三曲目『雪崩の脅威』
突如として襲いかかる自然の脅威、雪崩。
地を震わせながら向かってくる白い大津波に、俺たちは愕然と立ち尽くしていた。
「さ、さっきのやよいのディストーションのせいか!?」
「ちょ、ちょっと! あたしのせいなの!?」
「今は誰のせいとか関係ないよ! と、とにかく逃げないと……ッ!」
「……逃げ場、ない」
「きゅきゅきゅきゅきゅー!?」
ニクスウルスを倒した時に、やよいが使ったディストーションが雪崩を引き起こしたのは間違いない。
思わず思っていたことが口から出ると、やよいはワタワタと慌て始めた。
俺とやよいが言い合ってると、真紅郎が大声で止めてくる。そして、逃げるところを探すけど、サクヤの言う通り雪崩の範囲は大き過ぎてどこに逃げても飲み込まれるだろう。
サクヤの頭の上でキュウちゃんが大混乱していると、ウォレスが舌打ちしながら俺たちに叫んだ。
「ヘイ!
ウォレスの一喝に俺たちは頷いて返し、走り出す。
だけど、積雪に足が取られてそこまで速く走れない。その間にも雪崩はどんどん範囲が広がっていき、木々を飲み込みながら向かってきている。
「ちくしょう! <アレグロ!>」
このままだと間に合わないと判断した俺は、悪態を吐きながら
少しずつ雪崩の本流から遠ざかってきているけど、まだ足りない。
そして、とうとう雪崩は俺たちの頭上を覆い尽くした。
吹き付ける雪が混じった暴風と雪の壁が視界を真っ白に染め上げ、為す術もなく俺たちは雪崩に飲み込まれる__ッ!
「__<グリッサンド!>」
その直前、サクヤが動き出した。
音属性唯一の防御魔法、固有魔法のグリッサンドを使って襲いかかってくる雪崩に向かって手を伸ばすサクヤ。
ピアノの鍵盤の端から端を指で滑らしたような音と共に、サクヤは歯を食いしばりながら雪崩を受け流そうとしていた。
「ぐッ……あ……ッ!」
苦悶の表情を浮かべ、押し潰そうとしてくる大量の雪の重みにミシミシと腕が悲鳴を上げている。
サクヤが受け流してくれているおかげで、俺たちだけを避けるように雪崩が通り過ぎていた。
だけど、雪崩はまだ収まりそうにない。このままだとサクヤが限界を迎えてしまう。
「しま……ッ!?」
すると、サクヤは足元の雪で滑り、体勢を崩した。
目を見開いたサクヤが膝を着く__その前に、俺は剣身と紫色の魔力を一体化させて駆け出す。
「__<レイ・スラッシュ・グリッサンド!>」
そして、魔力を込めた一撃を雪崩を受け流すように叩き込んだ。
必殺技のレイ・スラッシュ。それにサクヤが使っていたグリッサンドの効果を付与した一撃は、雪崩をどうにか受け流すことに成功した。
だけど、雪の重みが一気に体を襲い、砕けそうなほど歯を食いしばって堪える。ここで俺が負けたら、俺たち全員雪崩に飲み込まれてしまう。
耐えろ、堪えろ、負けるな……ッ!
