッ!?」
全体重を乗せたせいでウォレスは痛そうに腹を抑えながら床を転げ回っていた。
その間に仮面の男は立ち上がり、ナイフを構えようとして__。
「テアッ!」
「ちぃ!?」
サクヤの鋭い回し蹴りにより、ナイフがパキンとへし折れた。
追撃に放たれたサクヤの後ろ回し蹴りを、仮面の男は折れたナイフを投げ捨てながらバックステップで避けようとしている。
だけど、甘い。足払いをしてから俺は、戦況を見て事前に仮面の男の後ろに控えていた。
バックステップしようとしている仮面の男の背後から、肩を掴んで押し止める。
「貴様、いつの間に……ッ!」
「サクヤ! 合わせろ!」
「……了解」
驚く仮面の男を無視して、サクヤに合図した。
頷くサクヤはグルリとコマのように回転し、後ろ回し蹴り。
同時に、俺は仮面の男をサクヤに向かって押しながら膝を折り曲げ、一気に足を突き出した。
「__ゴホッ!?」
前からサクヤの後ろ回し蹴り。後ろからは俺の突き蹴り。
同時に蹴りのサンドイッチを喰らった仮面の男は、仮面の下から血を吐き出してその場で立ち尽くす。
俺とサクヤが離れると、ゆらりとウォレスが仮面の男の背後に近づいた。
「__おぉぉぉっしゃあぁぁぁぁッ!」
ウォレスはギラリと目を光らせ、仮面の男の腰に両腕を回す。
そして、怒号を上げながら仮面の男を抱きしめたままブリッジして、後ろに向かって反り投げた。
プロレス技__ジャーマンスープレックス。
見事に決まったジャーマンスープレックスにより、仮面の男は後頭部から床に投げつけられた。
ゴンッ、と鈍い音が響き渡る。床に頭から落ちた仮面の男は足をビクンッと痙攣させ、そのままうつ伏せに倒れた。
そして、ウォレスはというと__。
「お、おぉ、おぉ……ッ!?」
後頭部を抑えながら、バタバタと床にのたうち回っていた。
どうやらジャーマンスープレックスの時に、仮面の男と同時に後頭部を打ったみたいだ。
派手な技で決めようとするからそうなるんだ、と呆れつつウォレスの肩を叩く。
「おーい、ウォレス。大丈夫か?」
「の、のーぷろぶれむぅ……ッ!」
「問題しかないって」
まぁ、返事が出来るなら大丈夫だろ。
もがいているウォレスを無視して、倒れたまま動かない仮面の男に目を向ける。
「どうにか勝ったな」
「……捕まえる?」
「そうだな。また動き出されても困るし__ッ!?」
気を失っている内に捕まえておこう。そう思って動き出した、その時。
倒れている仮面の男の体から、黒い魔力が噴き出した。
「なッ!?」
俺とサクヤが慌てて離れると、仮面の男はゆらりと幽鬼のように起きる。
まるで黒い魔力に操られた人形のように脱力したまま立ち上がった仮面の男は、静かに顔を上げた。
「さ、すがは、勇者……あの方が、警戒する、訳だ……」
そして、仮面が顔から外れてカランカランと音を立てて床に落ちる。
ずっと隠されていた素顔が露わになった男はまるで__
極限にまで顔の肉が削ぎ落とされ、骨が浮き出ている。鼻も潰れ、皮が張り付いている骸骨のような顔をした男は、口角から血を流しながらニヤリと笑った。
「醜い、か? なんとでも、言うといい。あの方のため、人体実験を受けた結果、私はこんなにも醜くなった。だが、これはあの方への忠誠の証。私にとっては、誇るべき顔だ」
「人体、実験?」
「あぁ、そうだ。あの方の手となり足となり、あの方が歩む覇道を邪魔する全ての障害を潰す兵士。それが私__いや、
強化兵士計画、だって?
「まさか、あいつらは人工英雄計画だけじゃなくて、そんな非人道的な実験までしてるって言うのか!?」
人工的に英雄を作り出すという悪魔の実験だけじゃなくて、強い兵士を作るための実験までしていたのか……ッ!
ギリッと歯を食いしばっていると、男は小さく笑みをこぼす。
「私たちは
男は感情を爆発させる。
「今まで役立たずだと! お荷物だと言われ続けていたオレが! こうやってあの方のために、マーゼナル王国のために働ける! オレは救われたのだ! だからこそ!」
そう叫ぶと男は懐に手を突っ込み、そこから液体が滲んだ皮の袋を取り出した。
「貴様ら如きにあの方の邪魔はさせない!」
そして、男は山のように積み重なっている本に向かって、袋を投げ放つ。
袋が本の山にぶつかると、そこからバシャリと液体が飛び散った。
一気に資料室に充満するこの臭いは__
まさか、と何をしようとしているのか察した俺は男を止めようとしたが、もう遅い。
男は歯を剥き出しにしながら笑うといつの間にか手にしていたマッチに火を着け、油で濡れた本に向かって投げる。
「貴様らのことは今は捨て置く! まずは
投げられた火は油が染み込んだ本の山に落下し、一気に燃え上がった。
轟々と炎は燃え広がり、煙が資料室に立ち込める。
あまりの熱気に腕で顔を守っていると、煙の向こうで男が資料室から出ていくのが見えた。
「く……待てッ!」
俺たちは煙を突っ切り、逃げ出した男を追って資料室から出る。チラッと振り返ると、資料室の本たちは無惨にも燃え盛っていた。
あいつは本来の目的って言っていた。それがなんなのかは知らないけど、急いで止めないと。
走る足に力を込め、俺たちは男の背中を追うのだった。
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