「__うぉぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
声を張り上げ、雪崩と接触している剣を背負い投げをするように振り上げた。
ブォン、という風切り音の後に雪崩が俺たちを通り過ぎ、殴りつけるような暴風と雪煙が俺たちを襲う。
風が吹き止むと、俺たちを避けるように雪の壁が下へと伸びていた。
「ど、どうにかなったぁ……」
雪崩をやり過ごすことが出来て、緊張の糸が切れるのと同時にドッと疲労感が押し寄せてくる。
雪に倒れたまま深いため息を吐くと、やよいと真紅郎がその場でへたり込んだ。
「し、死ぬかと思った……本当に、死ぬかと思ったよぉ……」
「タケルとサクヤのおかげで助かったね。ありがとう、二人共」
「……ぼくからも、ありがとタケル」
涙目になりながら生き残れたことを喜ぶやよい。真紅郎が俺とサクヤにお礼を言うと、サクヤは首を横に振ってから俺に頭を下げてきた。
俺は倒れたままサクヤに笑いかける。
「何言ってんだよ、サクヤが動いてくれなかったら最初の段階で俺たち全員雪崩の餌食だった。俺の方こそ、ありがとなサクヤ」
そうだ。サクヤが最初に時間を稼いでくれたから、俺が動くことが出来た。もしもサクヤが動いてなかったら、何も出来ずに雪崩に飲み込まれてただろう。
俺がやったことは、サクヤの手伝いをしただけ。だから、今回の功労者はサクヤだ。
そう言うと、サクヤは頬をポリポリと掻きながら照れ臭そうにそっぽを向く。
「ヘイ、全員無事だな? 怪我もないか?」
すると、ウォレスが俺たちの安否を確認し始めた。
全員が頷いて返すと、ウォレスはホッと胸を撫で下ろしてから眼下に広がる雪崩の爪痕を見つめて後頭部をガシガシと掻く。
「今のでかなり体力が奪われたからな、エネルギー補給しながら登るぞ。止まってると寒さで体力がもっと奪われるから、逆効果だ。それに、夜になる前にビバーク出来る場所も探さねぇと」
ウォレスの指示で魔装の収納機能から取り出した携帯食を食べながら、俺たちはまた登山を再開することにした。
だけど、歩き出す前に後ろにいたやよいが俯きながら俺たちに声をかけてくる。
「ねぇ、みんな。あのさ、その……ごめんね?」
「どうした、いきなり?」
突然謝り出したやよいに首を傾げていると、やよいは気まずげに口を開いた。
「タケルも言ってたけど、さっきの雪崩ってあたしがディストーションを使ったからだよね? あたしのせいでみんなを危険な目に遭わせちゃったから……」
「あ、それは……」
今の雪崩を引き起こしたことを、やよいは気にしているようだ。
たしかに最初に俺は思わず、やよいのことを責めるような言い方をしてしまっていた。
だからと言って、別にやよいを責めたりしない。でも、そう言っているように感じても仕方がないだろう。
どうにかフォローしようと慌てていると、真紅郎は微笑みながらやよいに答えた。
「大丈夫だよ、やよい。やよいはニクスウルスを倒そうとしてやったことなんだから。わざとじゃないんだから、気にすることないよ」
「そ、そうだぞ、やよい! 俺は別に責めようとして言った訳じゃなかったんだ。でも、そう聞こえたんなら……ごめんな」
やよいを宥める真紅郎に合わせて、頭を下げる。
すると、やよいは暗い表情を浮かべながら静かに頬を緩ませた。
「うん、ありがと。タケルも謝らないで? タケルがあたしを責めようとしてたんじゃないことは、ちゃんと分かってるから。でも、やっぱりあたしのせいなのはたしかだと思う。だから、もうちょっと考えて戦わないとね?」
やよいは頬をペシペシと叩いてから、気持ちを切り替える。
真紅郎はやよいの言葉を聞いて、顎に手を当てて思考を巡らせ始めた。
「そう、だね。やよいの言う通りだ。この雪山での戦闘は、いつもよりも気を付けた方がいいかもしれない。でも、大きな音を立てないように戦うとなると……人数が限られそうだね」
真紅郎の意見に俺たちは同意する。
また戦闘になった時にさっきみたいな大きな音を立てると、雪崩が起きる可能性が高い。
「そうなると、やよいはあまり戦闘に参加しない方がいいかもしれないな。威力が高いけど、音が大きいし」
「うん、そうかも。あたしは支援に回るね?」
「そうだね。それと、ボクもベースの音が響いちゃうから戦闘に参加しない方がいいかな」
この中だと、やよいと真紅郎は雪山での戦闘は不向きだ。
話を聞いていたウォレスが腕組みしながら肩を竦める。
「オレのストロークもだな。普通に戦闘するなら問題ないけどよ」
「……ぼくも、大丈夫」
「俺もだな」
ウォレスの固有魔法、ストローク。目の前に展開した魔法陣を叩いて音の衝撃波を放つ魔法だけど、その時に大きな音が出るから使うのは避けた方がいい。
そうなると、戦えるのは俺とサクヤ、ウォレスの三人だな。
「まぁ、三人でも充分じゃないか? さっきのニクスウルスも図体はでかいけど、雪上での戦いに慣れればそこまで強い訳じゃなさそうだし」
ニクスウルスは通常よりも大きかったけど、その実力は俺たちなら問題なく対処出来るぐらいだった。
だから、やよいと真紅郎が参加しなくても大丈夫だろう。そう決めた俺たちはモンスターを警戒しながら頂上に向かって登り始めた。
今のところ、モンスターの気配や姿は見えない。多分だけど、あの雪崩に飲み込まれてしまったんだろう。不幸中の幸い、って奴だな。
そのまま歩き続けていると、傾斜の緩い開けた見晴らしのいい高台のような場所にたどり着いた。
上を見てみると頂上が近付いている。頂上に向かう前の小休止に丁度いいところだ。
「……この先は雪よりも氷が多そうだ。ピッケルを使わないと登れねぇな、これは」
頂上へ向かうルートを見据えながら、ウォレスが呟く。ピッケルを突き刺しながら登るしか方法はないみたいだ。
そんな登り方をしたことがない、素人の俺たちに出来るかかなり不安だな。
「ヘイ、頂上にトライする前に、ここで少し休むぞ。体を冷やさないようにしろよ?」
ウォレスの指示に俺たちは頷いてから小休憩に入る。
ふと、高台から見える景色に目を向けてみると、その壮大さに言葉を失った。
雲が近く、眼下に広がる光景は銀世界。遠くの方まで見えるその景色に、思わず笑みがこぼれる。
「登山って、意外といいもんだな」
「うん、そうだね。疲れるけど、ここから見える景色は最高!」
俺の独り言に、やよいが満面な笑みで頷いた。
登山ってただ辛いだけかと思ってたけど、こんな景色が見られるなら悪くない。
元の世界に戻ったら、またみんなで山を登りたいな。そんなことを考えていると、サクヤが勢いよく空を見上げた。
「……また、何か来る」
サクヤが言うと、空から何か羽ばたくような音が聞こえてくる。
俺も空を見上げると、燦々と輝く太陽に黒い小さな影を見つけた。
その影は徐々に大きくなっていき、その姿を視認する。
「おいおい、あれって……<ジュターユ>か!?」
こっちに向かってくるその姿を見て、すぐにその正体が分かった。
大きな双翼を羽ばたかせた、獲物を狙う鋭い眼光の持ち主。焦茶色の羽を持った、ハゲタカ型のモンスター__ジュターユ。
だけど、その大きさはニクスウルス同様、通常よりも二回りは大きかった。
「クケェェェェェェェェェッ!」
ジュターユはクチバシを開いて甲高い鳴き声を上げながら、翼を大きく羽ばたかせて俺たちの目の前に現れる。
明らかに俺たちを獲物として見ているジュターユは、雪を撒き散らせながらバサバサと暴風を起こしてきた。
その風圧に吹き飛ばされないように堪えながら剣を構えて戦闘準備に入ろうとすると、ジュターユがまるで
「クケケェェエッ!」
そして、高笑いするように鳴くと__ジュダーユは勢いよく地面に着地した。
その衝撃が地面を伝わり、ビリビリと震える。
何を、と思ったのと同時に足元からピシピシと
「おい、ちょっと待て……」
嫌な予感がする。
恐る恐る地面に目を向けると、積雪の下が
ジュダーユが思い切り踏みしめたところから、氷で出来た足場が割れてヒビが入っていく。
ケラケラと笑うように鳴くジュダーユに、俺はヒクヒクと頬を引きつらせながら呟いた。
「お、お前、まさか……ッ!?」
ジュダーユの足元から広がっていたヒビが俺たちの足元にまで届くと、徐々に体が沈み込むような感覚を感じる。
とうとう__恐れていたその時が、訪れた。
ピシピシという音からビキビキという音に変わり、最後にはバキバキと大きく亀裂が走る音が響き渡る。
そして、俺たちの足元が一気に崩れ去った。
「__うわぁぁぁあぁぁぁぁぁッ!?」
「クケケケケケェェェッ!」
氷の足場が割れ、大きく空いた穴に俺たちは落下する。
ジュダーユの楽しげな鳴き声を聞きながら、俺たちは穴の底へと落ちていくのだった。
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